54 土産話1
ストーンバレーの関所を無事に抜け、荒々しい岩山の景色が徐々に遠ざかっていく。
やがて日が完全に落ち、フロントガラスの向こうに淡い光に照らされた王都の巨大な城壁が姿を現した。
「ふぅ、ようやく着いたな」
「ユズルさん本当にお疲れ様でした。怪我もなく無事に戻ってこられて何よりですね!」
リースがホッと安堵の息をつく。
俺は王都から少し離れた目立たない林の中にトラックを停め、ガチャリとドアを開ける。
昼の空気とは違い、ひんやりとした王都の空気は運転で高揚した気分を冷静にさせてくれた。しかし王都付近とはいえ魔物も出る。ゲインさんに打ってもらった剣を腰に携え、もしもの時に備える。
「よし、ここから先は徒歩だ。みんな忘れ物はないな?」
「はいっ、お土産の魔石まんじゅうもバッチリ持ってます!」
ミリアが袋を掲げて元気に頷く。ルカも「早くふかふかのベッドで寝たいなー」と伸びをしながら俺はトラックを送還し、夜の闇に紛れて王都の東門へと向かった。
東門の衛兵に見慣れた身分証を提示して、すんなりと王都の中へと足を踏み入れる。
夜の王都は昼間の雰囲気と違って温かな活気に満ちていた。通り沿いの酒場からは陽気な笑い声と肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
ストーンバレーの肉々しい匂いとは違う、香草やスパイスが複雑に絡み合った洗練された王都特有の香りだ。
見慣れた大通りを抜け、路地をいくつか曲がってようやく俺たちが拠点にしている屋敷へと辿り着いた。
「ただいまーっ!」
ミリアが勢いよく玄関の扉を開けると、パタパタという軽快な足音とともに、見慣れた給仕服姿の女性が奥から駆け出してきた。
「皆様おかえりなさいませ! ご無事で何より……あっ!」
俺たちの顔を見てパッと笑顔を浮かべたセレナさんだったが、すぐにハッとして給仕らしくない大慌ての表情を見せた。
「も、申し訳ございません! いつお戻りになるか全く分からなかったので本日の夕食の準備が全くできておらず……! 今から急いで何かお作りしますので、どうかお時間を……!」
「いやいやセレナさん大丈夫だよ。いつこっちに戻って来れるかが分からなかったんだ。そんなに慌てないでくれ」
ペコペコと頭を下げるセレナさんを、俺は苦笑いしながら両手を前に掲げながら制した。
ストーンバレーの市場で散々歩き回った後だ。俺たちも腹ペコだし、これからセレナさんに買い出しと料理をさせるのは忍びない。
「たまにはみんなで外食でもしないか? 王都の美味い飯屋で、パーッと打ち上げだ」
「わぁっ、外食ですか! 賛成です!」
「ふふっ。セレナさんも、今夜はメイドのお仕事はお休みして、私たちと一緒に美味しいものをいただきましょう」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます!」
リースの優しい気遣いに、セレナさんは申し訳なさそうにしつつも嬉しそうに微笑んだ。
荷物だけを屋敷に置き、俺たちはすぐに連れ立って夜の王都の街へと繰り出した。
目指すのは冒険者ギルドの近くにある料理の美味さで評判の賑やかな大衆酒場だ。
夜風に吹かれながら石畳を歩いていると、俺の斜め後ろを歩いていたセレナさんがふと不思議そうな声を上げた。
「あの、ユズルさん。……もしかしてお持ちになっている剣変わりましたか?」
「そうなんだ、よく気がついたな」
俺は腰に下げたヒヒイロカネの剣の柄をポンと叩いた。
「はい。以前お使いになっていたものとは放っている気配というか……魔力の質が全く違うように感じます。とても美しくて、同時に恐ろしいほどの威圧感があるというか……」
「だろ? こいつを手に入れるまでには、本当にもう、すっげぇ大変だったんだぞー」
俺がわざと大げさに肩をすくめると、ミリアとルカが顔を見合わせてクスクスと笑った。
「本当に大変でしたよね。信じられないくらい硬い魔物と戦って……」
「そうそう! ユズル君のトラックが大活躍でさ、おじさんのドワーフがすごく喜んでたんだ!」
「ええっ!? ドワーフの方が大喜びするほどトラックで何をされたんですか……!? それに、そんな恐ろしい魔物と……皆様、本当にお怪我はなかったのでしょうか!?」
ルカの断片的な説明に、セレナさんが目を白黒させてパニックになりかける。
俺は笑いながら目的の酒場の重厚な木の扉を押し開けた。
「細かい話は、美味い飯を食いながらゆっくりしよう。さあ、今日は俺の奢りだ。好きなものを腹いっぱい食べよう!」
◇ ◇ ◇
「それじゃあ無事に王都へ帰還できたことと、セレナさんの完璧なお留守番に――乾杯!」
「「「「かんぱーい!!」」」」
賑やかな喧騒に包まれた王都の酒場亭。俺たちが掲げた木の実のジョッキがコツンと音を立てた。
テーブルの上には、乗り切らないほどのご馳走がズラリと並んでいる。
「んふ〜っ! やっぱりお肉は最高だね!」
真っ先に料理に飛びついたのはルカだ。自分の顔ほどもある巨大な骨付き肉を両手でガシッと掴むと、野生児全開でガブッ! と豪快にかぶりつく。
「ああっ、ルカさん! 口の周りが脂だらけですよ。仕方ありませんね……皆様、大皿のサラダはお取り分けしますね」
エプロン姿ではない私服のセレナさんが苦笑いしながらルカの口元をナプキンで拭き、メイドの悲しい性で立ち上がろうとする。俺は慌ててその肩をポンと叩いた。
「セレナさん、今日は俺の奢りだし完全な無礼講だ。給仕なんて気にしないで、どんどん食べて飲んでくれ」
「ユズルさんの言う通りですよ、セレナさん。今日はゆっくり楽しんでくださいね」
ミリアが、濃厚なビーフシチューにちぎったパンを浸しながらニッコリと微笑む。
そしてミリアとセレナさんは、なんとエールの入ったジョッキを傾け、プハァッと美味しそうに息を吐いた。2人とも意外といける口らしい。
一方、俺とリースはアルコールの入っていない果実水の入ったジョッキを手にしていた。
リースは運ばれてきた熱々の鉄板に乗ったハンバーグを、ナイフとフォークを使って器用に、かつ上品に切り分けている。そして俺は長旅の疲れを癒やすためにガッツリと分厚いステーキを頼んでいた。
「ユズルさんはエールを飲まれないのですか? せっかくの祝杯なのに……」
「ああ、俺はいいんだ。アルコールというのが少し苦手でな。見てる分にはおいしそうって思うんだが、いざ飲んでみると美味しくないという感想が真っ先に出てしまうんだよな」
俺がステーキを頬張りながら説明した。
「ねぇユズル君。ボク、そのステーキも一口食べたいなー?」
「おい、お前は自分の骨付き肉があるだろ……って、もう食ったのかよ!」
ルカが身を乗り出して俺の皿の肉をフォークでかっさらっていき、その横ではミリアが「ああっ、ユズルさんのお肉が!」と慌てふためき、セレナさんがエールを片手に楽しそうに笑っている。
そんなわちゃわちゃとした賑やかな食事をひとしきり楽しんで、それぞれのお腹が満たされてきた頃。セレナさんがコトンとジョッキを置き、期待に満ちたキラキラとした目を俺に向けた。
「……それで、ユズルさん。そろそろ教えていただけますか? 腰に下げているその素晴らしい剣……一体どんな冒険をして手に入れたんですか?」
セレナさんの言葉に、ミリアたちも「フフッ」と得意げな顔をして俺を見る。
果実水をグイッと飲み、1つ大きく深呼吸をした。
「よし、それじゃあ話すか。ストーンバレーでの、とんでもない素材集めと……熱いドワーフの親方の話をな」
55話に関しては、とある事情により翌日投稿します。
読了いただきありがとうございます。
本編投稿は毎週月水金の3日、閑話投稿日は前話の翌日投稿となります。
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