53 ストーンバレーの違和感
圧倒的な存在感を放つヒヒイロカネの剣をアイテムボックスに大切にしまい込み、俺たちは残りの朝食を綺麗に平らげた。
「ゲインさん、最高の剣をありがとうございました。徹夜で作業してくれたんですから、倒れる前にゆっくり休んでくださいね」
「へっ、ワシを誰だと思ってやがる。……だがまぁ、久々に良い汗かいて少しばかり眠ぃのは確かだな。じゃあな、あんちゃん。またすげぇ素材を見つけたら持ってこい」
ゲインさんは満足そうに大きく欠伸をすると、重い足音を立てて寝室へと向かっていった。
親方の背中を見送った俺たちも身支度を整えて家を出ることにする。
「みんな、気をつけてね! またいつでも遊びに来てねー!」
「うんっ、メイちゃんも元気でね! ご飯とっても美味しかったよ!」
「短い間でしたが、お世話になりました。ゲインさんにもよろしくお伝えください」
大きく手を振るメイに、ミリアやリースたちが笑顔で応える。
温かい見送りを受けながら俺たちはゲインさんの家を後にした。
◇ ◇ ◇
ストーンバレーの入り口に向けてゆっくりと歩いていた時のことだ。リースがふと俺に声をかけてきた。
「あの、ユズルさん。もしお時間に余裕がありましたら少しだけこのストーンバレーの市場を見て回ってもよろしいでしょうか?」
「市場? ああ、もちろんいいけど……あ、そうだ。市場見てこいってディッツさん言ってたな」
「そうなんです。今のところ私はただみんなの帰りを待って、ご飯食べて、お風呂入って寝ただけなので……」
俺は「わかった、じゃあ少し寄り道していこう」と頷き、市場の近くにある広場向かう。
活気に満ちたストーンバレーの市場は俺たちが以前まで拠点にしていた王都の市場とは空気からして全く違っていた。
行き交う人々は筋肉ムキムキなドワーフや鉱員が多く、飛び交う怒号のような客引きの声もどこか荒々しい。
「うーん……王都の市場とは並んでいるものが全然違うな。これじゃあ、何が売れ筋なのかパッと見じゃ全然わからないぞ」
立ち並ぶ露店を見渡しながら俺は腕を組んで唸った。
王都の市場は魔法道具から日用品、高級な絹織物までなんでも揃うバランスの良さがあった。だが、ここはやはり「鍛冶と鉱山の街」だ。店頭に並んでいるのは無骨なピッケルや採掘用のランプ、そして様々な種類の鉱石やインゴットばかりが目につく。
「あっ、ユズルさん! あっちの通りは食べ物の屋台みたいですよ!」
ミリアが指差した方向へ進むと、そこには食料品を扱う一角があった。
だがここでも俺はあることに気がついた。
「……極端だな。野菜や果物がほとんど売ってない」
「本当ですね。王都なら、色鮮やかなお野菜がたくさん並んでいるはずなのに……。ここにあるのは、少ししなびた根菜類くらいですね」
リースが不思議そうに品物を眺める。
その代わりと言っては何だが、肉を扱う店は異様に多かった。店先にはオークやボアの巨大なブロック肉が豪快に吊るされ、串焼き屋台からは脂の焦げる強烈な匂いが漂い、屈強な男たちが昼間から肉をかじって酒を煽っている。
「それにしても、どこを見ても肉、肉、肉。ドワーフって野菜不足にならないのかな? 野菜が見当たらないが……」
「うわぁ……見てるだけで胃がもたれそうだよ」
肉だらけの光景に、ルカが耳をペタンと伏せて苦笑いする。
「えっと、やっぱりそうだ。このあたりに街というものが見当たらない。ストーンバレーに来ることができる行商人が少ないっていうのもあるかもしれんな」
俺はアイテムバッグから地図を取り出し、立地を確認する。それにつられてみんなも地図を覗き見る。
「鍛冶師って、冒険者と同じかそれ以上体力つかいますからね……メイさんもそうですが、どうか健康で過ごしてくれると良いな」
ミリアの優しい気遣いに頷きながら、俺はふとある事に思い至った。
「……ちょっと待てよ。この街じゃ野菜や果物がまともに手に入らないくらい貴重品だってことは……」
「あっ」
俺の言葉に、リースもハッと息を飲む。
「今朝、メイちゃんが作ってくれたサンドイッチ……。シャキシャキのレタスが、たっぷり挟まっていましたよね」
「うん。サラダも山盛りだったし……。あれってもしかして……」
ルカが尻尾を揺らす。
間違いない。あんな新鮮な野菜、このストーンバレーの市場じゃ並んでいないし、もしあったとしても高級品のはずだ。ゲインさんたちは高価な食材を惜しげもなく振る舞ってくれたのだ。
最高の武器だけでなく、最高のもてなしまで受けていたとは。この恩はいつか必ず何かの形で返さなきゃな。
「……よし。それじゃあ気を取り直してみんなにお土産でも買って帰るか!」
俺が提案すると、ミリアたちがパッと顔を輝かせた。
「賛成です! お留守番してくれているセレナさんや屋敷のみんなにも、何かこの街らしいものを買って帰りましょう!」
市場をさらに見て回ると、観光客向けのお土産屋台を発見した。
「おっ、これなんかどうだ? 『魔石まんじゅう』だってさ」
俺が手に取ったのはゴツゴツとした鉱石の形をしていて、表面がキラキラと光る砂糖でコーティングされたお饅頭だった。見た目は完全に魔石だが、中には甘い餡子が詰まっているらしい。
「兄ちゃんたち、お目が高いね! うちの看板商品だよ。ほれ、1つ試食してみな!」
気前のいい店主のおっちゃんが、焼きたてを1つずつ手渡してくれた。
「わぁっ、ありがとうございます! ……んんっ、美味しい! 外はサクッとしてて、中はしっとりしてておいしいです!」
「本当だね! 見た目に反してすごく柔らかいよ!」
ミリアとルカが幸せそうに頬を緩める。俺とリースも試食させてもらったが、素朴な甘さが歩き疲れた体に染み渡って絶品だった。
「なぁリース、館で働いてる人って全員で何人位いるか分かるか?」
「えっと、お母様とお父様、レイシアに料理長とコック2名の6人います!」
「じゃあ6個とセレナさんの分合わせて7個だな。おっちゃん、これ7箱包んでくれ! あと、俺たちが道中で食べる分をとりあえず2箱別で頼むよ」
「まいど!」
無事にお土産の定番をゲットし、ホクホク顔で屋台を離れようとした時だ。俺の目に、隣の露店に並んでいた『ある物』が飛び込んできた。
「なぁみんな。セレナには、これなんかどうだ? いかにもストーンバレーっぽくて良いお土産だと思うんだが」
俺が自信満々に指差したのは――石を精巧に削って作られた、手乗りサイズの『リアルなゴーレムの石像』だった。関節のヒビ割れまで無駄にリアルに再現されており、今にも動き出しそうな謎の威圧感がある。
「「「…………」」」
ピタリと3人の動きが完全に止まった。
無言の圧力がすごい。
「えっ……? ダメ? 魔除けとかになりそうだし、屋敷のデスクに飾ったらカッコよくないか?」
「……ユズルさん」
ミリアが、まるで可哀想なものを見るような、すんごくジトッとした目を俺に向けてきた。
「あのですね……セレナさんは、可愛いものが大好きな女の子なんですよ? こんなリアルでゴツゴツした岩の魔物の像をもらって、本気で喜ぶと思ってるんですか?」
「ほんとだよ。きっとセレナ君は受け取った時絶対に引きつった笑顔になると思うな」
「ええ……。おそらく『ありがとうございます、大切にしますね』って言いながら、そっとお部屋の奥底に……」
ミリア、ルカ、リースの容赦ない三連コンボのダメ出しを食らい、俺は思わずゴーレム像から手を引っ込めた。
「うっ……す、すみません。大人しく魔石まんじゅうだけにします……」
しらーっとした3人の目をそっと抜け出すように、店を出ようとした所あるものが目に入った。
剣の回りに龍が巻きつけられてるキーホルダーだ。え、ここ異世界だよな!? もしかして木刀も――
「ユーズールーさーん?」
「あ、はい、スミマセン……」
肩身の狭い思いをしながら昼食に食べるサンドイッチを購入し、俺達はストーンバレーの関所を後にした。
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