52 世代交代
一足先に風呂から上がった俺は、あてがわれた客室の襖を静かに開けた。
い草の香りが微かに漂う和室のような空間にはメイが気を利かせてすでに4人分の布団を綺麗に敷いてくれていた。ふかふかに膨らんだ布団からは、お日様のような温かい匂いがする。
「ありがたいな……。ん? 待てよ……」
均等に並べられた4つの布団を見て、俺はふと足を止める。
このままだと誰がどこに寝るかで少し問題が起きるかもしれない。というのも、うちのパーティには一人とんでもなく寝相の悪い爆弾を抱えている奴がいるからだ。
カルディアに行った時、ミリアの足乗せアタックを食らった身としては防御力の低いリースをミリアの隣にするのは少々危険だろう。
俺は少し考えてから、布団の位置をズリズリと動かして調整する。
野営の時と同じく壁際の一番端にミリア、その隣を俺、そして安全な中央にリース、反対側の端にルカという順番だ。これならミリアがいくら暴れても俺が被害を食い止められるし、リースに危害が及ぶことはない……はず。端にルカも居るから何かあった時は安心だ。
「よし、完璧な布陣だな」
布団の並び替えを終えた俺は、自分の定位置にごろりと横になった。
その瞬間、ヒヒイロカネゴーレムとの死闘や長距離の運転、そして何より「安全な場所で休める」という安堵感が一気に押し寄せてきた。泥のような疲労感が全身を包み込み、女子たちが風呂から戻ってくるのを待つ余裕もなく俺の意識は急速に深い闇へと沈んで……
◇ ◇ ◇
「ユズルさーん、お風呂上がりました。とっても気持ちよかったで……あっ」
ホカホカに火照った体を拭き上げ、客室に戻ってきたミリアは部屋に入るなり慌てて口元を押さえた。
薄暗い部屋の中で規則正しい寝息が聞こえる。ユズルが服を着替えたまま布団に半分潜り込むようにして、すでに深い眠りについていたのだ。
「……寝ちゃってるね」
「ふふっ。ゴーレムとの戦いもありましたし、ずっと私たちのために気を張ってくださっていましたから。よほどお疲れだったのでしょう」
後ろからそっと部屋に入ってきたルカとリースも、声を潜めて微笑む。
3人は足音を忍ばせてユズルの枕元に近づき、その寝顔をそっと覗き込んだ。
「こうして寝ているお顔を見ると、まるで無邪気な子供みたいですね」
「うん。いざ戦闘になると、あんなに強くてカッコよくてすごく頼りになるのに……なんだか不思議。でも、こういうユズルさんもいいよね」
ミリアがクスリと笑い、リースの言葉に深く頷く。どんなピンチでもトラック1つで道を切り開いてくれる無敵のリーダーが今は無防備にすやすやと眠っている。
「あれ? そういえばこの布団の並び……」
ふと、ルカが耳をピクリと動かして、敷かれた布団の順番を指差した。
「さっきメイ君が敷いてた順番と違うよね? 今は一番端がミリア君で、次がユズル君、その隣がリース君で、反対の端がボク……。野営の時もこの並びにしてたけど理由あるのかな?」
ルカの純粋な疑問にミリアがビクッと肩を揺らした。そして、みるみるうちに顔を赤く染め、もじもじと指先を合わせ始める。
「そ、それは……その……私、すごく寝相が悪いから……」
「えっ? ミリアがですか?」
「うん……。夜中に無意識に暴れちゃうみたいで……ルカさんやリース様たちを蹴っ飛ばしちゃわないようにわざと自分が隣になって壁になってくれてるの。このこと知ってるの、ユズルさんだけだから……」
恥ずかしさのあまり消え入りそうな声で白状するミリアに、リースは驚きつつも「まぁ」と口元を綻ばせた。
すると、ルカも納得したようにポンと手を打つ。
「なるほどね! ボクが一番入り口側の端っこなのもそういうことか。ボクは一応戦闘能力ある方だから、万が一敵が夜襲をかけてきた時にすぐ動けるようにだ。で、一番守らなきゃいけないリース君を彼とボクで挟んで安全な真ん中に配置してるんだね」
「えっ……私のために、そこまで考えて……?」
「ま、ただの勘だけどね」と一言つぶやきいたルカの的確な分析を聞いて、リースはユズルの寝顔を見つめた。
「ユズルさんそこまで考えてくれてたんだ……」
リースが小さい声で「ありがとうございます」とつぶやき、寝ているユズルの頭に手を乗せ、真綿を扱うかのように優しく撫でる。
「ユズルさん……本当に、敵わないなぁ」
「ええ。私たちは本当に素敵な方に助けていただいたのですね……」
「うん。彼の奴隷になれてボクは運が良かったよ」
薄明かりの中、3人は顔を見合わせ、心からの温かい笑みを交わした。
ミリアがそっとユズルのはだけた毛布を肩口まで掛け直す。
「おやすみなさい、ユズルさん。……いつもありがとう」
小さな感謝の言葉を夜空に溶かしながら3人もそれぞれの定位置へと潜り込む。
鍛冶場から微かに響くゲインの心地よい鍛冶の音を子守唄に、やがて客室は穏やかで安心しきった4人の寝息に包まれていった。
◇ ◇ ◇
翌朝。俺は足元の謎の違和感で目を覚ました。
「ん……?」
寝ぼけ眼を擦りながら身を起こして布団の足元を確認すると、そこにはなぜか自分の布団を完全に抜け出したミリアが俺の足の下に器用に潜り込んでスヤスヤと眠っていた。
(どうしてこうなった!?)
俺を真横から乗り越えるのではなく、まさかの下ルートから潜り込んでくるとは。ミリアの寝相の悪さは俺の想像を遥かに超えていたらしい。俺は彼女を起こさないように、知恵の輪を解くような慎重さで自分の足をゆっくりと引き上げた。
まだスースーと寝息を立てている女子たちを起こさないよう、俺は音を立てずに自分の布団だけをパパッと畳む。そのまま抱えて部屋をそっと抜け出し、裏庭に停めてあるトラックの荷台へと一足先に収納した。
外の冷たい空気と井戸水で顔を洗い、すっかり目を覚ましてから客室に戻るとミリアたちもすでに身支度を整えていた。
「あ、ユズルさん、おはようございます! ……あ、あの、私、また寝相でご迷惑をおかけしてませんでしたか……?」
自分の布団の乱れ具合から察したのか、ミリアが顔を真っ赤にしてオドオドと聞いてくる。俺は「いや、全然気付かなかったよ」と笑って誤魔化しつつ、全員分の布団を畳んで再びトラックへと運び込んだ。
居間に向かうと、台所からはすでにジュージューと肉を焼く食欲をそそる音が響いていた。
「みんな、おはよう! 朝ごはんできてるよー!」
エプロン姿のメイが、元気な声とともにテーブルに料理を並べていく。
本日の朝食は、分厚くスライスされたオーク肉のステーキとシャキシャキの新鮮な野菜を、ふかふかのパンで挟み込んだ特大のサンドイッチ。さらに彩り豊かなサラダと、昨日の夜にメイが腕によりをかけて作ってくれた特製シチューの残りだった。一晩寝かせたシチューは具材に味がしっかりと染み込んでおり、肉汁溢れるオーク肉のサンドイッチとの相性も抜群だ。
「ん~っ! 朝からこんなに美味しいものが食べられるなんて……!」
「メイ君、お料理上手だね!」
リースやルカも満面の笑みでサンドイッチにかぶりつく。俺たち5人が賑やかに朝の食卓を囲み、ちょうど食後の温かいお茶で一息ついていたその時――
ドスン、ドスンと地響きのような重い足音が廊下から近づいてきた。
「……おう。起きてるか、あんちゃん」
居間の扉を開けて現れたのは、ゲインさんだった。顔は煤だらけで、目の下にはくっきりと濃いクマができている。だが、その瞳だけはギラギラとした鋭い光を放っていた。
「ゲインさん! その様子だと、もしかして……徹夜で?」
「へっ。ドワーフの鍛冶師が一度火を入れたら納得のいくモンができるまで寝るわけねぇだろうが」
ゲインさんはニヤリと笑うと、背中に背負っていた布張りの長い包みをドサリとテーブルの上に置く。
「開けてみろ。ヒヒイロカネの焼割れを叩き潰して極限まで練り上げた……お前さんの相棒にふさわしい最高の業物だ」
ゴクリと喉を鳴らし、俺は布の結び目を解いて中身を引き抜いた。
現れたのは、息を呑むほどに美しい1本の剣だ。
装飾らしい装飾は一切ない。柄には滑り止めの革紐が無造作に巻かれているだけで、貴族が好むような宝石や細工は皆無だ。一晩という極限の短い時間で打ち上げられたため、見た目の華やかさに割く時間はなかったのだろう。
だが――そのオレンジの刀身が放つ存在感は圧倒的だった。
「すごい。これが、ヒヒイロカネの剣……!」
俺は魅入られたように剣の柄を握り、ゆっくりと持ち上げた。
見た目の重厚感に反して手首に伝わるバランスは完璧だった。刀身の重心が絶妙に調整されており、振れば風を斬るどころか空間そのものを切ってしまいそうなほどの威圧感が剣先から伝わってくる。
「一晩で打ったもんだからな、見栄えのいい装飾は省かせてもらった。だが切れ味と頑丈さだけは保証する。鋼鉄の鎧だろうがゴーレムの岩肌だろうが、バターみたいに真っ二つにできるぜ」
「装飾なんて必要ありません。ただの一振りで、ゲインさんがどれだけの魂を込めてこの剣を鍛え上げてくれたかはっきりと伝わってきます」
俺はヒヒイロカネの剣を大切に下ろし、ゲインさんに向かって深く、深く頭を下げた。
「ゲインさん、最高の剣を本当にありがとうございます! 俺、この剣大切にします!」
俺が言うと、ゲインさんは照れくさそうに頭を掻き、親指で裏庭の方を大雑把に指差した。
「おう。んでだ。あっちの庭に積み上がってる残りのヒヒイロカネだがな。あんなモン大量に置いていかれちゃ、ワシも置き場に困る。忘れずに全部持って帰れよ」
「え? いや、何言ってるんですか。あんな最高の剣を打ってもらったんだから、今回のお礼としてあのヒヒイロカネは全部ゲインさんに差し上げますよ」
俺の提案に、ゲインさんが目を丸くする。俺は振り返って、リース、ルカ、ミリアの3人を見た。
「みんなもそれでいいよな?」
俺が確認すると、3人は迷いなくコクリと頷いてくれた。命がけで手に入れた素材だがこの一振りの価値には代えられない。
だが、そのやり取りを聞いていたメイが慌てた様子で身を乗り出してきた。
「いやいや、もったいないですって! あんな素材を全部置いていったらいくらなんでもバチがあたりますよ!」
それに被せるようにゲインさんが顔を真っ赤にして怒鳴った。
「だあああ!! うるせえ!! ドワーフのプライドとしてこんなモンをタダで丸もらいできるか! じゃあ半分もらうから、残り半分はお前らが持って帰れ! それ以外は飲まんぞ!」
「一番うるさいのは親方だよ!」
すかさずメイが鋭いツッコミを入れると、その絶妙なテンポに俺たちは思わず吹き出し、居間は笑い声に包まれた。
「わかりました。それじゃあお言葉に甘えて半分だけもらっていきますね」
俺は笑いながら頷き、ヒヒイロカネの半分をありがたく受け取るのだった。
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