51 鍛冶職人の流儀
「今日はうちの客室に泊まってけ。ゆっくり休んで、明日新しく生まれ変わった相棒を迎えに来な」
親指をクイッと立てて、ニカッと笑うゲインさん。
死線を潜り抜けた俺たちにとって、その不器用で温かい気遣いは何よりも身に染みる――はずだったのだが。
「ちょっと親方! すっごくかっこつけて言ってるけどうちって普段依頼以外のお客さん全然来ないから客用の布団なんてないじゃん!」
「ブフゥッ!? ば、バカ野郎! お前はなんでそう一言多いんだ! 今からワシがその辺の藁でもかき集めてフカフカの寝床を作ってやろうかと思ってたんだろうが!」
「ええーっ、そんなチクチクする布団、みんな可哀想だよ!」
ゲインさんの見事な見せ場をメイが容赦のないツッコミで粉砕する。
顔を真っ赤にして怒鳴り合う師弟のやり取りに俺たちは思わず吹き出してしまった。
「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫ですよ、布団なら俺が持っていますから。それよりゲインさん、少し庭の方をお借りしてもいいですか?」
「おう、構わねぇが……庭で寝る気か? いくらなんでも夜風が冷てぇぞ?」
「いえ、そうじゃなくてですね。まあ、見ていてください」
首を傾げるゲインさんたちを連れて、俺は月明かりに照らされた工房の広い裏庭へと出た。
十分なスペースがあることを確認し、右手を前に突き出す。
「――トラック召喚」
ズシンッ……!!
地響きと共に空間が歪み、俺のトラックが裏庭にその姿を現した。坑道内ではずっとミニカーサイズや一人乗りサイズにしていたためフルサイズで外に出すのは久しぶりだ。
俺が自慢げに振り返ったその時。
「な、なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁっ……!?」
ゲインさんが目玉が飛び出んばかりの凄まじい形相で叫び声を上げ、トラックへと猛ダッシュで駆け寄ってきた。
そしてトラックの白い塗装が施されたボディを震える両手でベタベタと撫で回し始めたのだ。
「ゲ、ゲインさん……?」
「お、おいあんちゃん! なんなんだこのバカデカい鉄の箱は!? どこを触っても一切の歪みや引っ掛かりがねぇ! この滑らかな表面に継ぎ目のない精巧な作り……!!」
鍛冶師としての血が騒いだのだろう。ゲインさんはトラックの装甲に顔を擦り付けるような勢いで、食い入るように車体を観察している。
「一体どんな魔法技術と鍛冶の腕があればこんな均一で巨大な鉄の塊を打ち出せるんだ!? こんな神業、ワシのドワーフの人生でも見たことねぇぞ……!!」
興奮のあまり鼻息を荒くして震えるゲインさんを見て、俺とミリア、ルカの3人は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべるのだった。
トラックの滑らかなボディを撫で回して大興奮していたゲインさんだったが、俺が「そろそろ本題を……」と声をかけると、名残惜しそうに車体から離れた。
「こほんっ。ま、まぁこの鉄の箱の凄さはよく分かった。それで、持ち帰ったっていう例のブツはどこにあるんだ?」
「はい、今出しますね。トラックにしまってあるので」
俺は坑道から回収してきたヒヒイロカネゴーレムの残骸を裏庭に次々と取り出していった。
ドサッ、ゴトッ、と重々しい音を立てて赤黒く鈍い光を放つ巨大な金属の塊が積み上がっていく。
「なっ……こ、こりゃあ……全部ヒヒイロカネじゃねぇか! これほどの量おとぎ話でも聞いたことがねぇぞ……!」
先ほどとは違うベクトルで、ゲインさんが目をひん剥いて絶句した。
驚いている親方をよそに、俺の布団が一番下になるように取り出し、続けて人数分のふかふか客用布団一式を取り出し庭に置く。
流石に外だからな。みんなの寝る布団に土を付けてしまうのは申し訳がない。
「あっ! すっごくふかふかなお布団! いい匂いがするー!」
「そいじゃあメイ、悪いがあんちゃんたちの布団を客室に運んで敷いといてくれ」
「はーい! 任せて!」
メイが嬉しそうに布団を抱え、トテトテと家の中へ走っていく。その背中を見送ってから、俺は積み上がったヒヒイロカネの塊を指差し、少しだけ眉をひそめた。
「ゲインさん。量は確保できたんですが……1つ懸念があるんです。このゴーレムとの戦いで超高温の炎で熱した直後に急激に冷却したせいで素材のあちこちに『焼割れ』ができちゃってるんです。……これじゃ使い物にならないんじゃ?」
俺の言葉にゲインさんはヒヒイロカネの断面を鋭い目で覗き込んだ。金属の表面には蜘蛛の巣のような細かい亀裂がいくつも走っている。現代の常識なら強度が著しく落ちてしまう致命的な欠陥だ。
だがゲインさんはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、鼻を鳴らした。
「ふんっ。あんちゃんワシらドワーフの技術を舐めてもらっちゃあ困るな」
「えっ?」
「ただ鋳型に流し込むだけのなまくらならともかく、ワシが打つからにはそんなヒビ割れは何の問題もねぇ。『沸かし重ね』ってのを知らねぇか?」
「わかしかさね……?」
聞き慣れない言葉に俺が首を傾げると、ゲインさんは己の太い腕をバンッと叩いた。
「金属を極限まで熱して半溶融状態――つまり沸いた状態にし、それを何度も何度も折り曲げては叩き重ね合わせる。そうすることで、焼割れの亀裂すらも……だぁあああ! めんどくせぇ! 早い話超強い金属に生まれ変わる技術があるんだ!」
「亀裂ごと叩いて、さらに強い金属にする……!?」
「まぁアレだ。職人がパンを作る時に何度も何度も生地を折りたたんで中の空気を抜くだろ。それと同じで何度も折り曲げると中の不純物がなくなっていくし、その過程でヒビなんて消えるっちゅうわけだ」
ゲインさんがおもむろにヒヒイロカネの破片を1つ取り出すと、地面に向かってグサリと刺した。
「例えば、ここに今小さい穴が開いただろう。この地面を――フンッ! こうやって思いっきり踏むと小さかった穴は消える。ちょっと違うがイメージとしてはこんな感じだ。今この地面を踏んだから、思いっきりふんでない場所と比べて砂の『密度』が上がる。だから周りと比べて頑丈な部分になる……それが沸かし重ねだ」
驚く俺の前で、ゲインさんは愛おしそうにヒヒイロカネの塊を撫でた。
「これだけの極上の素材だ。ワシの鍛冶師としての血が全部の炉を燃やせと叫んでやがる。……おいあんちゃん。お前さんたちは、そのフカフカの布団とやらで朝までゆっくり休んでな」
ゲインさんは、炎のように熱い職人の目を俺に向け、力強く宣言した。
「明日の朝までには、お前さんの相棒にふさわしい最高の業物を打ってやる。期待して待ってろ!」
ゲインさんの熱い鍛冶講座を聞き終え、俺たちは裏庭を後にして母屋へと戻った。
◇ ◇ ◇
やがて日が落ちて夕方になると、台所から食欲をそそるいい匂いが漂う。
「お待たせー! 今日の夕飯は特製シチューだよ!」
「おお、美味そう! メイ、ありがとうな」
メイが腕によりをかけて作ってくれた夕飯を全員で賑やかに囲む。長旅とゴーレム戦の疲れに、温かくて優しい味のシチューが五臓六腑に染み渡った。
食後。ゲインさんが徹夜の作業に備えて早々に工房へ籠もった後、俺は先に一番風呂をもらうことに。
浴場に入ると、そこには昔住んでた俺の小さな部屋と同じくらいの浴槽が目に入る。
流石最大手のドワーフの家。浴場の広さにも気を使っているんだろうか。
俺はゴーレム戦の汗と泥をサッと洗い流し、湯船で大きく伸びをして一日の疲れを癒やす。この後の女子たちを待たせるわけにはいかないので、烏の行水とまではいかないもののさっぱりとしたところですぐに風呂を上がった。
そして、俺と入れ替わるようにして、メイ、ルカ、ミリア、リースの4人が連れ立って風呂へと向かう。
「わぁ……お湯加減、ちょうどいいですね」
「うん、すごく気持ちいい……」
たっぷりと張られたお湯に浸かりながら、ミリアとリースがふぅ……と幸せそうなため息をつく。
隣ではルカがとろけた顔で湯船の縁に顎を乗せ、メイも満足そうに笑っていた。
「それにしても、4人で入っても全然余裕があるくらい大きくて立派なお風呂ですね」
ミリアが湯船の広さを見渡して感心していると、メイが「えへへ」と得意げに笑った。
「でしょー! 実はここ、昔は親方が1人で入るようなちっちゃなドラム缶風呂しかなかったんだよね」
「え、そうだったんですか?」
「うん。でも私が『そんな狭いの絶対嫌だ!』って思いっきりごねたら親方が意地になっちゃってさ。『じゃあドワーフの凄さを見せてやる!』ってムキになっちゃって、こんなにデカいお風呂をわざわざ作ってくれたの!」
「ふふっ。ゲインさん、本当はメイちゃんに甘いんですね」
「職人の意地ってやつかなー」
女の子しかいないリラックスした空間で、自然と会話が弾み始めていた。
「ねえメイちゃん。どうして鍛冶師になろうと思ったの?」
ふとミリアが尋ねる。
「んー。私のお父さんがね、鍛冶師だったんだ」
「お父様が……?」
「うん。小さい頃からお父さんが鉄を打つ姿を見て育ってさ。カンカンって音が大好きで、私もお父さんみたいなカッコいい鍛冶師になりたいって思ったんだよね。ゲインの親方はお父さんの知り合いで、今はここで修行させてもらってるの」
メイが少し照れくさそうに、けれど誇らしげに笑う。その真っ直ぐな夢に、リースもミリアも「素敵ですね」と微笑んだ。
するとメイがイタズラっぽく目を輝かせ、3人の顔をぐるりと見回した。
「ねえねえ、それよりさ。……この中で誰がユズルさんの彼女なの?」
ド直球すぎるメイの質問に風呂場の空気がピタリと止まった。
「……えっ?」
「へ? か、かのじょ……?」
ミリアとリースが、ポカンと口を開けたまま固まる。
そんな二人をよそに、ルカだけは耳の裏を掻きながらあっけらかんとした声で答えた。
「んー? ボクは彼の奴隷だからそういうのとは違うかな。美味しいご飯くれるし、一緒にいるのは楽しいけどね」
「なっ……ル、ルカちゃん!? ど、奴隷って、そんなはっきりと……!」
「彼女!? わ、私とユズルさんはそんなめっそうもないというか……その、ただのパーティーの仲間でお友達でして……!」
「そ、そうです! 私たちはただの旅の同行者で、決してそのような関係では……!」
ミリアは顔を真っ赤にして両手でお湯を掻き回し、リースも耳まで真っ赤にして慌てふためく。二人のパニックっぷりに、湯船のお湯が波打ってチャプチャプと音を立てる。
「あはははっ! 2人とも顔真っ赤!」
「メイちゃんったら……からかわないでくださいよぅ……」
「うふふ、でもすっごく仲がいいんだね。ユズルさんのこと、信頼してるのが伝わってくるよ」
メイがケラケラと無邪気に笑う。その明るい笑い声につられて、恥ずかしがっていたミリアとリースも、やがて「もう……」と小さく呟く。
温かいお湯の中で、女の子たちの賑やかな笑い声がいつまでも響いていた。
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