47.5 不器用な子守り
ユズルとメイが青い屋根の工房を出発してからどれくらいの時間が経っただろうか。
居間に残されたリースとミリア、そしてルカの3人は重苦しい沈黙の中にいた。
「……ユズルさん、無事に帰ってきますよね」
「ええ、もちろんです。ユズルさんのあのトラックは本当に頑丈ですから……それにユズルさんはいざという時の判断を間違えるような人じゃありません」
ミリアの不安げな問いかけに、リースは自分自身に言い聞かせるように力強く頷いた。
しかしその両手は胸の前でギュッと固く組まれており、祈るように震えているのが分かる。ミリアもまた、落ち着かない様子で居間の中を行ったり来たりと歩き回っていた。
「2人とも、少し落ち着きなよ。ボクまで気が気じゃなくなってくる……」
冷たいお茶を飲んで体調はすっかり良くなったルカが、耳も尻尾もぺたんと降りている。今度は温度ではなくその場の空気に飲まれて憂鬱になっているようだ。
「だって……! 相手は未知のゴーレムなんですよ!? もしトラックが壊されたら、戦闘職じゃないユズルさんは……っ」
「ミリア、ユズルさんを信じましょう。私たちは彼に助けられてばかりです。今は無事を祈って待つのが私たちの役目ですから」
リースが優しくミリアを諭すが、その表情もやはり強張っている。
そんな少女たちの沈痛な様子を部屋の隅で腕を組んで見ていたドワーフの親方――ゲインはやがて忌々しそうに頭をガシガシと掻きむしった。
「あー……くそっ! 見てらんねぇな!」
突然の大声に、3人がビクッと肩を揺らす。
「おめぇら、そんなお通夜みてぇな顔して待ってんじゃねえ! 無事に帰ってくるように祈るのも結構だが、気が滅入るだけだろう。お前らの主人は不安に侵された顔を見て喜ぶのか? 信じてるならどっしりと帰ってくるのを待ちゃあいい。あんちゃんはきっと泣いて『おかえり』というよりは、笑って『おかえり』って言ってくれる方が嬉しいと思うがな」
「ゲインさん……」
「ワシはこれから少し鉄を叩く。お前らも気が気じゃねぇなら、こっちに来て見学してろ。鉄が打たれる音を聞いてりゃ、少しは気も紛れるだろう」
ゲインの手が震える。弟子を危険な場所へ送り出してしまった後悔と心配はゲイン自身も同じはずだ。
「……はい。お言葉に甘えさせていただきます」
リースとミリアが頭を下げて立ち上がる。
「ボクは……ごめん、遠慮しとくよ。これ以上火のそばに行ったら、本当に干からびた猫になっちゃう……」
テーブルにへばりついたまま片手で見送るルカを残し、リースとミリアの二人はゲインの背中を追って奥の鍛冶場へと足を踏み入れた。
「……2人とも、あんな熱地獄によく行くねぇ」
1人残された居間で呆れたように独り言をすると、ルカは冷たいお茶の入ったコップを首筋に当てて静かに涼をとっていた。
◇ ◇ ◇
ムワッとした熱気が頬を打つ。
ゲインは分厚い革エプロンを身につけ巨大な金床の前に立つと、真っ赤に熱された鉄の塊を火箸で引き出した。
「……ふんっ!!」
キィィンッ!!
巨大な金槌が振り下ろされるたび、激しい火花が弾け飛ぶ。
「わぁ……っ」
その光景に、リースとミリアは息を呑んだ。
ただ力任せに叩いているのではない。その一打一打には、長年培われた確かな技術と、鉄の声を聞くような繊細さが宿っていた。
「嬢ちゃんたち、ただの力任せに鉄をぶっ叩いてるように見えるか?」
不意に、ゲインがハンマーを振るう手を止めずに声をかけてきた。
「い、いえ……。凄まじい力なのにとても繊細で、なんだか鉄が自分から形を変えているみたいです」
ミリアが素直な感想をこぼすと、ゲインはニヤリと髭を揺らして笑った。
「ひっひ、剣士の嬢ちゃんはいい目をしてるな。今は『折り返し』って作業だ。鉄を打って伸ばし、また曲げて打つ。これを何十回も繰り返すことで中の不純物を叩き出し、鉄の密度を均一にしていくんだ。似たような言葉に『沸かし重ね』というのもあるが、そっちはまた別だな」
カンッ、カンッ、とリズミカルな音が工房に響く。
炎の照り返しを受けながら、ゲインは真剣な眼差しで熱された刃を見つめた。
「いい剣ってのはな、ただ硬けりゃいいってもんじゃないんだ。硬すぎりゃあ強い衝撃を受けた時にポキッと折れるし、逆に柔らかすぎりゃあひん曲がる」
「硬すぎても、柔らかすぎてもダメ……」
「そうだ。大事なのは『芯』だ。外側は鋼のように硬く鋭く、だが内側は衝撃を逃がすようにしなやかに……鉄の『声』を聞きながら、炎の温度と叩く力を微調整してやる。そうやって外と内のバランスを極限まで鍛え上げられた剣だけが、使い手の命を預かる『本物』になるんだよ」
カンッ! カンッ!
不思議なことに、ゲインの真剣な横顔と火花とともに形を変えていく鉄を見つめているうちにミリアとリースは不安な気持ちが全て溶けて無くなり、ユズルは絶対に大丈夫だという強い自信に変えてくれた。
(すごい。これが鍛冶師の技術と心……!)
ミリアが魅入られたように一歩前に出た、その時だった。
「ただいまー」
「ただいま戻りました!」
2人が戻ってきた。
その表情は少し浮かなく、未知のゴーレムとうまく行かなかったことを意味していた。
だけどみんなは笑顔で口を揃えて言った。
「おう、おかえり」
「「おかえりなさい!」」
奥の方から「おかえり~」という声も聞こえた。
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