46 炉よりも熱い漢
「えーっと……ゲインさんにちょっとお話が」
諦めずゲインさんに声を掛けるも、鍛冶に忙しいのか、はたまた聞こえていないのかこちらを見向きもしない。
「どうする? 多分お仕事モード入って聞こえてないと思うんだけど……」
ミリアが眉を八の字にしながら小声で話しかけてくる。熱気もすごいから一旦出直すのも有りか?
考えていると「私に任せてください」と力強く宣言するものが居た。
――リースだ。自信に満ち溢れたその顔は、どんな作戦も必ず成功させるという気合に満ち足りている。
リースがゲインさんの前まで歩みを進める。
床に散らばった工具や材料、使ってるのかわからない板材を軽やかに避けていく後ろ姿が、なんだかフランさんの丁寧な動きと重なって綺麗だった。
「ゲインさん、お忙しい所申し訳ございません。私はリース・アルベルト。アルベルト商会の会長を父に持つ者です。父・ディッツの命により参りました。どうかお話を聞いていただけないでしょうか?」
リースが身分証を提示し、自己紹介を行う。
すると、座りながら剣を打っていたゲインさんの手が止まり、立ち上がっているリースへの視点を足元から顔に上げる。
改めて身分証を確認したゲインさんがガハハと笑いながら俺達の方も見てくれた。
「なんだ、ディッツさんとこの連れさんか。いらんことしてしまったな。ようきてくれた」
仕事モードだったゲインさんの表情が柔らかくなる。
その途端、ゲインさんは急に後ろを振り返り「メイー!!」と腹の底から大声を張り上げた。
「はーいっ! 呼びましたか親方!」
奥の部屋から、元気のいい返事とともに一人の人族の少女が飛び出してきた。
ゲインさんと同じ革エプロンと分厚い手袋に身を包んでいるが、顔にはあどけなさが残っている。オレンジのポニーテールがピョンピョン跳ねて、子犬の尻尾のように左右に揺れる。
「悪いな、ちょっとお客さん来ちまったもんで。冷たいお茶を人数分用意して居間に持ってきてもらえんか?」
「おや、珍しいね? わかったよー!」
「わりぃな。立ち話もなんだ、奥へ来な」
ダダダッと騒がしい足音を立てて奥の部屋へ消えていったオレンジポニーテールを見送っていると、ゲインさんが顎でしゃくって俺たちを促した。
案内された居間は先ほどの熱気こそ薄れていたものの、とにかく物が溢れていた。
机の上や床のあちこちに羊皮紙や図面が無造作に積み上げられていた。チラッと目に入った注文書には、貴族らしき名前がズラッと並んでて武器の依頼がびっしりと並ぶ。ゲインさん、相当な売れっ子なんだな。
「散らかっててすまねぇな。適当に座ってくれ」
ドスン、と丸太のような椅子に腰を下ろしたゲインさんが、改めて俺たちに鋭い視線を向ける。
「俺がゲインだ。そこのお嬢ちゃんがアルベルト商会のディッツの娘だってのは分かったが……アンタらは?」
促されるまま、俺たちは順番に名乗り、ディッツさんの紹介でこのストーンバレーを訪れた経緯を説明した。
「なるほどな。ディッツはんの紹介で魔石を受け取りに来たってわけか……」
ゲインさんは太い腕を組み、深いため息を吐き出した。その表情には職人らしからぬ焦りと渋い色が浮かんでいる。
「実はその魔石の件で厄介なことになっててな。魔石は一番下の階層にある一番奥の坑道に保管してあるんだが……つい最近、その坑道に見たこと無い型のゴーレムが湧きやがったんだ。そいつをどうにかしねえと魔石を取りに行くことすらできねぇ状況でな」
「だから! ゴーレムなんて私の分解スキルで金槌ぶつけたら一発なんだってば!」
バンッ! と勢いよく扉が開き、お盆に5人分のお茶を乗せたさっきの少女が戻ってきた。どうやらドアの向こうで会話が丸聞こえだったらしい。
彼女はテーブルにドンッ、ドンッとお茶を置くと、俺たちに向かってニカッと太陽のような笑顔を向けた。
「あ、みんなはじめまして! 私はメイ! 親方のもとで鍛冶修行してる人族だよ。よろしくね!」
「このバカ野郎! いくらお前の分解があるからって相手は未知のゴーレムだぞ!」
ゲインさんが雷を落とすが、メイはちっとも堪えた様子がない。
そんな二人のやり取りの横で、ゴクゴクゴクッ! と勢いよく喉を鳴らす音が聞こえた。
「……ぷはぁっ!! 生き返ったぁ……」
見ると、ルカが冷たいお茶を一気飲みし、盛大なため息を吐いていた。
ピンと立っていたはずの耳はへたんと伏せられ、尻尾もだらんと床に垂れ下がっている。
「ルカ、大丈夫か? さっきから妙に口数が少ないと思ってたけど」
「ボクたち猫人族は暑いのが苦手なんだ。我慢しようと思ってたけど、冷たいお茶見たらもう我をも忘れてがっついちゃった」
どうやらルカは、工房に入った瞬間から暑さにやられてグロッキー状態だったらしい。
「すまねぇな、猫の嬢ちゃん。うちは一日中炉の火を落とさねぇからな」
「いや、いいんだ。お茶ごちそうさま! えっと、魔石を取り返す方法の話だったね」
ルカが空になったコップを置き、無理やり話題を本筋へと引き戻す。
「とにかくだ。強さも分からん、お前のスキルが通用する装甲かも分からねぇ相手に、うちの可愛い弟子を突っ込ませられるか! 万が一があったらどうすんだ!」
怒鳴り声の中には、彼女を本気で心配する親心のようなものが滲み出ていた。
「未知のゴーレムを退かさないと魔石は手に入らない。でも、ゲインさんはお弟子さんや若い衆を危険な目に遭わせたくないってことですよね」
「あぁ。かと言って、冒険者ギルドに討伐依頼を出そうにもどんな攻撃をしてくるか分からねぇ相手じゃ被害がデカすぎる。手詰まりってやつだ」
ゲインさんが頭を掻きむしり、忌々しそうに舌打ちをする。
未知のゴーレムか。相手の戦力が分からない以上不用意に近づくのは確かに危険だ。だが、安全に様子を見に行ける方法が1つだけある。
「ゲインさん、ちょっと提案があるんですが」
俺は挙手して、悩めるドワーフの親方に声をかけた。
「まずは俺とメイの2人でその坑道の様子を見に行ってみませんか?」
「はぁ? おいおい兄ちゃん、話聞いてたか? 可愛い弟子を危険な目に遭わせられねぇって言ったばかりだぞ」
ゲインさんがスッと目を細め、鍛冶師としての重い威圧感を放つ。
だが、俺がそれに答えるよりも早く隣から切羽詰まった声が飛んできた。
「私も反対です! ユズルさん、待ってください!」
「ミリア?」
「ユズルさんは戦闘職じゃないんですよ!? 少し前に……その、森で遭遇した魔物相手にもあんなに苦戦したじゃないですか!」
ミリアの必死な訴えに、リースが「魔物……?」と不思議そうに小首を傾げる。
リースが居るから名前こそ伏せてくれているが、ミリアが言っているのは間違いなく俺がボコボコにされて死にかけたゴブリンのことだ。
俺の本来の戦闘力の低さを知っているからこそ、彼女は本気で案じてくれているのだろう。
「今回は相手の強さも分からないのに、2人だけで近づくなんて危険すぎます……!」
「ありがとう、ミリア。俺の心配をしてくれて」
俺はミリアを安心させるように微笑みかけ、それからゲインさんとメイに真っ直ぐに向き直った。
「ミリアの言う通り、俺は戦えないし弱い。……けど、目の前でゲインさんやメイがこんなに困ってるのに安全な場所から見て見ぬふりはしたくないんだ」
「ユズルさん……」
「それに丸腰で行くわけじゃない。俺にはものすごく頑丈な鉄の乗り物がある」
「鉄の、乗り物だと……?」
親身な俺の言葉に少し毒気を抜かれたのか、ゲインさんが怪訝そうに聞き返す。
「ええ。坑道に入れるサイズまで縮小すれば乗れるのは2人くらいが限界なんですが……万が一ゴーレムが襲ってきても、鉄の装甲に守られたまま安全に逃げ帰ってくることができる。最深部までの道案内が必要ですし、もし本当に隙だらけの相手なら、メイの分解スキルで片付けるのが一番良さそうだと思ったんだ」
俺の提案を聞いて、真っ先に食いついたのはメイだった。
「鉄の乗り物!? なにそれかっこいい! 私、案内する! 行く行く!」
「こらメイ、落ち着け!」
目を輝かせて飛び跳ねるメイを、ゲインさんが太い腕で押さえつける。
だが、困っている人を助けたいという気持ちと鉄の装甲に守られたままという説得力は、ゲインさんを納得させるには十分だった。
「……本当に、その乗り物とやらはゴーレムの攻撃に耐えられるほど頑丈なんだろうな?」
「少なくとも、オークの打撃やそこらの魔物の爪や牙くらいじゃ傷一つ付きませんよ。それに、いざとなったら俺が全力でメイを乗せて逃げますから」
俺が断言すると、ゲインさんはしばらくの間唸り声を上げながら熟考していた。やがて彼は深いため息を一つ吐き出す。
「……分かった。アルベルト商会のお嬢ちゃんが連れてきた護衛だ。案内を任せる」
「やったー! 親方、ありがとう!」
「だがなメイ! 決して無理はするな。少しでもヤバいと思ったら魔石なんか放り出してさっさとその鉄の乗り物で逃げ帰ってくるんだぞ! いいな!」
「はーい!」
ゲインさんの親心全開の念押しに、メイは元気よく敬礼してみせた。
「そういうわけだ、よろしく頼むよユズルさん! 私の分解スキルと親方の打った金槌、絶対に見せてあげるからね!」
「ああ、頼りにしてるよ」
「ユズルさん……絶対に帰ってきてくださいね。みんな待ってますから」
「心配するな。俺のトラックがどれだけ『ずるい』か、ミリアはよく知ってるだろ?」
ミリアもまだ少し心配そうではあったが、俺の決意を見て小さく頷いてくれた。
こうして、俺と元気いっぱいの鍛冶見習い・メイの2人による、坑道への潜入作戦が決行されることになった。
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