45 職人の街、ストーンバレー
トラックの観音扉を大きく開け放ち、森の新鮮な朝の空気を胸いっぱいに吸い込む。
冷たい空気が肺の中を通り、太陽の眩しさも相まって完全に眠気が覚めてきた。
「よし、腹減ったな。昨日の鍋の残りで朝飯にするぞ」
「はい! スープ、しっかり残してありますよ!」
俺の言葉に、リースが嬉しそうにアイテムバッグから昨日の鍋を取り出してくれた。ルカも「朝からあのスープが飲めるなんて最高だね」と、尻尾を揺らして期待している。
ミリアに昨日組んだかまどに再び火を起こしてもらい、おいしそうな香りがする鍋を乗せる。
ふつふつと煮詰まって少し量が減ったスープへ水を追加し、そこへ昨日あえて使わずに残しておいた5つの陽だまり茸をポンポンと投入した。
「水を足すとどうしても出汁が薄まっちまうからな。旨味の強い陽だまり茸をここで追加して煮込ませることで、もう一度味を整えるといいんだ」
ぐつぐつと鍋が煮立ち始めると、昨日とはまた少し違うキノコの香りが立ち上る。腹ごしらえだな!
◇ ◇ ◇
「んーっ! ごちそうさまでした! 一晩寝かせたオーク肉の出汁と、追加した陽だまり茸の香りが合わさって昨日とはまた違った美味しさでしたね!」
「ああ、朝からこんなに贅沢なスープが飲めるなんて最高だよ」
ミリアとルカが空になった器を置いて満足げに息をつく。
リースと一緒に手早く片付けを済ませ、俺たちは再びトラックへと乗り込んだ。もちろん、荷台のサイズと収納術の設定は元に戻してある。
「よし、それじゃあストーンバレーへ向けて出発だ!」
アクセルを踏み込むと頼もしいエンジンが唸りを上げ、トラックは街道を走り始めた。
――それから三時間ほど走った頃だろうか。窓から見える景色が険しい岩山へと変わった頃、遠くから『カーン、カーン』という重々しい金属を叩く音や、ガラガラと車輪が回るような音が聞こえ始めた。
「ユズルさん、見てください! あれがストーンバレーの入り口です!」
リースが前方を指差す。
遠くに見える巨大な岩山の隙間に、関所のような門が見えてきた。
「おっ、本当だ。それじゃあこの辺で降りようか」
「えっ? どうしてだい?」
「そうか、ルカは初めてだったな。えっと、このトラックは俺たちにしか見えない設定になってるんだ。関所の目の前でいきなり何も無い所から俺たち4人が現れたら不審者扱いされて騒ぎになりかねないから目立たない所で降りる必要があるんだ」
俺の言葉に、ルカが「なるほど」と納得したように手を叩く。
俺たちは街道から少し外れた目立たない場所にトラックを停めると、そこから徒歩でストーンバレーの関所へと向かうことにした。
◇ ◇ ◇
簡単な身分証の提示を済ませて関所を抜けると、突如として俺たちの目の前の視界が大きく開けた。
「う、わぁぁ……っ!」
俺とミリアの声がハモった。
目の前に広がっていたのは、文字通り山をくり抜いたような巨大なすり鉢状の穴が現れた。
活気がすごい……王都とは全然違う、鉄と岩の匂いがする街だ。
「あそこを見て! 壁が光っているよ!」
ルカが身を乗り出して指差す通り、すり鉢の斜面には無数の坑道が口を開けており、岩肌からは青や紫、緑色に淡く発光する巨大な魔石の結晶がいくつも突き出していた。
「ギギィィィッ!」という重い摩擦音を見上げると、街の至る所に設置された巨大な木造クレーンが下層から何トンもの鉱石を積んだカゴを次々と引き上げている。
「活気が違いますね……! 王都のような華やかさはありませんが、大地と鉄の力強さを感じます!」
ミリアが目を輝かせて周囲を見渡す。
俺たちもその活気に圧倒されながら、街のメインストリートらしき大通りを歩き始めた。だが、すれ違う人々を見ているうちに、俺はある違和感に気がついた。
「なあ……さっきからすれ違う人たち、王都じゃ見かけない種族ばかりじゃないか? 背は俺の胸くらいまでしかないのに、やたらとガタイが良くて立派な髭を生やしてる人が多い気がする」
「あははっ、言ってなかったっけ? ここはね、彼ら『ドワーフ族』の住処なのさ」
ルカが大きく尻尾を振りながら教えてくれた。
「ドワーフ族……。名前は聞いたことあるけど、本当にいたんだな」
「彼らは手先がとても器用でね、鉱石の採掘と鍛冶仕事に関しては右に出る種族はいないよ。この巨大な街もスロープも、全部彼らが岩山を削って造り上げたものさ」
「なるほど。あれ、あの店で売ってる岩塩漬けのオーク肉って俺達が食べたやつと同じだな。ドワーフたちが好む保存食って所なのかな」
「そうさ。だから王都で言っただろう?ドワーフの連中がよく食べる保存食だって。ちょっとでも彼らの食事に慣れておくと良いかなって思って選んだのさ」
昨日のお鍋に入れた肉の正体を思い出し、俺は一人で深く納得した。
「じゃあ、私たちが探しているゲインさんという方も、ドワーフ族の方なのでしょうか?」
「十中八九そうだろうな。さて、まずはそのゲインさんの『工房』とやらがどこにあるのか、聞き込みから始めないとな」
「確か青い屋根の工房だからすぐ分かるとは言ってたが……ちょっと探してみようか」
鉄を打つ音が絶え間なく響くドワーフの街で、俺たちはさっそく情報収集へと歩みを進めた。
◇ ◇ ◇
カンッカンッという甲高い鉄を打つ音と熱気が入り混じるドワーフの大通り。
すれ違う屈強な職人たちの熱気に当てられそうになりながらも、俺たちは周囲の建物を観察しながら歩いていた。
「ストーンバレー唯一の青い屋根の工房……それが、王都を出る前にディッツさんから教えてもらったゲインさんの居場所のヒントなんだが……」
「うーん……見当たりませんね。石とレンガで造られた建物ばかりで、屋根はどれも灰色か赤茶色ばかりです」
リースが日差しを遮るように手をかざして見回すが目当ての青い屋根は見つからない。
今いる一番上の階層から適当に歩き回るだけでは、とてもじゃないが見つけきれそうになかった。
確かゲインさんって有名な人なんだよな? ちょっと聞き込みしてみようか。
「自力で探すより、地元の人に聞くのが手っ取り早いな。ちょっとそこのおっちゃんに聞いてみるか」
俺は道端の木箱に腰掛け、顔を炭で真っ黒にしながら樽の水をジョッキでガブ飲みしているドワーフに声をかけた。
「すみません、少し道を聞きたいんですが」
「あん? なんだ兄ちゃんたち。見ない顔だが、余所から来たのか?」
彼は太い腕で口元の水を拭いながら、俺たちを値踏みするように見た。
「はい。実は『ゲイン』さんという方の工房を探しているんです。青い屋根が目印だと聞いていまして」
「おお、ゲインの旦那のところか! なんだ、最初からそう言やあいい。あそこの青屋根ならこの街で知らねえ奴はいねえよ!」
俺が名前を出した途端、親方は豪快にガハハと笑った。
どうやらゲインさんはこの鍛冶と採掘の街にあっても一目置かれるほど有名な鍛冶師らしい。
「ほれ、あそこから下へ続く大スロープが見えるだろ?」
彼は立ち上がり、太い指ですり鉢状の街の底へと続く巨大な螺旋状のスロープを指差した。
「あのスロープをずーっと下って、中腹あたりにある3つ目の分かれ道を右に曲がった先だ。ここからでも目を凝らせば……ほれ、あそこに青い屋根が見えるだろう?」
「えっ? ……ああっ、本当だ! ありました!」
ドワーフの指差す先を4人で覗き込むと、ミリアがパッと顔を輝かせた。
確かに灰色の岩肌と茶色い建物群がひしめく中腹のあたりに、ぽつんと1つだけ鮮やかな青色の屋根が目立っている。すり鉢状の地形だからこそ上から見下ろす形で遠くの屋根まで見渡せるのだ。
「あんな目立つ色にしているなんて、よっぽど自分の腕に自信がある職人なんだね」
「ああ。ストーンバレーで一番の変人だが、打つ武器の腕は間違いなく国一だ。気を付けて行きな!」
「おっちゃん、ありがとう! 助かったよ」
案内してくれたドワーフに礼を言い、俺たちは明確な目的地である青い屋根を目指して巨大な大スロープを下り始めた。
俺達はスロープを下り、無事ゲインさんの鍛冶場と思われる場所へとたどり着いた。
空も霞む立派な青色の屋根に金床と金槌の絵が大きく書かれており、この工房の威厳を発揮させる。
俺が重い木の扉を押し開けた瞬間、ムワッとした圧倒的な熱気が火の粉の匂いとともに吹き付けてきた。
「うわっ、すごい熱気……!」
「これは……まるでサウナにいるみたいだね」
リースが顔を覆い、ルカが目を細める。
工房の奥、巨大な炉の前で金槌を振るうのは髭が真っ白なドワーフだった。
背は俺の胸くらいしかないのに腕は丸太みたいに太く、革のエプロンと腕当てが擦り切れてる。
飛び散る火の粉をものともせず、金槌を振り下ろすたびにキィィンッ!と激しい火花が舞う。
……ただのドワーフじゃない。長年鉄と向き合ってきた本物の職人の『圧』が凄まじい。
「あの人が……ゲインさんでしょうか」
ミリアがその隙のない無駄のない金槌の軌道に剣士としての何かを感じ取ったのか、ごくりと唾を飲み込んで呟いた。
彼が俺達に気がついたのか、ギラリと鋭い眼光をこちらに飛ばす。
「あんだ、客かいな。暫くは予約で埋まってんだ。新規注文したいならメイに頼んでくれ」
そう一言放ち、彼は再び金床へと目を向けた。
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