44 気がつけばそこは……(後編)
「よし、それじゃあ次は色んな店が1つに集まったとびきりデカい建物に行こう」
「色んな店が1つに、ですか? 大きな市場みたいなものでしょうか」
首を傾げるリースたちを連れて、俺は駅前の大型ショッピングモールへと足を踏み入れた。
自動ドアを抜け、吹き抜けになっている広大なエントランスに出た瞬間3人は言葉を失って立ち尽くした。
「な、なんですかここは……! お城より広くて綺麗で、それに……あそこ!」
ミリアが指差した先には、上の階へと続くエスカレーターがあった。
「階段が……勝手に上に動いています!? ユズルさん、あれは一体どういう魔法陣の罠ですか!?」
「罠じゃない罠じゃない。あれはエスカレーターって言って、乗ってるだけで上の階まで運んでくれる便利な階段なんだよ」
「乗っているだけで……? 信じられません。動力源の魔石も見当たらないのに……」
リースが食い入るようにエスカレーターの足元を見つめている。
俺が先に乗って手招きすると、ルカは「おっとっと、これは面白いね」と軽快に飛び乗り、ミリアとリースは「ひゃっ」「わわっ」と悲鳴を上げながら足を乗せた。
手すりにしがみつきながら上の階へ運ばれていく2人の姿は、なんとも微笑ましい。
「さて、せっかく無限にお金が使えるんだ。この世界の服を着てみよう」
俺が案内したのは、モール内にある若者向けの大きなアパレルショップだ。
ずらりと並ぶ色とりどりの現代服を見て、今度はリースの商会令嬢としての血が騒いだらしい。
「す、すごいです……! この生地の滑らかさ、縫製の正確さ……それにこんなに鮮やかな染料が使われているのにこのお値段なんですか!? 私の商会でこれを売ったら間違いなく国中の貴族が買い占めに走りますよ!」
「まぁここは夢の中だから持ち帰れないのが残念だけどな。ほら、好きなのを選んで着替える小部屋で着てみなよ」
しばらくして、試着室のカーテンが開いた。
「どう、でしょうか……? 少し、足元がスースーするのですが……」
リースがもじもじしながら現れた。彼女が選んだのは、淡い水色の花柄ワンピースと、白いカーディガンだ。清楚な彼女の雰囲気に恐ろしいほど似合っている。
「似合ってる! めちゃくちゃ可愛いぞ」
「ほ、本当ですか? えへへ……」
「ユズルさん! 私はこれにしてみました!」
元気よく飛び出してきたミリアは、動きやすいデニムのショートパンツに、少し大きめのロゴ入りパーカーを着ていた。普段の剣士姿とは違うボーイッシュで活発な現代の女の子そのものだ。
「うん、ミリアらしくてすごくいいな! 動きやすそうだ」
「はい! これならいつ敵が来てもすぐに動けます!」
「ボクはどうだい?」
最後に現れたルカは細身の黒いパンツに、さらりとした白いシャツを羽織っていた。元が猫人族の顔立ちなだけに、完全に雑誌のモデル状態である。すれ違う女性客が二度見していくほどだ。
「よし、全員バッチリだ。それじゃあこの格好のままお昼ご飯にしよう」
現代の服に着替え、すっかりこの世界に馴染んだ(?)俺たちはフードコートのハンバーガーショップへと向かった。
トレーに乗せられて出てきたのはハンバーガーと山盛りのフライドポテト、そして氷がたっぷり入った黒い飲み物だ。
「これは……パンにお肉と野菜が挟まっていますね。サンドイッチの親戚でしょうか?」
「ハンバーガーって言うんだ。手で持って、そのまま大きな口でかぶりつくのが作法だぞ」
俺の言葉に従い、3人はハンバーガーを両手で持ち、ガブリと一口齧り付いた。
その瞬間、3人の動きがピタッと止まる。
「……っ!!」
「な、なんですかこのお肉は……! パンもフワフワで、中に塗られている甘酸っぱいソースが脂の美味しさを何倍にも引き立てています!」
「ルカさん、この細長い芋の揚げ物も止まりません! 塩加減が絶妙です!」
「やれやれ、さっきから驚かされてばかりだよ。日本の食事はどれもこんなに味が濃くて強烈なのかい?」
ジャンクフード特有の「脳に直接くる旨さ」に、3人はすっかり虜になったようだ。
「よし、仕上げにその黒い飲み物を飲んでみな。ストローで吸うんだ。だけど一気に飲むと多分びっくりするから、飲む時はゆっくりな。合わなければ別の物買ってくるから言ってくれ」
言われるがまま、ミリアがコーラを吸い込んだ。
「んぐっ!? げほっ、こほっ! ユ、ユズルさん! 口の中で飲み物がパチパチと弾けて攻撃してきます! これ、毒か魔法の薬じゃないですか!?」
「それは炭酸っていうんだ。慣れると美味いぞ」
涙目になるミリア、おそるおそるコーラを舐めて「甘くてピリピリします……」と目を白黒させるリース、そして「不思議な喉越しだね」と案外気に入った様子のルカ。
賑やかなフードコートの片隅で異世界から来た仲間たちと囲むジャンクフードの味は、前世の記憶にあるどんな食事よりも美味しく、そして楽しいものだった。
◇ ◇ ◇
「お腹も満たされたことだし、次は電車という乗り物に乗って、日本のお城を見に行こう」
駅のホームに上がり、しばらく待っていると、遠くからゴォォォという低い走行音とともに長大な鉄の塊が滑り込んできた。
「ひぃっ!? 巨大な鉄の蛇です! ユズルさん、武器は……あっ、夢だから持ってませんでした!」
「ミリア、落ち着け。あれは蛇じゃなくて何百人もの人を一度に運ぶ乗り物なんだ」
プシューッと音を立てて開いたドアから俺たちは電車に乗り込んだ。
ガタンゴトン、という規則正しい揺れに最初は怯えていた3人だったが、窓の外を飛ぶように流れていく街の景色に、すぐに釘付けになった。
「本当に馬もいないのに動いています……ユズルさんの故郷は魔法がなくても魔法みたいなことができるんですね」
「ああ。科学ってやつのおかげだな」
電車を降りて少し歩くと、巨大な石垣に囲まれた荘厳な日本のお城が姿を現した。
「おお……! この石垣の反り返り、そして堀の深さ……とても立派な建物ですね!」
ミリアが建物ではなく石垣と堀に注目する。
「木造建築なのに、こんなに高くそびえ立っているなんて……。屋根の上のあの金の魚も立派です。王都の王城とは全く違う美しさがありますね」
「ふふ、風情があってボクは好きだよ。自然と調和しているような気がする」
リースとルカも、異世界の城郭建築にすっかり心を奪われたようだ。
「だいぶ歩き回ったな。そろそろ足も疲れただろうし、あの店で休憩しよう」
お城の近くにある、レトロでお洒落な喫茶店に3人を案内する。
席につき、俺が自信満々に注文したのはこの世界の究極の甘味――フルーツパフェだ。
やがてテーブルに4つの巨大なグラスが運ばれてきた。
「な、なんですかこの宝石箱のような食べ物は……!」
リースが目を輝かせて身を乗り出した。
透明なグラスの中には、色鮮やかなイチゴやメロン、幾重にも重なる白い生クリーム、そして冷たいアイスクリームが芸術的なバランスで積み上げられている。
「冷たいうちに食べてみな。長いスプーンで、下の方まで掬うのがコツだ」
3人が長いスプーンをそっと差し込み、一口食べる。
「……っ!!」
「つ、冷たいっ! 冷たいですが……口の中で甘い雲が溶けていくみたいです! この赤い果物も、信じられないくらい甘くてジューシーで……!」
「上の白いクリームの下にサクサクした焼き菓子が隠れていました! 食べる場所によって味も食感も変わるなんて、魔法の食べ物ですね!」
「あはは、これはたまらないね」
甘いものは万国、いや異世界共通らしい。
パフェを食べる3人の顔は、今日一番の幸せそうな笑顔で溢れていた。
賑やかなティータイムを終え、喫茶店を出る頃には空が少しずつオレンジ色に染まり始めていた。
俺が腕時計を確認すると時刻は16時を回ったところだった。
「よし、それじゃあ最後はバスに乗って海を見に行こう」
喫茶店を出た俺たちは路線バスに乗り込んだ。電車とはまた違う、ゆったりとした揺れに身を任せる。
「あ、あの『とまります』って書いてある光るボタン……ボクが押してみてもいいかい?」とルカが子供のように興味津々でボタンを押し、バスは目的地の停留所に停まった。
電車よりも少しこぢんまりとした、乗り合い馬車のようなバスに揺られること数十分。
ドアが開くと同時に、潮の香りが鼻をくすぐった。
「わぁ……!」
視界いっぱいに広がるのは、穏やかな波が打ち寄せる海だ。
沈みゆく夕日が水面をキラキラと黄金色に照らし、空と海の境界線を美しく染め上げている。
「綺麗な夕焼けですね……」
リースが海風に髪を揺らしながら、うっとりと呟いた。
ルカも静かに波の音に耳を傾け、ミリアは波打ち際ではしゃぎながら綺麗な貝殻を拾い集めている。
「……そろそろ、17時だな」
俺の言葉に3人が振り返った。
「なんだかあっという間でしたね」
「ああ。でも、すごく楽しかったよ」
「ボクもさ。キミの育った世界を少しだけ知ることができて、嬉しかったよ」
ミリアが拾ったばかりの貝殻をギュッと握りしめ、少しだけ寂しそうに微笑む。
「目が覚めたら、全部忘れちゃうんですよね……もったいないなぁ」
「そうだな。……でも大丈夫だ。いつかあの手紙の主の正体がわかれば連れてきてもらおう」
俺がそう言うと、3人はパッと明るい顔になり、「約束ですよ!」「絶対に連れて行ってくださいね!」と口々に笑い合った。
――チクタク、と。
どこからか時計の針が17時を指す音が聞こえた気がした。
「ユズルさん。今日は1日案内してくれてありがとうございました。とっても、とっても素敵な夢でした!」
リースが満面の笑みでそう言った瞬間、足元からふわりと暖かく、眩い白い光が溢れ出した。
光は優しく俺たちを包み込み、夕焼けの海も、現代の街並みも、すべてを白く染め上げていく。
(……ああ、本当にいい休日だった)
まどろみの中へと意識が沈んでいくのを感じながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
◇ ◇ ◇
「……ん、……っ」
パチリと目を開けると、そこはトラックの荷台だった。
観音扉の隙間から異世界の穏やかな朝の光が差し込んでいる。
「ふぁぁ……よく寝たぁ……」
「おはようございます、ユズルさん。なんだか今、すごく楽しくて……美味しい夢を見ていた気がします」
珍しく(?)普通の体制から起きて伸びをするミリアと、不思議そうに目をこするリースとルカがこちらを見てきた。
その言葉に、俺は思わずふっと笑みをこぼした。
「そうだな。さぁて、それじゃあ今日も気合い入れてストーンバレーへ出発するか!」
俺たちは立ち上がり、トラックの扉を大きく開いた。
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