42 焚き火の光に照らされて
ぐつぐつと煮える鍋から暴力的なほどに食欲をそそる香りが漂い始めた頃。
小川の方から微かな水音とともにルカが戻ってきた。
「お待たせ! 立派なのが5匹獲れたよ」
ルカが誇らしげに掲げたクナイには、銀色の鱗を光らせた丸々と太った川魚が綺麗に串刺しになっていた。
「おお、すげえ! これなら文句なしのメインディッシュだ。ミリア、すぐに内臓と鱗を落としてくれるか?」
「お任せください!」
ミリアが素早くナイフで魚の下処理を済ませ、それを俺が熱々の鍋の中へと投入する。
魚の身が白く変わっていくにつれて、キノコとオーク肉のスープに極上の魚介ダシが溶け込み、香りの層がさらに一段階深くなった。
「よし……そろそろいいんじゃないか?」
俺が木べらで鍋の底から全体を大きく混ぜ合わせると、3人がゴクリと喉を鳴らして身を乗り出してきた。
ランタンとかまどの灯りに照らされた鍋の中では不思議な光景が広がっていた。
「わぁ……ユズルさん、見てください! 水晶大根が本当に透き通っています!」
リースが目を輝かせて指を差す。
分厚く輪切りにしたはずの白い大根が熱とスープを限界まで吸い込み、まるで本物の水晶のようにキラキラと透明に輝いていたのだ。青い葉脈を残した雪結菜の色合いも相まって、野営料理とは思えない美しさだ。
「よし、完成だ! 冷めないうちにみんなで食べよう。はい、これミリアの分」
「ありがとうございます! いただきます!」
取り分けた木の器を受け取るなり、ミリアがフーフーと息を吹きかけ、まずは黄金色のスープを一口すする。
その瞬間、彼女の目が真ん丸に見開かれた。
「んんっ……!! 美味しいです! オーク肉の強い塩気と陽だまり茸の旨味をルカさんが獲ってきてくれたお魚の出汁が優しく包み込んで……口の中で旨味が暴れてます!」
「ミリアの食レポ、なんか物騒だな……」
俺が苦笑していると、隣で熱々の水晶大根を頬張ったリースが「ほふっ、はふっ」と幸せそうな吐息を漏らした。
「ん〜〜っ! 大根がトロトロで噛むと中からスープが溢れてきます! それにこの雪結菜お砂糖を入れたみたいに甘いです!」
「ふふっ、ボクの獲った魚も最高だろう? 身がふっくらしていて、塩気のあるスープとよく合うよ」
「ああ、ルカの魚が大正解だったな。最高の出汁が出てる」
俺も自分の器に口をつけ、思わず「ふぅ」と深い息を吐き出した。
昼間は暖かかったものの、日が落ちた森の空気は肌寒い。だが、体の芯から染み渡るような熱いスープと仲間たちと囲む焚き火の温もりが旅の疲れを優しく溶かしていく。
「あ、ミリア! それ私が狙ってたお肉……!」
「早い者勝ちですよー! オーク肉、噛めば噛むほど味が出て美味しいんですから!」
「あはは、まだあるから喧嘩しないの」
パチパチと爆ぜる焚き火の音と3人の絶えない笑い声。
暗い夜の森にいるはずなのにちっとも怖さや心細さは感じない。ただの仕事の移動だったはずの道中がかけがえのない楽しい時間になっていることに気づき、俺は自然と頬が緩むのを感じていた。
「ほら、まだまだあるからいっぱい食えよ。明日の朝の分はちゃんと残してるから全部食っても大丈夫だぞ!」
「「「はーい!」」」
◇ ◇ ◇
食後の温かいお茶を飲みながら俺たちはパチパチと爆ぜるかまどの炎をぼんやりと見つめていた。
お腹が満たされた心地よい疲労感と夜の森の静寂。
ルカも猫の耳やしっぽをゆったりと揺らしながら目を細め、リースは俺の隣で少し眠たそうに瞬きをしている。言葉がなくてもちっとも気まずくない穏やかな時間が流れていた。
「……ユズルさん」
ふと薪の端を小枝で突いていたミリアが静かに顔を上げた。
ランタンのオレンジ色の灯りに照らされた彼女の瞳が、俺と、その後ろに停まっている巨大なトラックを交互に見つめる。
「ユズルさんの故郷……ユズルさんが元々いた場所ってどんなところだったんですか?」
その問いに、リースとルカも静かに視線をこちらへ向けた。
俺のいた世界。地球、そして日本。
この世界の住人である彼女たちにあの社会をどう説明すれば伝わるだろうか。俺は夜空の星を見上げながらゆっくりと口を開いた。
「そうだな……一言で言えば、魔法はないけど魔法よりも不思議なもので溢れている世界だったよ」
「魔法よりも不思議なもの……?」
「ああ。例えば、俺のあのトラックみたいな鉄の乗り物が馬の代わりにそこら中を当たり前のように走っているんだ。道という道はすべて平らな石で舗装されていてね。王都のお城なんかよりもずっと大きくて高い鉄と石で造られた建物が、まるで森みたいにどこまでも立ち並ぶ街があった」
3人が息を呑む音が聞こえた。
リースが信じられないというように小さく口元を押さえる。
「それに、空を見上げれば鉄の鳥が飛んでいた。その鳥のお腹の中には何百人もの人が乗れて、空を飛んで遠くの国や海まであっという間にお出かけすることができたんだ」
「空を飛ぶ鉄の鳥……! そんな巨大な質量を浮かせるなんてどれほどの魔力が必要なんでしょうか……!」
「他にもあるね。小さな手のひらサイズの魔導具を持っていれば、どれだけ遠く離れた場所にいる相手とでもまるで隣にいるみたいに声を聞きながら話ができたんだ。顔を映し出すことだってできたしその場の風景を絵にして残すことも出来てたんだ」
俺の言葉を聞いて、ミリアがほうっと熱を帯びため息をこぼした。
「まるで……おとぎ話の中みたいな世界ですね」
「ボクも見てみたいな。その鉄の鳥とやらに乗って空から世界を見下ろしてみたい」
「ええ……私も、その空高くそびえる鉄の塔をこの目で見てみたいです」
焚き火の炎に照らされた3人の顔には、純粋な憧れと好奇心が浮かんでいた。
便利で明るく、何でも手に入る世界。
でもその分いつも時間に追われて、少しだけせわしなく孤独を感じることも多い世界だった。
あのアパートの狭い部屋で1人、冷めたコンビニ弁当を食べていた俺に「おとぎ話みたいだ」と目を輝かせる彼女たちの姿を見せてやりたい。
「……ユズルさんはその世界に帰りたいですか?」
ふとミリアが少しだけ不安そうな、寂しそうな声で聞いてきた。
俺は焚き火から視線を外し、隣に座るリース、向かいのルカ、そしてミリアと順番に目を合わせた。
「便利で凄い世界だったけど……不思議なもんで今はあんまり帰りたいとは思わないかな」
「えっ……どうしてですか?」
「あっちには水晶大根も陽だまり茸も、ルカが獲ってくれた美味い魚もなかったからな。……それに」
俺は少し照れくさくなって頭を掻いた。
「こんな風に、火を囲んで一緒に美味い飯を食ってくれる仲間はいなかったからさ。俺は今この世界に居られて悪くないって思ってるよ」
その言葉にミリアの表情がパッと明るく綻んだ。
リースが嬉しそうに俺の袖をきゅっと掴んできた。
パチッ、と大きく薪が爆ぜて、温かい火の粉が夜空に向かって舞い上がっていく。
少し冷たい夜風が吹き抜けたが、心の中は信じられないくらいポカポカと温かかった。
◇ ◇ ◇
食後の穏やかな時間も過ぎ、すっかり夜も更けてきた。
火の後始末をして俺たちは寝床となるトラックの荷台へと向かう。
「そういえばレイシアさんが用意してくれた4人分の布団を敷くなら今のサイズのままじゃ窮屈だな。少し離れててくれ」
俺はスキルボードを呼び出し、車体サイズ変更の倍率を最大の2倍に設定する。
ミシミシと音を立ててトラックが前後左右にググッと広がり、あっという間にちょっとした部屋くらいの巨大な箱型空間へと変貌した。
「おおーっ、何度見てもすごい迫力だね!」
「これなら4人並んでも広々と寝られそうです! ユズルさん、開けますね!」
リースがトラックの後ろに回り込み、ガチャリと観音扉を開け放つ。
「よし、俺が先に入って中を確認するよ」
俺はヒョイッと荷台に飛び乗った。
その瞬間だった。
『シュッ!』
という短い風切音が鳴ったかと思うと、夜の冷たい風が肌を直接撫でる。
……ん? 肌を直接?
「さて、どこから布団を敷くか……って、あれ?」
「ユズルさん、中はどうです……きゃああああああっ!?」
俺の後ろから覗き込もうとしたリースが、顔を真っ赤にして悲鳴を上げ、両手で目を覆った。
「ど、どうしたリース! 敵か!?」
ミリアが素早く駆けつけてきて、荷台の中にいる俺を見た瞬間ピシッと石像のように固まった。
「ユ、ユ、ユズルさん!? な、なにを堂々と全裸になってるんですかあっ!!」
「は……? うおおおおおっ!?」
自分の姿を見下ろし、俺も特大の悲鳴を上げた。
すっぽんぽんである。見事なまでに一糸纏わぬ姿だ。
「あははははっ! なんだいキミ、突然の脱衣アピールかい!? なかなかいい筋肉してるじゃないか!」
ルカがお腹を抱えて爆笑している。
違う、脱いだんじゃない! 俺は慌てて大事な所を両手で隠しながら原因に思い至った。
「ち、違う! 荷台の収納スキルをオフにするのを忘れてたんだ! この荷台、生物以外のものを自動で収納する機能がオンになりっぱなしで……つまり、俺の服も装備も全部収納されちまったんだよ!」
「そ、そんな機能があるなら早く服を出してくださいっ! もう、ユズルさんのえっち!!」
「ご、ごめん! 今すぐオフにするから!」
俺は真っ赤になりながら急いでステータス画面を操作し、収納術をオフに変更。すぐさま服を取り出して光の速さで着替えた。
いい雰囲気だったのが一瞬にして台無しだ。ミリアからはジト目で睨まれ、リースはまだ指の隙間からチラチラとこちらを見て顔を赤くしている。ルカに至ってはずっと地面殴りながら笑い続けている。
ただ一つ言えることは、これの被害者が俺で本当に良かった……
「……すみません、お待たせしました」
「もう、びっくりさせないでくださいね。……でも荷台の中は本当に広いです!」
気を取り直して荷台の中へと乗り込んだ三人は、二倍に拡張された空間を見て感嘆の声を上げた。
レイシアさんが用意してくれた布団を4つ並べても、まだ足元や荷物を置くスペースが十分にある。
「真っ暗だと不便だろうから、明かりを点けよう」
俺はアイテムバッグからロープを取り出すと、荷台の左右の壁に備え付けられているラッシングレール(荷物を固定するためのベルトを掛ける金属製のレール)の穴にロープを通し、ピンと張って結びつけた。
「よし。こうして物干し竿みたいにして……ミリア、さっきのランタン貸してくれ」
「はい、どうぞ」
受け取ったランタンの取っ手を宙に張ったロープの中央に引っ掛ける。
すると、高い位置から荷台全体をオレンジ色の温かい光が照らし出し、無機質だった鉄の箱が一気に秘密基地のような居心地の良い寝室へと変わった。
「わぁ……! すごい工夫ですね。これなら蹴飛ばして火事になる心配もありませんし、全体が明るいです!」
「なるほど、壁の金具とロープでそんな使い方ができるのかい。見事な工夫だね」
リースとルカが感心して見上げている中「さて、それじゃあ寝る場所を決めようか」と俺が口を開きかけた時。
俺の袖を、ミリアがちょいくいっと引っ張った。
「……あの、ユズルさん」
「ん? どうした?」
他の二人に聞こえないよう、ミリアがひそひそと小声で話しかけてくる。
「私、その……寝相がすっごく悪いじゃないですか。前に一度同じ部屋で寝た時、ユズルさんは『何もされてない』って言ってくれましたけど……本当はすごく暴れて迷惑かけちゃったんじゃないかって、実はずっと気にしてて……。リースさんやルカさんに蹴りを入れたりしたら大変ですし……」
あぁ、なるほど。寝相のことを気にしているのか。
ミリアは剣の腕は一流だが、寝相の悪さも超一流なのだからな。俺は小さく笑い、彼女を安心させるように小声で返した。
「気にするな。実はそのことを見越して、もう完璧な配置を決めてあるんだ。ミリアには一番奥の壁際に寝てもらう。で、その隣が俺だ」
「えっ、でもそれだとまたユズルさんに……」
「俺なら一度一緒に寝てパターンを把握してるから、もし足が飛んできても上手く躱せる自信がある。壁と俺で挟めば、ミリアがどこかに転がっていく心配もないだろ?」
「うぅ……躱す前提ですか……。でも、ありがとうございます。暴れないように気をつけます……」
シュンとしつつも少しホッとした様子のミリア。俺はそんな彼女に頷いてみせると、改めて全員に向けて声を張った。
「さて、みんな。色々考慮して、寝る場所は一番奥からミリア、俺、リース、そして入り口付近にルカっていう順番でどうだ?」
俺が提案すると、リースとルカは頷いた。
「分かりました。私が一番奥ですね」
ミリアも、先ほどのやり取りを隠すように澄ました顔で同意する。
「ボクは一番外側で構わないよ。夜目が利くし、何かあればすぐ外に出られるからね」
「私はユズルさんの隣ですね。ふふ、なんだか安心します」
指示通りにそれぞれの布団に潜り込む。レイシアさんの布団は、野営とは思えないほど柔らかくて温かかった。
「それじゃあ、扉を閉めるぞ」
本来トラックは普通中から閉めると開けられなくなる危険な構造だから、ドアを少しだけ開けておく。
「ルカ、もし風とか入ってきて寒くなったら気軽に言ってくれ。用意してくれたものほどではないけどもう1つ布団あるからそれを出そう」
「大丈夫だよ、布団の気持ちよさが勝っているからね。でも寒くなったら遠慮なく起こすね」
ルカはそう言いながらそっと布団に潜り込む。ランタンの灯りだけが俺たち四人を優しく包み込んだ。
「みんな今日はお疲れ様。ゆっくり休んでくれ」
「はい。おやすみなさい、ユズルさん」
「おやすみ。……あ、寝ぼけてまた服を収納しないように気をつけてくださいね」
「ミリア、それはもう言わないでくれ……」
クスクスと笑い声が響く中俺はランタンの火を小さく絞った。
いろいろあったが最高の夜だ。
少し冷たい夜の空気も、四人で身を寄せ合うこのトラックの中では心地いい。
隣から聞こえてくるミリアの穏やかな寝息を聞きながら、やがて俺の意識も深く温かい眠りの中へと落ちていった。
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本編投稿は毎週月水金の3日、閑話投稿日は前話の翌日投稿となります。
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投稿時間については全編一括18時半となります




