39 吉報を届けて
「皆様おかえりなさいませ。ディッツ様へご面会でしょうか?」
「はい、どうするかを決めたのでそのご報告をさせてもらおうかと。案内してもらってもいいですか?」
「こちらになります」とレイシアさんが先導する形で案内する。
そこはまだ一度も入ったことのない部屋だ。入る前からわかる。リースの部屋にも、フランさんの部屋にもなかったその扉の圧が俺達を襲う。
その圧を受けていることを知ってか知らずか、普段と何変わらぬ様子で彼女はノックを行いドアを開ける。
「旦那様、ユズル様方をお連れいたしました」
「ああ、入ってもらってくれ」
レイシアさんに促され、俺たちは少し緊張しながら足を踏み入れた。
そこは、いかにも『大商会のトップ』が使うにふさわしい威厳に満ちた執務室だった。
壁一面には資料や帳簿が隙間なく並び、部屋の中央には立派なデスクが鎮座している。そのデスクの向こう側でディッツさんが羽ペンを置いて顔を上げた。
その傍らではフランさんが数枚の書類をまとめながら俺たちを見て優しく微笑んでいる。
「待っていたよ。それで……先ほどの話はどうだろうか?」
ディッツさんの声には、父親としての温かさと商会長としての真剣さが入り混じっていた。
俺は小さく息を吐き、姿勢を正してディッツさんの真っ直ぐな視線を受け止める。
「ディッツさんに『吉報』をお持ちしました」
「おお……! ということは」
ディッツさんの表情がパッと明るくなる。
「はい、移動の問題は解決しました。俺のスキルでトラックの座席を……その、魔法みたいなもので横に広げることができたんです。四人並んで座っても十分な広さになったので道中も真っ暗な思いをさせずに全員でストーンバレーまで向かうことができます」
「なるほど……座席を広げる魔法か。ユズル君のその不思議な力には、本当に驚かされてばかりだな」
ディッツさんは感心したように深く頷き、ふぅっと心底ホッとしたような安堵の息を漏らした。
隣にいたフランさんも、パチンと手を合わせて嬉しそうに目を細める。
「本当にありがとうございます、ユズルさん。ミリアちゃんやルカちゃんには勿論、リースちゃんにとってもきっと良い経験になると思うわ」
「俺たちも今までお世話になりっぱなしでしたから。恩返しというわけじゃないですが、アルベルト商会のためにしっかり働かせてもらいます」
「私も頑張ります、お父様、お母様!」
俺の言葉に続くように、リースが両手で拳を作って元気よく宣言した。ミリアとルカも、任せておけと言わんばかりに力強く頷いている。
「ありがとう。頼もしい限りだ」
ディッツさんはゆっくりと立ち上がり、俺たちに向かって深々と頭を下げた。
「それでディッツさんにお伺いしたいのですが、王都からストーンバレーまでの地図って持ってますか?俺の持ってるスキルでは行ったことのない場所へはすぐに行けなくて、『行ったことある場所』もしくは『地図で道順を確認した場所』しかいけないので地図を確認したいのですが」
フランさんがご機嫌に「地図ね~地図地図~♪」と歌いながら資料を取り出し、その資料を俺達に見せてくれた。
その用紙にはこのあたりの地図が載っており、ストーンバレーだけでなく、よく見るとミリアの故郷であるカルディアやリースが迷子になった森の近くにあるグレンフォードなども漏れ無く載っている。
「地図はこれしか無いのだけれども大丈夫かしら?地図は他にも予備があるから持っていってもらっても大丈夫よ」
俺はフランさんから地図を受け取る。
(この世界の地図のの価値わからないからなくさないようにしなきゃな。)
アイテムバッグを開き、俺はその地図をしまい込む。
「では今回の依頼内容の整理とおさらいだ。ストーンバレーに、私の依頼した魔石の販売元である『ゲイン』が居る。ゲインはストーンバレーで一番大きな鍛冶場の親方だ。まずはそのゲインに会って詳細を聞いてほしい。他の鍛冶場には無い、珍しい『青色の屋根』をしているからわかりやすい。
もし分からなくてもゲインは有名だから誰かに聞けば一発でわかるだろう。話を聞いて、魔石を持って帰れそうなら持って帰ってきて、厳しそうなら情報だけで構わないから持ち帰ってほしい』
青い屋根のゲインさんか、覚えておこう。
「ありがとうございます。どこまでできるかわかりませんが可能な限り頑張ります」
「どうかよろしく頼む。だが先ほども言った通りお前たちの安全が第一だ。危険だと判断したら魔石のことは気にせずすぐに戻ってきなさい。……道中、気をつけてな」
「はい! 行ってきます!」
◇ ◇ ◇
と勢いよく部屋を出て応接室に戻ったのは良いが、そもそも途中で休憩ができるポイントがあるのだろうか。
一度みんなとこれからについて話し合いをしておく必要がありそうだ。
「なぁ、これからについてちょっとだけ相談したいんだけどいいか?」
一斉にみんなの顔がこちらを向いた。それぞれ考えてることがあるのだろう。
「相談したいのは食事をどうするか ということなんだ。地図を見た所、ここからストーンバレーに行くまでに村のような場所はポツポツとあるが街ではない。村に食堂があるとは限らないから用意したほうが良いのか悩んでいてな」
「うーん」と唸り声を上げながら声を上げたのはリースだ。斜め上の方向を見て何かを考えている。
ミリアも「乾パンとか干し肉じゃ流石に味気ないですもんね」と言って一緒に考える。
「ふっふっふ。ボクのことを忘れていないかい? 川があれば魚を取ることくらい造作でもないさ。だからもしおかずがもう一品欲しくなったら川の近くに停めてくれるとうれしいね」
「それは頼りになるな。じゃあ魚はお願いするとして、他のものは調理してから持っていくか向こうで調理をするか。野営のような形で食事の準備することになるから悩ましいんだよな」
……いや、調理済みのものを持っていくのは辞めたほうがいいな。せっかくのみんなとの旅なんだ。前世で片手でハンドルを握り、夜道を走りながら無理やり腹に詰め込んでいたあの冷え切ったおにぎりの味をこの世界にまで持ち込みたくはない。手間はかかるが、やっぱり出来立ての熱々を食わせてやりたいし俺も食いたい。よし、向こうで調理しよう。
そう思った矢先、リースが口を開く。
「でしたら、材料を持っていって向こうで調理する方法を取りませんか? 明日の朝の食事を考えると今から作って持っていくのは少し不安になります」
リースの言葉を聞いて朝食についてすっかり失念していた。確かに今晩の準備したら終わり! というわけにはいかない。
その気付き本当にありがたい……
リースの意見に乗っかるようにミリアも身を乗り出してくる。
「私もそれで良いと思います! 作っていくと冷めたご飯しか食べられなくなりますが、向こうで作れば温かいものが食べられますよ!」
二人の意見に俺が頷くと、ふと前世でのとあるメニューが頭に浮かんだ。
作るのがとても簡単で、割と適当に作っても美味しくできる魔法のメニュー!
「よし、それなら夕食は『鍋』にしよう」
「なべですか?」
聞き慣れない料理だったのか、リースがきょとんと小首を傾げる。
「ああ。大きめの鍋にスープを張って、肉や野菜を煮込む料理だよ。材料を好きな大きさに切って、鍋に水と出汁を入れて火にかけるんだ。そして良い出汁が取れたあとに材料を入れて煮込むだけで済む。準備も片付けもすごく楽なんだ」
「なるほど! それならルカさんが獲ってきてくれるお魚も一緒にドボンと入れられますね!」
ミリアがポンッと手を叩いて嬉しそうに笑う。
「そういうことだ。魚の出汁も出て絶対に美味くなるぞ」
「おおっ、それは名案だね! 聞いてるだけでお腹が減ってきたよ」
ルカも目を輝かせて賛同してくれた。
みんなの反応も上々だ。これなら食事の準備に時間を取られすぎず、ゆっくりと夜の休憩を取ることができる。
「よし、方針は決まりだな。出発前に食材の買い出しをして、軽く下ごしらえを済ませてしまおう。善は急げだ。みんなで市場に行くぞ!」
「「「おおー!」」」
俺たちは元気よく頷き合い、ストーンバレーへ向けての最初の任務『鍋の具材の買い出し』へと繰り出すのだった。
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