37 お勉強会後編
遠くから聞こえてくる賑やかな声が聞こえて俺は目を覚ます。目の前には鉛筆とミミズみたいな文字と使い古された1冊の本がある。
そうだ、文字を書く練習してたんだ。
枕に使っていた自分の手を見ると、下敷きになった鉛筆の跡がくっきりと浮いている。
「ふぅーっ……」と軽く伸びをしたところ、ふにょんっと謎の柔らかさを感じた。
そこには気持ちよさそうに寝るリースの姿と、冷めてしまったお茶が置かれている。
(いや、なんでリースが俺の横で寝てるんだ!?)
一度一緒に寝たことあるから前ほどは緊張しないが、やはりいきなりだとびっくりするな。
少し離れようとした所『ファサッ』と物が落ちる音がしたので確認すると、大きめのブランケットが落ちていた。
誰かが布団の代わりにかけておいてくれたのだろうか。
俺は一畳ほどある大きさの手触りがよいブランケットを、そっとリースの背中に被せる。
「いつもありがとうな」
そう小声でリースに伝え、冷めてしまったお茶を手に取る。
緊張を紛らわすよう一気にお茶を飲み干し、勉強へと戻った。
(せめて自分の名前くらいは書けるようになりたいしな)
鉛筆を手に取り、俺の下敷きになったせいで少しよれよれとなった紙を並べ直す。
そして俺はミミズのような字で「ユ」の文字を紙に書き始めた。
暫く時間が経ち、ある程度自分の名前が書けるようになった時にリースが目を覚ます。
机に伏せていたリースが顔を起こすと、額には服のシワがしっかりと跡として残っており、気持ちよく寝られたんだなということが容易に想像ができた。
「リースおはよう。よく寝られたか?」
リースは寝ぼけ眼で回りをキョロキョロし、俺の方を見つめる。
次第に目がパチッと大きくなり、覚醒していってるのが分かった。
「ユズルさん!? あ、寝ちゃったんでしたっけ……」
リースはハッとして飛び起きると、慌てて自分の口元を拭った。よだれは垂らしていないようだが、問題はそこではない。
「おはよう。俺の勉強を見てるうちに退屈させてごめんな。……ほら、おでこに服のシワがくっきりついてるぞ」
「えっ!? う、うわぁぁあっ!」
俺が指差して教えると、リースは両手でおでこをバンッと隠し、顔を真っ赤に染めた。
さらに自分の肩に俺が掛けたブランケットが乗っていることにも気づく。
「ご、ごめんなさい! 私ったらユズルさんのお勉強中なのに……それに変な寝顔まで見られちゃって……っ!」
涙目になって俯いてしまうリース。
これはまずい。いじりすぎてめちゃくちゃ恥ずかしがらせてしまった。この気まずい空気をなんとかしないと。
俺は咄嗟に、さっきまで格闘していた紙をリースの前にスッと差し出した。
「いや、リースが寝ててくれたおかげで集中できたんだ。見てくれ、これ。一応自分の名前くらいは書けるようになったぞ」
「え……?」
おでこを押さえたままリースが恐る恐る紙を覗き込む。
そこには俺が先ほど書いたばかりの、不格好だが確かに『ユズル』と読めるミミズ文字が並んでいた。
「わぁ……! すごいですユズルさん! ちゃんと読めますよ!」
さっきまでの恥ずかしさはどこへやら、リースはパッと花が咲いたような笑顔になり、身を乗り出してきた。
よし、いつもの調子に戻ってくれたな。
「お茶もありがとな。冷めてたけど美味かったよ」
「ああっ、お茶! ごめんなさい、せっかく淹れたのに。すぐに温かいのを淹れ直しますね!」
「いや、喉は潤ったから大丈夫だ。それより文字も書けるようになったし、そろそろ次の段階にいきたいんだ」
「次の段階ですか?」
リースが不思議そうに小首を傾げる。
「ああ。この間ギルドで作った身分証、あれで買い物とかの決済ができるって言ってただろ? いざという時に戸惑わないように今のうちにやり方を教わっておきたくてさ」
「なるほど、身分証での魔力決済ですね! わかりました、一度ここで練習してみましょうか!」
リースが自分の身分証をポケットの中から取り出し、机の上にコトリと置いた。
俺も首に下げているのでそれを外す。
「身分証決済のやり方なのですが、ユズルさんってギルドにお金って預けてますか?」
ギルドにお金を預ける……?
ギルドってお金預かってくれるのか!? 初めて知ったぞそれ!?
「ギルドってお金預けることができるんだな。それ自体初めて知ったよ……」
「ふふっ。じゃぁ簡単なやり方なんですが、身分証同士を近づけた状態でお互いに魔力を近づけるとお互いの身分証が光るようになります。その時『相手に渡す金額』を支払うほうが宣言して、受け取る側が同意する旨を発言することで成立するんです。500ゼルほど渡すので魔力込めてみてください!」
マリョクヲ……コメル?
魔力を込めたことが無いから正しい方法がわからない。とりあえず力んでみるか?
俺はプレートを触る手に力がこもり、机の上にあるプレートが少しずつ込めた力のせいで動く。
プレート自体はうんともすんとも言わず、リースは不思議そうな顔をしている。
「うーん、魔力を込めたことが無いから難しいな。どんな感覚でやってるんだ?」
「えっとですね、体中に魔力というのがこもっているはずなのでその魔力の流れを感じ取って指先に集中させる……ということができれば一発なのですが……あっ! ちょっと5分くらい待っててください!」
何かを思いついたかのようにリースは急ぎ足でパタパタと部屋を出ていく。
もしかして魔力を使う方法にも教本があるのかな?
暫く待つと、珍しいお客様がリースとともにやってきた。
「ユズル様、大変おまたせ致しました。えっと、リースお嬢様。ユズル様に行えばいいのですよね?」
レイシアさんが綺麗な角度で礼を行う。あれ、レイシアさんってこの家に来るの初めてじゃないだろうか。
リースが自信満々の顔で「お願いします!」と宣言する。
「ユズルさん。少し目をつぶって、何も考えずにただひたすらに魔力が流れているかどうかにだけ意識を集中してみてください」
俺は言われた通りに目を閉じ、体の力を抜いた。
「それでは失礼いたします。――『ブースト』」!!
レイシアさんの凛とした声と共に背中にそっと温かい手が添えられた。
その瞬間、ドクンと心臓が大きく鳴った気がした。
背中の触れられた部分からじわじわと温かいお湯のようなものが全身の血管を巡っていくのがわかる。体が羽のように軽くなり、内側から力が湧き上がってくる不思議な感覚だ。
「今ユズル様の体内の魔力循環を一時的に活性化させました。普段は気づかない微細な魔力の流れが今はっきりと感じ取れるはずです」
「魔力の流れ……」
暗闇の中で意識を研ぎ澄ます。
すると、ただの血流や体温とは違う微弱だが確かに脈打つエネルギーの線が見えてきた。
体中を巡る、細い糸のようなもの。……これが魔力か!
俺はその無数にある極細の糸の一本を意識でたぐり寄せ、身分証に触れている右手の指先へと少しずつ誘導していく。
「……あっ! ユズルさん、身分証が!」
目を開けると、机の上に置いた俺の身分証がぼんやりと青白い光を放ち始めていた。
「すごい……! なんとなくわかったぞ。これならいけるかもしれない!」
「やりましたね! では、その感覚を忘れないうちに決済の練習です! 私の身分証に近づけてください」
俺は魔力の糸を途切れさせないように集中したまま、光を帯びた自分の身分証をリースの身分証に重ねるように近づけた。
すると二つのプレートが共鳴するように光の強さを増す。
「ユズルさんに、500ゼルを譲渡します」
リースがはっきりとした声で宣言した。
「……受け取ります」
俺が同意の言葉を口にした瞬間。
ピッと音が鳴り、二つの身分証の光がスッと収まった。
「成功です! これでユズルさんの口座に500ゼルが移りましたよ!」
「おおおっ……! できた! これが魔力決済……!」
地球の電子マネーや交通系ICカードのような手軽さだが、自分の魔力を使うというのがなんとも異世界らしくて感動する。
「リース、わかりやすい教え方してくれて助かったよ。レイシアさんもわざわざ魔法をかけてくれてありがとう」
「ふふっ、どういたしまして!」
「お役に立てて光栄です、ユズル様」
リースは自分のことのようにパァッと顔を輝かせ、レイシアさんはいつものように優雅な微笑みを浮かべて綺麗なお辞儀をした。
よーし、これで文字も書けるようになったし買い物の時の支払いも完璧だ!
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