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36.5 女神様の苦悩

「はー忙しい忙しい。えっと、村中さんの鑑定結果は……凡ですね。次は新堂さんの鑑定結果が……おお、珍しい! 最優ですね素晴らしいです!」


 普段私は転移する人物のこれまでの人生がどうだったかというのを鑑定で調べている。

 基本的には、その方の人生が実りのある人生であればあるほど優となり、良、凡、劣、悪と評価が別れる。

 大体の人は鑑定すると凡止まりで、何かしら犯罪経験があれば悪となる仕組みです。


 いつものように私は転移者の鑑定結果や転移者の異世界の進捗に対するレポート、イレギュラーが起きた際の対応を行っている。

 すると


――ピピピピッ、ピピピピッ


 転移アラートが赤く輝き、乾いたような軽い音が目の前の魔石から流れ出る。

 私の管轄している地方から転移者が誕生するようですね。名前は……「小鳥遊司(たかなしつかさ)」さん。

 うーん、少々面倒ですが行きますか。


 ◇ ◇ ◇


 日本に降り立った私は空からあたりをキョロキョロと確認する。

 特に雨も降っていない、雲も出ていない素晴らしい天気ですね。

 澄み切った夜の空気は私の体を冷やすには十分だ。


 するとマンションの一室から一人の人物が出てくる。


「お、あの人が小鳥遊さんですね」


 スマホを見ながら歩いている。あー、これは典型的なアレですね。信号無視した彼がトラックに飛ばされるというお決まりのやつです。

 今信号赤だよ? 行くの!? 行くのか!?

 私は時を止める準備を行う……が、トラックが見当たらない。


……私の予想は大きく外れ、小鳥遊さんはちゃんと赤信号で止まった。

 遠くの方からトラックの姿が見えてきた。これだ!


 歩行者信号が青になる。小鳥遊さんはそれを確認して渡っていると、減速しないトラックが全てをなぎ倒す勢いで彼に突っ込もうとする。


「うぁああああ!!!!」


 よし、今です!


「――クロノス・ステイシス(時の停滞)!」


 魔法発動と同時に世界から一切の音と動きが消え去った。

 空中で舞っていた土埃も、猛スピードで突っ込んできたトラックがビルの方に進み、トラックの後輪部分が小鳥遊さんに衝突する数十センチ手前で完全に静止している。

 ふふっ、完璧なタイミングですね。我ながら美しい魔法です。


 私はゆっくりと宙を歩き、死の直前で固まっている小鳥遊さんの魂に直接語りかけました。


『迷える魂よ。貴方はここで命を落とす運命にありましたが、私からの特別な恩恵としてチート能力付きで異世界へ転移する権利を――』

『は? お前だれ?』

『……えっ?』


 時を止められた空間の中で小鳥遊さんは面倒くさそうに私を睨みつけてきました。


『いやだから、女神です。貴方、このままだとトラックに轢かれて死ぬんですよ? でも私が特別な力と一緒に異世界へ送ってあげますから――』

『いや、いいよ。行かない』

『はい!? チ、チート能力ですよ!? 剣と魔法の世界ですよ!? 大体の日本の若者はここで飛びつくはずなんですが!?』

『俺そういうの興味ないんで。てか勝手に時とか止めないでもらえます? 今ヨーチューブでフィオレさんの雑談配信聞いててめっちゃいい所で止められてイライラしてるんすよ』

『め、迷惑って……!』


 なんという天邪鬼! 普通、死の恐怖から救われたらもっと縋り付いてくるものでしょう!?

 完全に予想外の拒絶に私は頭を抱えました。

 どうしましょう。このまま時を動かせば彼はトラックに轢かれて死んでしまいます。

 でも本人が転移を拒否している以上、魂を強制連行するのは天界のコンプライアンス的にアウトです。

 かといってこのまま彼を助けるようにトラックの軌道を魔法でずらせば、今度はトラックが沿道のビルに突っ込み大惨事となります。


 あぁもう! どっちに転んでも、天界規定に則ったイレギュラー事故処理レポートを山のように書かなければいけないじゃないの! 嫌です、絶対に残業なんてしたくありません!


 私は静止したトラックの運転席を覗き込みました。

 運転席では恐怖と絶望で顔を引きつらせた男性が必死にブレーキとハンドルを握りしめています。


『……そうだ。このトラックごと運転手さんを異世界に飛ばしちゃえばいいのでは?』


 そうすれば小鳥遊さんは無傷。ビルへの衝突もゼロ。事故そのものが『最初から無かったこと』になります!

 私ってば天才ですね! そうと決まれば善は急げです。


 私は鍵のかかったトラックの助手席へと転移し、運転手の男性を鑑定する。なるほど、「須藤弓弦」という方なのですね。

 須藤弓弦さんの意識だけを魔法で覚醒させました。


「……須藤弓弦さんですよね。はじめまして」

「えっ……?」


 弓弦さんは目を白黒させています。当然ですね。急に女神が現れたのですから。


「弓弦さん。先程まで何が起きていたか覚えていますか?」

「えっと、荷物運んでるときにラジオへ気を取られた結果一人の命を――そうだ、あの時横断歩道渡ってた人はどうなった!? もしかして……いや、それよりも早く救助しなければ」


 弓弦さんは真っ青な顔で慌てふためき、ドアを開けようとしました。

 私は少し驚きました。自分がどうなったかより、真っ先に轢きそうになった歩行者の安否を気遣ったからです。

……悪い人ではなさそうですね。


「大丈夫ですよ。あの子は怪我ひとつしてないですし、建物に傷も全く付いていません。砂煙が目に入ったという程度の事はあるかもしれませんが、弓弦さんの心配するような状態には陥っていません」


 私がそう告げると、彼は心の底から安堵したように息を吐き出しました。

 その後、私は彼に『女神』であること、そして(小鳥遊さん)に転移を断られたことを説明しました。


「貴方だけ転移させても意味ないでしょう。貴方だけ転移してしまったら無人トラックが事故を起こしたことになります。そうなると異世界絡みの事故扱いとなり、天界規定に則り事故処理は私がすることになってめんど……ではなくやることが多くなるのでトラックとセットで異世界へと転移していただきます」


 あぶないあぶない。「めんどくさい」と本音が漏れるところでした。

 トラックの燃料についての疑問を顔に浮かべている彼をよそに、私はさっさと転移魔法の詠唱に入ろうと、気合いを入れて勢いよく立ち上がりました。


「では転移させますね。スゥー……なんぎゃっ!」


『ゴンッッ!!』という鈍い音とともに、脳天に凄まじい衝撃が走りました。

 そうです。すっかり忘れていましたが、ここはトラックの車内。天界の神殿のように天井は高くなかったのです。

 あまりの痛みに涙目になっていると、弓弦さんが無意識に指を伸ばし、ガチャッと助手席のドアロックを解除してくれました。


「え? なに、鍵開けてくれたの?」


 恥ずかしさも相まって少しキレ気味に聞いてしまった私に、彼は呆れたように言いました。


「いや、外で呪文唱えないとまた頭打つぞ。あと頭冷やしとけよ」


 ……なんて図太い人なんでしょう。

 普通、神様を前にしたらもっと萎縮するなりごまをするなりするものです。けれど彼は私のドジを真っ直ぐに指摘してただ純粋に心配してくれました。

 私はなんだか毒気を抜かれて小さく笑ってしまいました。


「頭を冷やせというのはどっちの意味なのかしらね」


 物理的な痛みのことか、それともテンパっている私の冷静さのことか。

 彼なら異世界でもきっとこのトラックと一緒に図太く、そして優しく生きていけるでしょう。

 私はお詫びと感謝の気持ちを込めて、トラックの燃料が異世界でも尽きないようにちょっとだけ特別な魔法を付与してあげることにしました。


「そうだ。トラックの燃料、あっちでも困らないようにしてあげる。それじゃ、いってらっしゃい」


「汝を新たなる姿へと生まれ変わらせよ――リインカーネーション(転移)


 転移の光が彼を包み込む直前、弓弦さんは私に向かって「あの子を助けてくれてありがとう」とハッキリとそう言いました。

 私としては自分の残業を回避しただけだったのですが……少しだけ、胸の奥が温かくなりました。


 ◇ ◇ ◇


 ――天界。


 トラックと弓弦さんが消えたことで、地上の交差点は何事もなかったかのように動き出しました。小鳥遊さんも「なんだ今の風?」と首を傾げながら無事に横断歩道を渡り切るのを確認して、私は自分のデスクへと帰還しました。


「はぁ……。まさか転移を拒否されるなんて思いもしませんでしたけど」


 あ、そうだ。須藤弓弦さんの評価はっと……凡。凡なら貯金の4分の1の金額分までしかスキルを与えることが出来ないのですが、面白そうなので少し多めにスキル付与しておきましょう。

 私はおもむろに専用のタブレットを開き、彼の貯金と習得可能スキル一覧を開く。

 彼の貯金残高が180万ほどあったので役に立ちそうなスキルを選別する。


・言語翻訳(5万)

・アイテムバッグ(5万)

・MP無限化(車両系スキルに限る 20万)

・トラック召喚(30万)

・トラック収納術(15万)

・魔素燃料化(10万)

・トラック移動快適術(5万)


 全部で90万円分のスキルを彼に付与した。

 元々全財産の半分しか異世界に持っていけないようになっているので、こうすれば実質全財産持っていくことが出来たことになるでしょう。どうかお役立てくださいね。


 私は未だにジンジンと痛む頭のてっぺんをさすりながら水晶玉に映る異世界の景色を呼び出した。

 そこには真新しい異世界の草原に降り立った一台のトラックと、少し間の抜けた顔で周囲を見渡す弓弦さんの姿がありました。


「……ふふっ。なかなか面白い転移者を見つけられたかもしれませんね」


 ふぅ、と一息ついた所、横から「なぁ、新しい転移者ってどんなやつなんだ?」と、とある神の使いが私に問いかけてくる。


「んー、面白い人……かな」


 私は小さき神の使いにそう一言だけ伝え、新しく用意した『須藤弓弦&トラック』の観察レポートを開き、楽しみにペンを走らせる。

読了いただきありがとうございます。

本編投稿は毎週月水金の3日、閑話投稿日は前話の翌日投稿となります。

詳しい投稿日時については活動報告書を参照ください。


投稿時間については全編一括18時半となります

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― 新着の感想 ―
フィオさんYoutuberになってる!?普通に雑談配信聞いてみたいんですけど( *´艸`)w 「辞」と書いて「つかさ」って読めるんだ(・ω・ )ハツミミ
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