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36 お勉強会前編

 いつものように朝食を食べていると、大事なことを思い出した。

 そうだ。俺は文字を書くことが出来ない。能力のお陰で読むことは出来ても書くことは出来ないのだ。


 俺は恥を忍んでみんなに聞いてみる。


「なぁ、誰でも良いんだけど今日暇な人っているか?こんな歳なのにこのようなことをお願いするのは恥ずかしいんだけど、文字の書き方がわからないんだ。読むことは出来ても書くことが出来ないから、文字の種類や書き方について教えてほしいんだ」


 みんながきょとんとする。それもそのはず、「文字が読めるのに書けない?」と疑問に思うのは当然だろう。

 だが俺はそれに関して意義を唱えたい! 自慢じゃないが俺は絶望的に頭が悪い。だが、頭が悪くても日本に居た頃は「葡萄(ぶどう)」も読めれば「麒麟(キリン)」も読める。当然「薔薇(バラ)」だって「魑魅魍魎(ちみもうりょう)」すら読むことはできていた。

 だけどそれを書くとなったらどうだ?一気に難易度は上がるだろう。

 そうなんだよ、今の俺はまさにこの状態なんだよ!! わかってくれ……っ!


「えっと、無事に教えられるかどうかはわかりませんがお手伝いならします……よ?」


 リースが小さく手を上げて申し出てくれる。すごくありがたい。

 ルカがやけにニヤニヤしながら俺の方を見ているが、そんなに文字が書けないことが変なんだろうか。

 いや、ギルドで身分証発行したときも、奴隷商でルカを奴隷にした時も代筆にするかどうかを尋ねられた。ということは識字率自体はそこまで高くないのかもしれない。

 ぐぬぬ……ルカめ。文字が完璧にかけるようになったら絶対文字がちゃんと書けるかテストしてやるからな。覚えておけよ!


「ありがとうリース。何時くらいなら暇してる?」


 リースがセレナさんの方と俺を交互に見ながら指を折り曲げつつ考え事をする。

 前のお金の計算の時もそうだけど、何かを数える時に指を数える癖があるみたいだ。

 セレナさんが力強く頷く。その数秒後、リースも頷き「この後からでも大丈夫ですよ!」と教えてくれた。

 無言の会話をする給仕……なぜだろう。レイシアさんを思い出した。

 リース。レイシアさんのように完璧超人給仕係にならなくてもいいからな?


 ◇ ◇ ◇


 俺は広い机のある応接室へ行き、リースが来るのを待つ。

 そういえばゴブリンでレベル上がったかな?ステータスを確認しようかな。

 いつものようにステータスを念じ、青く光るステータス画面を表示させると、レベルが一つ上がりレベル4になっている。ということは……

 ステータスポイントも一つ増えていた。だが今は取りたいスキルもないし一旦置いておこう。


 時間にして30分ほど経ってから控えめにノックが部屋に響く。

「失礼します」と言い、リースが入ってきた。その手には本が数冊と鉛筆のようなものが用意されている。

 そうだ、文字を覚える練習するのに書くものがないとだめじゃないか……

 何も用意してないことを後悔して俺は両手を頭に抱えうなだれる。


「あのー、ユズルさん……?」


 不思議に思ったリースが俺の顔を覗いてくる。


「すまん。書く練習がしたいと言っていたのに何も書くものを用意してないのを思い出してな……」

「それでしたら鉛筆何本か持ってきてるので使ってください! ここにある紙も全部いらない紙なので無駄にしてしまっても大丈夫です!」


 用意が良すぎて本当にありがたい。

 俺はリースを部屋の中央にある平机に誘導し、ソファに座ってもらう。


「ちなみにその本は一体?」 

「んっと、この本は私が言葉を覚える時に使っていたものなのですがもしかしたらユズルさんの役に立つかなって思って持ってきました。子供の頃につかってたので書き込みがありますが使ってもらえれば……」


 本の表紙を見ると森の中でエルフが黒板のようなものをつかって生徒らしき人に文字を教えてるイラストが書かれている。

 この世界にも学校という文化があるのかな?

 裏面には慣れてない字で「リース」の文字が書かれている。

 リースが「んしょっと」と言いながら紙と鉛筆を机に広げていく。


「よし、それじゃあユズルさんはじめましょう! まずはこれから……」


 俺は俗に言う五十音表をみて、それぞれがなんという言葉なのかを読み取る。

 見れば見るほどミミズが踊っているような文字にしか見えないが、それぞれがどういう文字なのか分かるのが本当に奇妙だ。

 鉛筆を取り、一文字ずつ書き取りをしていく。


「この文字って書き順……えっと、こういう順番で書くとこの文字は書きやすいよ、綺麗に書けるよっという決められた書き方はあるのかな?」

「私は聞いたことがないですね。仮にそういうのがあればこの本にも載ってると思うんですが見た記憶がないです」


 申し訳なさそうに言ってくる。「気にすんな」って言って軽く頭をわしゃわしゃし、書き取りを再開する。

「もー」と言いながらも、リースの沈んだ顔が一気に明るい顔に変わった。もしかすると俺はリースを笑顔にさせる天才かもしれない。

 いやいや、そうじゃない。今は勉強だ。


 書き取りをしているためか部屋の音はいつもよりも静寂に包まれ、鉛筆のカリカリという音が響く。

 随所でリースは文字に指を持っていき、「この文字はこのように書くと書きやすいですよ」というのを教えてくれる。

 参考書をめくる度にリースが子供の頃に必死に書いたであろう文字が出てきて、それを見る度に微笑ましくなるが本人からしたらたまったものじゃないんだろうな。

 そんなことを思っていると、おもむろにリースが立ち上がる。


「ちょっとお茶取ってきますね!」


 そのまま部屋をテトテトと歩き、ドアを抜けていく。

 時計を見ると既に2時間が経っていた。結構覚えたつもりではあるんだが、きっと明日になったら忘れているだろうから何度か復習をする必要があるかもしれない。


 リースがお茶を取りに行ってくれて正解だった。いい時間だしちょっと休憩したい。

 勉強なんて何年ぶりだろう。この感じがなんだか懐かしい。

 部屋の空気も温かく、気がつけば瞼が重くなってくる。

 リースが帰ってきたら起こしてくれるだろう。ちょっとだけ……


 ◇ ◇ ◇


 今朝、朝食を食べた後のお話。

 私はユズルさんの文字書きのお手伝いができるように必要なものがないか館に戻ってきました。


「お母様、ユズルさんの文字の読み書きを教えたいのですが何かいい教材となる本ってありますか?」


 私はお母様の書斎へやってきた。

 右を見ても左を見ても本、本、本!! この部屋は本が多すぎるのです!

 ですが、逆を言えば教本の一つや二つくらいは置いてそうですがどうでしょう……


「あ、それなら!」と言い、お母様は奥にある金庫のような場所をカチカチッと言わせながら開け始めました。

 き……金庫? 以前エリクサーを取る時もそこを開けてましたが、なぜ今開ける必要があるのでしょうか?


 すると、お母様から見覚えのある1冊の本を渡されました。


『よいこの読み書きおべんきょう』


――っ!? これ、私が昔使ってた記憶があります!! なぜ保存しているのかも気になりますし、金庫に入れている理由もわかりませんが……なんでこんなものをとってあるのですか!?

 いや、教本としてはこれ以上にないほどベストな選択肢ではありますが!! これって確か中に私が書いた文字とかありますよね……


「これ懐かしいでしょう? リースちゃんが4歳の時に使ってた物よ。これを使ってリースちゃんは文字を覚えたんだから、きっとユズルさんも覚えられるはずよ」


 な、なぜかお母様が凄くニコニコしています。こういう顔しているときのお母様って大体ロクなこと考えてないんですよね……

 しかしうってつけな本な事には変わりありません。へにょへにょな文字をユズルさんは見ないことを祈っておきましょう。


「ありがとうございます、お母様。なぜこれを保管していたか、金庫に入れていたかは聞かないでおきますが、すっっっごく役に立ちそうなのでお借りしますね!!」

「はーい、がんばってね」


 お母様が手を振って応援してくれています。

 嬉しいです。嬉しいんですがこのモヤモヤした気持ちをどうすればいいのですかぁああ!!



 ユズルさんが真剣な顔で鉛筆を動かしている間、私は邪魔をしないよう少し隣の席からずっと黙ってその横顔を見つめていました。

 少し不器用に紙をこする音だけが部屋に響きます。

 なんの変哲もない日常の風景ですが、こんな風に同じ空間で平和な時間を過ごせていることが私の心を温かく、穏やかにしてくれました。


 ユズルさんって、私にとっては『なんでもできる完璧な人』でした。

 強くて、優しくて、見たこともない乗り物を軽々と操って、私のピンチには駆けつけてくれる。

……でも、こうして私の幼い頃の教本を前に「うーん」と唸りながら文字と格闘している姿を見るとなんだか年相応の男の子みたいで。

 完璧に見える彼にも苦手なことがあるんだって知れたことが少しだけ親近感が湧いてなんだか嬉しいです。


 ずっと根を詰めてお勉強されていたのでそろそろ休憩を入れてもいい頃合いですね。

 私は紅茶を用意するために立ち上がり、一言断りを入れて部屋を抜け出しました。


 厨房へ向かい、いつものようにお湯を沸かして茶葉を煮出します。

 ユズルさんの頭の疲れが取れるようにと願いを込めながら、丁寧に濾して少し甘い香りのするお茶を淹れました。


「ユズルさん、お待たせしまし……た?」


 湯気を立てるティーカップをお盆に乗せて部屋に戻ると、そこには予想外の光景が広がっていました。

 ユズルさんが鉛筆を握ったまま机に突っ伏してすーすーと気持ちよさそうな寝息を立てていたのです。


 私は足音を忍ばせて近づき、そっと机にお盆を置きました。

 そして起こさないように気をつけながら、彼のすぐ隣に腰掛けます。


 「いつものお返しです。それっ」


 私はユズルさんの頭の上に手を載せ、滑らすように手を動かす。

 髪がサラサラとしていて、手の指の間に滑らかに髪の毛が滑り込んできます。


「……ふふっ、お疲れ様です、ユズルさん」


 私も真似をするように机に突っ伏して、至近距離からその寝顔を覗き込みました。

 無防備で、とても優しそうな顔。

 じっと見つめているうちに、なんだか私まで胸の奥が安心感で満たされていって……。ふぁっと小さなあくびが一つこぼれました。


 温かいお茶の甘い香りと、ユズルさんの規則正しい寝息。

 それに釣られるように瞼が重くなり、私も眠りの底へと落ちて……


 ◇ ◇ ◇


(リースさん、帰り遅いなぁ。ユズルさんの勉強捗ってるのかな? けど丁度お昼ご飯も出来たし、呼びにいかないとだめですね)


 セレナは2人を食事に呼ぶため、ユズルの部屋へと足を運んだ。


「ユズルさん、リースさん、お食事の用意が……あらっ」


 そこに広がるのは一つの机に2人が並んで寝ている様子だ。

 幸せそうな夢を見ているのか、2人とも無邪気な笑顔をしている。

 静寂を遮るように2人の「すーっ」という寝息が広がる。


「2人とも、お疲れ様でした。ゆっくり休んでくださいね」


 セレナは大きめのタオルケットを1枚持ってきて、2人仲良く背中に被せた。

読了いただきありがとうございます。

本編投稿は毎週月水金の3日、閑話投稿日は前話の翌日投稿となります。

詳しい投稿日時については活動報告書を参照ください。


投稿時間については全編一括18時半となります

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微笑ましいのだ( *´꒳`*)︎
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