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33 憎き相手

 翌朝。身支度を整えて姿見の前に立つ。

 金には困っていないが、今の俺は言ってしまえば『冒険者の肩書きを持った無職』だ。

 このままのんびり過ごすのも悪くないが、毎日近所のスライムを小突いているだけではさすがに張り合いがないし実力も上がらない。


「……ちょっと誰かに相談してみるか」


 俺はみんなと食事を取るために食堂へと向かった。

 ドアを開けると、すでに焼きたてのパンの香ばしい匂いが漂っている。健康を気遣ってくれているのか、今日も山盛りのサラダが用意されていた。このほどよく酸味が効いたドレッシング、めちゃくちゃ美味いんだよな。


 席に着いてしばらくするとルカもひょっこり顔を出し、いつものメンバーがテーブルに揃った。それを見たリースが号令をかける。


「よし、全員揃いましたね。それじゃあ……いただきます!」

「「「いただきます!」」」


 みずみずしい野菜を噛み締めると、寝起きの頭がすっきりと覚めていく。美味い飯と、賑やかな食卓。

 何故だか今すっごく幸せを感じる……っていかんいかん。飯の美味さに流されて目的を忘れるところだった。

 俺はパンを飲み込み、少し改まって切り出した。


「あのさ、ちょっと相談なんだけど……」

「はい、なんでしょう?」

「俺って一応『冒険者』だけど全然それっぽいことしてない気がしてさ。やることも基本的にスライムをちょこちょこ殴るくらいだし……せっかくだからもう少し冒険者らしい活動をしたいんだけど、何かいいアイデアないかな?」


 唐突でざっくりとした問いかけに食卓に少しの沈黙が流れる。

 みんなが「うーん」と真剣に考えてくれているのは嬉しいが、あまりにも丸投げでフワッとしすぎただろうか。少し申し訳なく思っているとミリアがパッと顔を輝かせて身を乗り出してきた。


「でしたら倒す魔物の種類をステップアップしてみるのはどうでしょう? なんならご飯のあと一緒にギルドへ行ってどんな依頼があるか教えますよ!」


 ミリアは前のめりになった姿勢を戻すと「どうですか?」と言わんばかりのドヤ顔でサラダを頬張った。

 確かにいつまでもスライム相手じゃ当然つまらないし、稼ぎにもならない。レベルアップだって望めないだろう。

 その案大賛成だ。乗った!


「それすごく助かる! スライム以外の敵と戦ったことがないからミリアさえ良ければお願いしたい。早速今日からでも大丈夫か?」

「はいっ! 今日は特に予定もないので大丈夫です。……ルカさんはどうしますか?」

「ごめんねぇ、ボクは今日ちょっとやりたいことがあるんだ。だからミリア君だけでお願いしてもいいかな?」

「そうなんですね、わかりました!」


 黒猫の尻尾をゆらゆらと揺らしながら答えるルカ。すると3人のやり取りを聞いていたリースが尋ねてきた。


「えっと……では、お昼ごはんはどうされますか? お弁当にするなら少しお時間をいただきますがご用意しますよ?」


 お昼ご飯か。ギルドに行って狩りをするとなると出先で食べるのもありだが……。


「いや、弁当はいいや。昼には一度こっちに戻ってくるから一緒に食べよう。作ってもらってもいいか?」

「わかりました! ではお昼もこちらでご用意しておきますね」


 気のせいだろうか。パッと笑顔で返事をしたリースの顔に、ほんの一瞬だけ浮かない表情をしていたような気がした。……まあ、何か考え事でもしていたのかもしれない。

 よし、そうと決まれば新しい魔物退治だ。気合い入れていくぞ!



 ◇ ◇ ◇


 俺は今ミリアと一緒に家を出ると、ギルド方向とは反対方向へと歩き出した。


「あれ、ギルドにいくんじゃないのか?」

「あぁごめんね、実は次やってもらうモンスターは決まっているんだ。スライムの次に強いモンスター『ゴブリン』だよ」


 ゴブリンか……。知能を持っているとは聞くがどれほどのものだろう。

 頭の中でゴブリンと戦うところをイメージするが正直戦ったことがないので何もイメージが出来ない。


「流石にリース様の前でゴブリンの名前を出すのは申し訳なかったんだよね。だから直前になっちゃったけど、頑張ってゴブリンを倒そう! ゴブリンも常駐依頼だから受注しなくても大丈夫だしね!」

「そこまでは気が回ってなかった。ミリアは流石だな」


 ニコニコしながら歩くミリアとその横を歩く俺。

 初めて西門を抜けると、少し今までとは違った空気を感じた。

 いつものように宇宙が透けて見えそうな綺麗な青空に、一点の曇りもないどこまでも続く緑の森。

 このあたりにゴブリンが……


「基本的にゴブリンは森の中に居ることが多いのですが、こういった街道にも出ることが多いので森の入口付近を探していきましょう。森の中で戦闘を行うのはもう少し後でもいいでしょう」


 ミリアはミリアなりに色々考えてくれてるんだな。その気持が何より嬉しい。


「あと、ゴブリンは冒険者にとって最初の関門と言われています。恐らくユズルさんも覚悟がいるでしょう。ウルフとかスライムと言ったモンスターは倒しやすいですが、ゴブリンは《 人 の 形 を し た 魔 物 》です。ゴブリンを倒せなくて冒険者をやめた方を私は何人も見てきました。なので、もし倒せないと判断したら冒険者を続けるのは諦めてください」


 ミリアが真剣な眼差しでこちらを見てくる。

 言われてから気がついた。確かに両足が有り、二足歩行をし、両手も有り、頭もついている。

 スライムとは訳が違う。


「もちろんここで倒せないと諦めてもそれは恥ずかしいことでは有りません。そこだけは勘違いしないでくださいね」

「ありがとう。でも大丈夫だ。昨日みんなの前で宣言したのは嘘ではないよ。『リースを守れるような冒険者になる』ってな。ゴブリンごとき倒せないようじゃ顔も合わせられねえ」


 そうだ。俺はみんなの前で誓ったんだ。相手が人の形をしてるからなんだ? 知能があるからなんだ?

 それらはただの逃げるための理由じゃないか。絶対に逃げないよ俺は。

 そんな話を聞いてるミリアがニコニコしながらサムズアップをしてくれたので俺もミリアにサムズアップを返した。

 いつも発破をかけてくれる彼女には感謝だ。


「話してたらあそこにゴブリンがいますね! ゴブリンは人間と同様に心臓を持ってるタイプの魔物なので核はありません。なのでバッサリ切ると倒せはしますが、スライムとは違い知能があります。攻撃を避けたり、その隙に攻撃してきたりもするのでしっかりと攻撃を見極めてください」


 俺は鞘から剣を引き抜き、ゆっくりと構える。

 ゴブリンはこちらの出方を窺うように右へ左へと飛び跳ね、耳障りな声で挑発してきた。

 それに乗らず冷静に間合いを測っていると、奴も小細工が効かないと悟ったらしい。ピタリと動きを止め、赤黒いサビのこびりついた斧を構えてこちらをねめつけてきた。


「キシャァアアッ!!」


 最初に動いたのはゴブリンだった。

 ザザッ! と土を蹴り上げ、一直線にこちらへ突っ込んでくる。

 目を背けるな……。刃の先から足元の動きまでよく見ろ。絶対に視線を外すな――!


 奴が腕の届く距離まで迫り、サビた斧を大きく振りかぶるのが見えた。その腕が振り下ろされる直前、俺は半歩だけ横へステップを踏んで躱す。

 そして体勢が崩れたゴブリンの胴体を狙って剣を横に振り抜いた。

――いける!

 そう確信した一撃だったが致命傷には至らない。間合いがわずかに遠く、浅い傷を負わせただけだった。


「ギャガッ!?」


 斬られたことに激昂したゴブリンは、あろうことか手にしていた斧をそのままこちらへ投げつけてきた。近距離からの不意打ち。まずい、避けられ――!


『ドスッ』


 鈍い衝撃とともに腹部に凄まじい一撃が命中した。

 嘘だろ……。俺はゴブリン一匹、まともに倒せないのか……?

 肺から空気が押し出され、俺はそのまま地面に倒れ伏す。

 少し離れた場所から「ユズルさんっ!!!」という悲痛なミリアの叫び声が聞こえた。

 リース、ミリア、ルカ……そしてみんな、すまない。どうやら俺は冒険者は向いていなかったらしい――。




……? 意識が遠のくどころか痛くないぞ?

 恐る恐る腹部を確認すると、装備屋で買った分厚い『革の胴当て』が見事に刃を弾き返してくれていた。

 すぐ横の地面には、刃こぼれして柄から折れたサビた斧が転がっている。


 装備屋のおっちゃん、あんたの防具最高だぜ。

――よし、反撃といこうかっ!!

 俺は跳ね起きるなり、武器を失って狼狽するゴブリンに向かって猛ダッシュした。


「死んだかと思ったじゃねえかバカヤローッ!!!!」


 寿命が縮んだ怒りと恐怖をそのまま腕の振りに乗せる。

 ブォンッ! と風を切る音と共に今度こそ渾身の力で振り抜いた剣がゴブリンの胴体に深く食い込んだ。


「ギィギャァァアアッ……!!」


 汚い断末魔を上げ、ゴブリンが息絶える。

 後には小さな魔石がコトッと乾いた音を立てて落ちた。終わった……。安堵の息を吐きながらその魔石を拾い上げたその瞬間――


『ドンッ!』


「うわっ!?」

「ユズルさんっ……! 無事で……無事で本当によかった……っ!」


 背中に温かくて柔らかい衝撃がぶつかってきた。振り返るまでもない。泣きじゃくるミリアが後ろから力いっぱいしがみついてきたのだ。

 小刻みに震える彼女の体温にどれだけ心配をかけたのかを痛感する。


「すまん、心配かけた。でもほら、あの防具のお陰でかすり傷一つないから」

「ばかぁぁああああ!!!!」


 背中をポカポカと叩き続けるミリアの温もりを感じて僕はたまらず後ろへ向き直った。

 すると彼女は、今度は僕の胸元を「バカバカ!」とポカポカ叩きながら泣きじゃくる。

 僕は苦笑しながら、その小さくて必死な拳をそのままに彼女の頭を優しく撫で続けた。

読了いただきありがとうございます。

本編投稿は毎週月水金の3日、閑話投稿日は前話の翌日投稿となります。

詳しい投稿日時については活動報告書を参照ください。


投稿時間については全編一括18時半となります

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