32 凱旋
屋敷に戻る途中、俺はふと疑問に思った事を聞いてみた。
「そういえばディッツさん。普通、百年もあれば人間って寿命を迎えると思うんですけどなんでわざわざ350年なんて厳密な年数を指定してるんですか?」
「あぁ、それはこの世界が『人間だけのもの』じゃないからだね」
ディッツさんが答えるより早く、隣を歩いていたルカが尻尾で俺のことを叩いて説明してくる。
「ボクのことを忘れちゃこまるよ」と言わんばかりのツッコミだ。
「エルフや妖狐族なんかは数百年、長ければ千年以上生きるからな。もし殺人の刑期が人間の寿命に合わせて60年とか80年だとしたら、エルフからすればほんの短い反省期間で終わっちゃうだろ?」
「なるほど……種族ごとに寿命が違うからか」
「そういうことだ」
ディッツさんがルカの言葉を引き継ぐように説明した。
「だから、他者の命を奪うような重罪に限っては種族を問わず行動した内容によって平等な年数が法律で定められている。寿命の短い人間にとっては死刑みたいなもんで、長寿の種族にとっても人生の大半を奪われる重い罰……というわけだ。まぁ人殺しをしなければいい話ではあるんだがな。……人殺すなよ?」
殺さないよ! と心のなかでツッコミをつい入れてしまった。
だけどそうか、種族によって寿命が違うというのは盲点だ。
――つまりエルフも妖狐もいるのか。王都は人が多いのか、他種族をあまり見かけない。
現に、ルカと会ったのが初めての他種族との出会いだ。あまり人とは群れないのだろうか?
探せばエルフの里とかドワーフの地下都市や炭鉱などはあるのかな?もしあるなら行ってみたい。
「まぁとにかくだ。今日は二人とも手伝ってくれてありがとう。恐らくネイマール商会はこれで崩壊するだろう。爆弾と審判の水晶をつかった証言があるんだ。動かざるを得まい」
一安心といったところだな。
声を上げて笑うディッツさんと尻尾を揺らすルカとともに、俺達は館へともどる。
さぁみんな待っててくれ。英雄たちの凱旋だ!!
◇ ◇ ◇
衛兵詰所での息の詰まるような報告を終え、俺とディッツさん、ルカの3人は館へと帰還した。
応接室の扉を開けると、そこには作戦メンバー全員(フランさん、ミリア、レイシア、ノア)がまだ残っていた。
机の上には美味しそうなケーキや焼き菓子、そして湯気を立てる紅茶が並べられており、甘く芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。
先ほどまでの殺伐とした空気とは大違いだ。そして何やら、女性陣がわーきゃーと楽しげに騒いでいる。
俺が部屋に入ったのに気づくや否や、開口一番ミリアが目を輝かせて突撃してきた。
「ユズルさんっ! リース様と手を繋いだって本当ですか!? ど、どんな感じだったんですか!?」
「……はぁっ!?」
思わず変な声が出た。
それは俺が初めてこの館へ来た時、右も左も分からない俺をリースが励ましてくれた時のことだろう。だがなぜその場にいなかったミリアが知っている……?
ハッとして部屋の奥に視線を向けるとフランさんと目が合った。彼女は今まで見たことのないようなとんでもないニコニコスマイルで優雅に手を振っている。
……この人かぁあああっ!! アルベルト家のネットワーク、恐るべし!
「おいユズル君。それはどういうことだね?」
「ひぃっ」
背後から低い声が聞こえた。振り返るとディッツさんが親の敵でも見るような目で俺を睨みつけている。その顔にはデカデカと『娘はやらんぞ』と書いてあった。
まぁでも……そうだな。
これだけ俺のために動いてくれたみんなに俺の素性を隠したままにするのはどうしても気が引ける。
ミリアたち『家』のメンバーには話しているのに、ディッツさんたち『館』のメンバーに話さないのは不誠実だ。
どうせならこの機会に全てを話しておこうか。
俺は息を吐き、ソファに深く腰を掛けた。
大丈夫だ。ミリアは既に過去について知ってくれているし、ここにいるメンバーは誰一人として他人の過去を馬鹿にするような人たちじゃない。
緊張から「ふぅ……」と長いため息が漏れる。
「みんな、少しだけ話をさせてほしい。俺自身のとても大事な話だ。……茶化したりせずに聞いてくれるか?」
俺の真剣な声色に場の空気が一瞬で引き締まる。
ただ1人、ディッツさんに至ってはリース関係のことで何か決定的な報告をされると勘違いしたのか顔を青くして妙に慌てふためいていた。
俺はゆっくりと自分の過去にあったことを全て話した。
地球という場所があったこと。そこでは仕事としてトラックを運転し、つまらない人生を過ごしていたこと。女神様に会ったこと。そして、地球からこの世界に飛ばされてきたこと……。
「盗賊も魔物も居ない世界だなんて、不思議な世界っすねー」
「そうだな……こちらでは居るのが当たり前だから想像すらできん」
ノアとディッツさんが感嘆したように呟く。
あまりにも突拍子もない話にみんながガヤガヤと意見を交わし始めた。
俺は落ち着いて話を続けられるよう、カップを手に取り一口紅茶をいただく。程よく温められた紅茶の香りが緊張していた心をスッとリラックスさせてくれた。
誰も俺の話を「嘘だ」と笑わなかった。ひとまずは、悪くない感触だ。
「人によっては違和感があったかもしれないが、俺はこの世界の常識について知識をもっていないことが多い。なんでそんな当たり前のこと聞いてくるんだろうって思った人も居ると思うがこれが原因なんだ」
俺はカップを置き、皆の顔をまっすぐに見つめた。
「そして、その右も左も分からない不安をリースに話した時『困ったことがあったら何でも頼ってくれ』とまっすぐに俺の目を見て手を握ってくれたんだ」
あの時の小さくて温かい手の感触が蘇る。
「この世界に来てたった1人で不安だった俺は、これ以上に温かいものを知らないとまで思った。……その時に感じたんだよ。この人は絶対に死なせてはいけないと。俺が守りたいと。
元々『冒険者』自体はやってみようとは思ってたが、今の俺はただ興味本位でやるつもりはない。リースを、大切な人を守れる冒険者になりたいと本気で思っているよ」
俺が言い終えると、部屋は優しい沈黙に包まれた。
「うぅ……リースも、あんなに立派な大人になってぇ……っ」
さっきまで俺を睨んでいたディッツさんはハンカチで目頭を押さえて涙声で語り出している。
「なるほどねぇ。だから奴隷商で代筆を頼んできたんだ」とルカは俺が文字を書けなかった理由に1人で納得して頷いている。
他にも『そんな事私は最初から知ってたけどね!』と言わんばかりの誇らしげなドヤ顔をしているミリアや、一切表情を崩さず静かに微笑んでいるフランさん。
感動の空気の中、1人だけ「日本の石鹸はどんなのがあるのだろう」と斜め上の疑問を呟くレイシアさんなど反応は本当にさまざまだ。
「というのが事の顛末になります。別の世界からこちらの世界に来たとはいえ、俺はただの人間です。みんなと同じく呼吸をするし飯を食う。話もするし寝る。ただこの世界に少し疎いだけの人間だと思ってくれたら嬉し――」
「もぉーユズルさん何言ってるの。先日ルカさんのことを私に話す時、貴方はもうアルベルト家の一員のようなものだと私は言ったわよね。例え別の世界から来てたとしても、女神様と会ったことがあっても、それは変わらないわよ。
別の世界から来てるから貴方はユズルさんじゃない? この世界で産まれてないと貴方はユズルさんではない? 貴方は貴方でユズルさんはユズルさんです。騙されたともおもってないですし、気にしないでちょうだい」
俺の話を遮ったのはフランさんだ。さっきまで悪魔と契約したんかと言わんほどにニコニコしていたのに、今はしっかりと真剣な表情で話をしてくれている。
この世界の人みんなが暖かすぎる。こんな突拍子も無いことを言ってるのに受け入れようとしてくれている。その気持が本当に嬉しい。
「そーっすよ。自分、ユズルさんのことは深くは知らないっすけど悪い人じゃないということはわかるっす。悪い人じゃないならそれでいいじゃないっすか! もし自分だけ秘密を話すのが不平等っていうなら、この間商会の執務室でお二人が熱烈な夫婦漫才を披露してたことがあってその時なんて――」
「あら、ノアちゃん。この世の中には言っても良いことと悪いことがあるのよ? 今何を言おうとしたのかなぁ~?」
フランさんが聖母のような微笑みを浮かべたまま問いかける。
だがその背後に立ち上る目に見えない『圧』に、ノアはビクッと肩を震わせて石像のように固まった。
相当聞かれたくないことを見られていたんだろう。夫婦漫才? き、気になる……
「い、いえ! 私は何も見ていません! フラン様!!!」
「ふふ、よろしい」
怖えぇ……この人には絶対逆らわないようにしないと。
「私もこれまで同様、ユズル様はユズル様として対応させていただくことに代わりはありません。……ちなみに、日本にはどのような石鹸があったのかきいても?」
ノアとレイシアさんが声をかけてくれる。
「ずるい、私も日本のこと聞きたい!」とミリアが文句をいいつつも、レイシアさんが「私が先ですよ」と笑いながら返答する。
すると、突如ルカが立ち上がる。その直後、頭に感じたことのない違和感が起きた。
ルカの手だ。
「……あのー、ルカさん?」
「ん? どうしたんだい?」
ルカの手のひらが僕の頭の上でゆっくりと、リズムを刻むように動く。
彼女の手の感触が強張っていた僕の心を少しずつ解きほぐしていくようだった。
「俺、一応これでもいい大人なんだけど……」
「そうだねぇ。でも、ボクから見たらキミも可愛い弟みたいなものさ。見て分かるだろう。キミはもう一人じゃないんだ。ボクもキミの仲間だし、みんなもキミを仲間だと思っている。確かに前世では一人だったかもしれないが今は違う。今のキミは今のキミじゃないか、堂々とすればいいよ」
「そうですよ! ユズルさんはユズルさんです。胸を張ってください!」
「そして今ここにある笑顔は全部キミがリース君を助けたからあるんだ。それも忘れちゃいけないよ。キミはキミだ。前住んでたところではどうだったかはあまりしらないけど、みんなは出会ってからのキミを好いているんだ。自信を持つんだ」
ルカとミリアの言葉を聞いて、嬉しくも有り恥ずかしくもなった俺はただ下を向くことしか出来なかった。
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