30.5 ガールズトーク
ノアがネイマール商会の幹部をハメに行った頃のお話……
太陽もすっかりと姿を隠し、あたりが暗くなった頃。
離れの家で夕食を食べるユズルとリース、ルカ、ミリア、セレナの姿がある。
「ふぅ……ごちそうさま。リース、今日も美味しかったよありがとう」
俺は嘘偽りのない感謝をリースに送る。
リースはにっこりと笑い「ふふっ、お粗末様でした」と返事をくれた。
館で食べていた豪華な食事も良かったが、リースの手料理はまた格別だ。
俺は空になった食器をカチャリと重ねて立ち上がると、そのまま流し台へと運んでいく。
この皿が空になるのが名残惜しい。お腹に限界が無ければ無限に食べていたい……なんて本気で考えてしまうほどだ。
さて、腹も満ちたことだし、日課のお風呂にでも入って疲れを癒やすか。
「それじゃあお風呂入って寝る準備してくる。みんなもあまり働きすぎるなよー?」
俺は桶に食器を浸し、軽く手を振って浴室へ向かった。
◇ ◇ ◇
「そういえばルカさんって、冒険者のランクはどれくらいなんですか?」
ユズルが浴室へ向かい、女だけになった食卓。
残った料理をつつきながらミリアが何気ない様子で問いかけた。
「ボク? ボクはランクCだよ」
「――ぶっ!?」
ルカの軽い返答に、ミリアは飲んでいたお水を吹き出しそうになった。
あわてて口元を拭うミリアを尻目に、ルカは尻尾をゆらゆらと揺らしながら続ける。
「基本はクナイの投擲と、罠の探知。ま、俗に言う『シーフ』ってやつだね」
「Cランクの……シーフ……」
ミリアが絶句するのも無理はない。
彼女からすれば、ユズルは剣の握り方も知らないド素人だ。スライム相手に目を瞑ってしまうような人が、格上の、しかも素早いシーフに勝ったこととなる。
「あの、ミリアさん?」
「……はい」
「私、冒険者のことよく分からないんですが……ユズルさんがルカさんに勝ったことってそんなに凄いことなんですか?」
きょとんとするセレナに、ミリアは真剣な顔で向き直った。
「セレナさんは厨房で『生きた川魚』を捌くことはできますか?」
「え? はい、もちろん。毎日やってますから」
「では――『生きたサメ』ならどうですか?」
「へっ!?」
突拍子もない例えに、セレナが目を丸くする。
「水中で暴れまわる凶暴な人食いザメです。包丁1本で無傷で解体できますか?」
「む、無理です! そんなの、近づいただけで食べられちゃいます!」
「ですよね。……ユズルさんがやったのは、そういうことなんです」
「えええ……っ!?」
セレナが驚愕の視線をルカに向ける。
当のルカは「サメかぁ、上手い例えだね」と笑いながらサラダを食べていた。
「ほんと、彼は異常だよ。気がついたら足元に黒い紐みたいなのが絡まっててさ。魔法? いや、あれはもっと別の何か?」
「黒い紐……?」
「うん。あまりにも手際が良いから、てっきりBランクはある手練だと思ってたんだけどねぇ」
ルカが首を傾げると、今まで静かに話を聞いていたリースが身を乗り出した。
その瞳は、新しいおもちゃを見つけた子供のようにキラキラと輝いている。
「……ふふっ」
「リース様?」
「ルカさんが来てくれてよかったなって。これでユズルさんのことについて、話せる人が増えましたね」
リースは食卓を見渡し、いたずらっぽく微笑んだ。
「みなさん。もし良ければユズルさんの情報交換会、やりませんか?」
「! ……私はあまり詳しくないですが、それでも良ければ!」
セレナが即座に食いつく。
ミリアも「こほん」と咳払いをしつつも、その耳は興味津々といった様子で赤くなっていた。
「ということで第一回は今日やりましょう! 用事が終わったらパジャマを着てみんなわたしの部屋に来てください! ルカさんのパジャマも今日買ってきてあるので着てくださいね! 今日のことはユズルさんには内緒ですよ? 極秘ミッションです!」
「「「はーい!」」」
◇ ◇ ◇
夜も更けた頃。リースの私室には、色とりどりの寝巻き姿が集結していた。
ミリアは赤いしましまのパジャマ、セレナは薄黄色の落ち着いたデザイン。リースはもこもこの羊を模した可愛らしいものに着替え、ルカに至っては黒猫柄のパジャマから本物の尻尾を揺らしている。
絨毯の上には、軽くつまめる木の実やクッキー、そしてよく冷えた果実水とエールがずらりと並べられていた。
「――おまえらー!! 夜中にお菓子を食べる覚悟はできているかー!?」
「「「おおおおー!!!!」」」
普段のお嬢様らしさをかなぐり捨て、リースが拳を突き上げる。
「パジャマの着心地は最高かぁぁあああ!!!」
「「「最高だーーー!!」」」
「ユズルさんのことは、大好きかー!?」
「「「おおおー!!!!!」」」
「よろしい! ではこれより、『ユズルさん情報交換会』を開催します!!」
わあああっ!! と室内が沸き立つ。
「情報交換回開催を祝って……かんぱーい!」
「「「乾杯!!!」」」
カチン、とコップが合わさる音が聞こえる。
「プハァーッ! 仕事終わりの一杯は最高ですね!」
セレナが冷えたエールを喉を鳴らして飲み込み、幸せそうに息を吐いた。
「ボクは彼との付き合いは短いけど、色々規格外だよねぇ。ボクを奴隷にしてまで助けるなんて、お人好しにも程がある」
「そうですね。なんというか……すごく誠実で、優しい方という印象が強いです」
リースが果実水に口をつけながら、嬉しそうに微笑む。
すると、ミリアが「ふふん」と不敵な笑みを浮かべ、身を乗り出してきた。
「わたし、ユズルさんのとっておきの情報、持ってますよ」
ピタッ、と全員の動きが止まる。
期待に満ちた三対の視線が、一斉にミリアへと突き刺さった。
「私、一時期ユズルさんと私の故郷のカルディアへ行っていたんですが……王都から私を迎えに1人でカルディアに来た際に、村長さんに『ミリアの家はどこですか』って聞いてたんですよ。しかも、私の家の真ん前で!」
「えっ!? 家の前で!?」
「はい! 私が家から出たら、目の前で村長さんと真剣な顔して話してて……『あ、ミリア!』って焦った顔、すっごく可愛かったんですから!」
ミリアが思い出し笑いをする。
「ふふっ、ユズルさんがそんなドジを……! 少し意外ですね」
「でしょー? あの根が真面目なユズルさんが、あんなポンコツな一面を見せるなんて。嬉しくてニヤニヤしちゃいましたよ」
「いいなー! 私もユズルさんのドジしてる姿、生で見てみたいです!」
セレナが羨ましそうにエールのおかわりを注ぐ。
すると今度は、リースが「ドジっ子のお話なら……」と、お嬢様らしからぬ「悪い顔」を浮かべた。
「私、ユズルさんを初めて館の客室に案内した日の夜に見ちゃったんです。……ふかふかのベッドに、満面の笑みでダイブするところを」
「ぶっ!」
「へぇ~、彼もベッドを見たら飛び込むのが作法だと思ってるタイプか。それは仲良くなれそうだね」
「部屋の扉が開いた瞬間、『ハッ!?』って顔で固まってるのが、もう面白くて面白くて……」
「えー! いいなー、私もそれ見たかったです!!」
女子会特有の熱気で、部屋の温度が上がっていく。
しばらくユズルのことで和気あいあいと話ししていると、ルカが尻尾をゆらりと揺らし、とんでもない爆弾を投下した。
「そういえばミリア君。キミって、ユズル君のこと好きなの?」
「――――っ!?」
全員の視線が、再びミリアへ集中する。
ミリアの顔は、着ている赤いパジャマと同じくらい真っ赤に染まっていた。
「そ、そうなんですかミリアさん!?」
「え、いや、なんでそんな話になるのよ!? ただの仲のいい友達だってば!」
両手を振って必死に否定するミリアに、ルカは意地悪く目を細める。
「えー? だって館で話し合いしてる時、彼に小声で『裸見せてもいいよ』みたいな事言ってたじゃない。ふふ、ボクの聴力を舐めないでほしいねぇ」
「なっ!? いや、あれは違っ……そういう意味じゃなくて!!」
弁明すればするほど墓穴を掘っていくミリアを見て、セレナとルカは腹を抱えて笑い転げた。
ただ一人、リースだけは笑っていなかった。
「……」
リースは少し俯き、膝の上のクッキーをじっと見つめている。が、顔を上げた時には、いつもの優しい笑顔に戻っていた。
「ふわぁ……。ボクはそろそろ眠くなってきたから、寝ようかな。今日はとてもいい夢が見られそうだよ」
ルカが小さくあくびをする。それに釣られるように、ミリアも目をこすった。
「じゃあ、今日はもう解散ですね。みんな、夜は冷えるから暖かくして寝てくださいね」
「「「おやすみなさい~」」」
「あ、食器とかは私の部屋がキッチンに一番近いので運んでおきますね!」
セレナがコップと残った食品を持って部屋を出る。
数分前まで騒がしかった室内は、嘘のように静かになった。
リースは一人、ベッドへ横になり天井を見つめる。
(ミリアは、ユズルさんのことが好き……?)
胸の奥に、チクリと棘が刺さったような感覚。
そんなもやもやがずっと消えない理由を、今のリースはまだ知る由もなかった。
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本編投稿は毎週月水金の3日、閑話投稿日は前話の翌日投稿となります。
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