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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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43/112

軽口の消えた連携

光が滲んで、俺たちは別の通路に吐き出された。


転送の感覚はいつも嫌いだ。

足元がなくなる感じがするくせに、次の瞬間には石床が当たり前みたいに存在している。

世界が“俺の感覚”を無視してくるのが腹立つ。


着地した瞬間、まず思ったのは——音が、さらに薄いということだった。


息を吸って吐く。

それだけで本来なら微かな反響があるはずなのに、空気は何も返さない。

喉の奥で鳴ったはずの音が、途中で誰かに奪われたみたいに消える。


「……」


誰も、すぐには口を開かなかった。

開いたとしても届く保証がないのを、全員が身体で理解している。


ガイルが先頭に出る。

肩越しに振り返って、指を二本立てた。

“隊列そのまま、速度落として進む”。


ミーナが同じ合図を返す。

ハイドは軽く口笛を吹こうとして、吹けないことに気づいて苦い顔をした。

その顔だけで、こっちは少し笑いそうになる。

こういう時、笑えるかどうかは結構大事だ。


エドは最初から音に期待していない顔で、左右の暗がりを淡々と切り取っていく。

ミスティは杖を胸に抱え、唇を動かして何かの詠唱を試した。

——音が出ない。

出ないわけじゃない。出たはずが届かない。


俺は鞄の口を開け、薄い緑色の小瓶を一本取り出した。

“呼吸と耳の圧を整える”ためのやつ。

沈黙が濃い場所では、耳が勝手に不安を作り出す。

聞こえないことが怖いんじゃない。

聞こえないことを脳が“異常”として扱い続けるのが怖い。


俺は全員に順番に渡し、合図で一気に飲む。


ガイルが眉を上げる。

——今?

俺は頷く。

“今だ。怖くなる前にやる”。


飲み終えたミーナが一瞬だけ目を閉じ、深く息を吐いた。

肩の力がわずかに落ちる。

ハイドが小声で何か言った。聞こえない。

だが口の形で分かる。


(効くな、これ)


エドは頷くだけ。

ミスティは唇を軽く噛み、目の焦点が定まった。


よし。土台はできた。


沈黙の中を進む。

通路はゆるく曲がり、壁には苔が増え、床は湿り気を帯びていく。

灯りはないのに、闇でもない。

どこかから淡い光が沁み出している。

石が光っているようにも見えるし、空気が光を抱えているようにも見える。


歩くたびに、足裏の感触だけが頼りになる。

砂の粒。石の凹凸。苔のぬめり。

ここは視覚より触覚が正直だ。


ルゥが先頭の少し後ろ、俺の足元から離れない位置にいる。

耳は常に動いていて、音のない空気の動きを拾っているみたいだ。

クリムは俺の肩で丸まり、たまに「きゅ」と鳴く。

その鳴き声すら薄くなるが、存在感は薄くならない。

毛玉は偉大だ。世界が静かになっても偉大だ。


少し進んだところで、ガイルが手を止めた。

指を鳴らした……はずが鳴らない。

代わりに拳を握って開く。

“敵の気配”。


俺も息を止める。

沈黙の中では、息を止める行為自体がやけに大げさに感じる。

でも止める。こういう時は止める。


曲がり角の先。

床の影が、ほんの少し揺れた。


ハイドが短剣を抜く。

エドが剣を半分だけ抜く。

ミスティが杖を構え、ミーナが俺の鞄を見る。


——雑魚だ。

だが、この沈黙の中で雑魚が一番厄介だ。

声での連携ができない。

「右!」とか「後ろ!」が通らない。

つまり、普段より“信頼”に依存する。


ガイルが前に出た。

肩を落とし、重心を沈める。

Tankの姿勢だ。

ヘイトを固定する準備。


俺は小瓶を二本、指先に挟む。

片方は“反応速度”

片方は“視野の安定”

どちらも、沈黙で失われやすいものを補う。


ガイルが剣を床に軽く当て、合図を出す。

——突入。


次の瞬間、魔物が湧いた。


影が裂けるように現れたのは、狼に似た影獣と、細長い虫型。

どちらも音を立てない。

立てないのが怖い。

立てないからこそ、動きが読めない。


ガイルが踏み込み、盾を構える。

衝撃の音がしない。

しないのに、衝撃はある。

盾が受けた重さが、空気ではなく“視界”に出る。

ガイルの腕が沈む。

そこに、影獣が食いつく。


俺は即座に一本、ガイルに投げる。

彼の手が空中で正確にそれを掴む。

見ていないようで見ている。

これがTankの恐ろしさだ。


ガイルが飲む。

筋肉の踏ん張りが増し、腕が戻る。

その瞬間、ヘイトが固定される。

影獣がガイルから離れない。


ハイドが横に滑る。

音がないのに、動きが見える。

見えすぎる。

静けさが、動きを浮かび上がらせる。


ハイドは短剣を虫型の関節へ。

動きが鈍る。

その鈍りに合わせてエドが剣を入れる。

一撃。

切断。

死骸が……光になって消えた。

床に吸い込まれる。


——この現象は、あの草原階層と同じだ。

嫌な共通点が増える。


ミスティが後ろで回復の構えを解かない。

常時監視。

目だけが忙しい。

ヒーラーはこういう時、最も静かで最も怖い仕事をする。

誰かが倒れる前に気づく。

気づけなかったら終わる。


ミーナが俺の斜め前に立ち、俺とガイルの間を繋ぐ位置にいる。

支援の人間は、支援の人間が“見える位置”にいるのが強い。

沈黙の中での位置取りは、それだけで安心の形になる。


影獣がガイルの盾をこじ開けようとした。

牙が伸び、暗い光が走る。

——状態異常だ。噛まれたら厄介。


俺は迷わず、もう一本。

“毒素の巡りを鈍らせる”微調整のやつ。

ガイルが受け取って飲む。

噛まれても、即死はしない。


ガイルが笑った。

音はしない。

でも口角の上がり方で分かる。

(助かる)

って言ってる。


影獣の動きがわずかに遅くなる。

そこへエドが背後から刃を入れた。

薄い光が弾け、影獣が霧のように崩れる。


戦闘終了。


全員が一瞬、止まった。

静けさが戻る。

戻ったというより、もともと静けさの中で暴れていただけで、暴れが消えただけだ。


ハイドが親指を立て、俺を指差してから首を傾げた。

“今のポーション、何?”


俺は小瓶のラベルを見せた。

言葉の代わりに文字。

ハイドが目を細めて笑う。

(お前、こういう時強すぎだろ)

って顔。


ミーナが小さく息を吐き、俺の袖を掴む。

目が少しだけ揺れていた。


「……」


声は出ない。

でも、言いたいことは分かる。


(さっきの、怖かった)

(でも、助かった)

(ありがとう)


俺は袖を軽く引いて、彼女の指をほどく。

それから手のひらを上に向け、指で“落ち着け”の合図を作った。


ミーナが頷く。

その頷きが、妙に頼もしい。

彼女はいつも、心配することでチームを守っている。

心配は弱さじゃない。情報だ。

沈黙の中では、心配がより正確に働く。


ガイルが通路を指差し、二本指を立てた。

“次の区画”。


俺たちは進む。


沈黙が、じわじわと“心”にも染みてくるのが分かった。

いつもなら軽口が飛び交う場面で、口が開かない。

開いても届かない。

届かないなら言わない。

言わないと、思考が内側に沈む。

沈むと、不安が育つ。


そうなる前に、俺はもう一本、取り出す。

“内側に沈みすぎない”ための薄い補助。

恐怖を消すわけじゃない。

恐怖が“増殖”しないようにする。

あくまで補助。


ミスティが俺を見る。

目で問いかける。

(今?)


俺は頷く。

(今だ。増える前だ)


ミスティは微笑んで飲む。

その微笑みが、静けさの中でひどく明るい。

ヒーラーが笑っていると、パーティは生き残る。

理由は分からないが、そういうもんだ。


通路が開け、次のエリアに入った。


床は石ではなく、黒い土に変わった。

湿っていて、踏むと少し沈む。

壁は根のようなものが絡み、天井から水が落ちている。

水音が……しない。

落ちたはずなのに、音が途中で消える。

この階層、ほんとに性格が悪い。


「……」


ハイドが口を動かす。

(ここ、嫌いだ)

って言ってる。


俺も同意したい。

したいが、同意してる暇があるなら観察だ。


このエリア、匂いが強い。

湿った土と、古い葉と、鉄の匂い。

血じゃない。

でも鉄。

つまり、どこかで“刃”が使われた痕跡。

過去の探索者か、ダンジョンの構造か。


ルゥが鼻を地面に近づけ、低く唸った。

危険の匂いを拾っている。


ガイルが拳を握って開く。

“止まれ”。


止まった瞬間、地面が——動いた。


いや、地面じゃない。

黒い土の下から、細い影が数本、伸びてきた。

蔓。

いや、蔓に見える触手。

植物型の魔物だ。


巻きつく。

足首に。

ふくらはぎに。

そして、引きずり込もうとする。


音はない。

叫べない。

だが、叫ぶ必要はなかった。


ガイルが即座に盾を打ち込み、蔓を引き剥がす。

ヘイトを取る。

Tankは“敵の注意”だけじゃなく、“味方の足元”も守る。


ハイドが地面すれすれを滑り、蔓の根元を切る。

エドが逆側から切断。

連携が美しい。

声がないから余計に美しく見える。

音がないから、余計に残酷に見える。


ミスティが回復を飛ばす。

飛ばすというより、光の粒が皮膚に貼りつく。

傷が浅いうちに塞ぐ。

ヒーラーは“傷が深くなる前に治す”のが仕事だ。


俺は鞄から三本、同時に取り出した。

一本は“足の絡まりをほどく”

一本は“筋肉の攣りを抑える”

一本は“判断の瞬発”

蔓は足を止める。

足が止まると焦る。

焦ると判断が死ぬ。

判断が死ぬと巻き込まれる。


俺は瓶を投げる。

ミーナが空中で受け取り、すぐ配る。

支援の支援。

彼女がいると、俺の手が増える。


ミーナがハイドに一本投げる。

ハイドが飲んで、動きがさらに滑る。

本人の才能に“補助”が乗ると、ああいう動きになるのかと感心する。

才能は羨ましいが、羨んでる暇はない。


ガイルには足元の安定を追加。

エドには視野の端の反応を。

ミスティには魔力の巡りを。

全員が“転ばない”。


蔓が、最後の悪あがきでミーナの足首を狙った。

沈黙のせいで気配が薄い。

だが、ルゥが先に動いた。


でかい犬(狼型)が、ミーナと蔓の間に滑り込む。

牙で噛み切った。

音はしないのに、噛み切る勢いだけが見える。


ミーナが目を見開く。

ルゥが尻尾を振る。

(守った)

って顔。


ミーナは思わずルゥを撫でようとして、

撫でる手を止めた。

——今は戦闘中。

その判断が、彼女がちゃんと強い証拠だ。


戦闘終了。

蔓は光になって消えた。

土に吸い込まれる。

嫌な共通点、また増えた。


ハイドが口を動かす。

(いま、俺の足、持ってかれかけた)

そして俺を見る。

(助かった)

って顔。


俺は肩をすくめる。

助かったのは俺じゃない。

全員の判断が助かった。

俺はその判断が鈍らないように敷物を敷いただけだ。


でも、こういう時に“俺は敷物です”なんて言うと、だいたい嫌われる。

感謝を否定すると、人は寂しくなる。

だから、俺は指で軽く“任せろ”の合図だけ作った。


ミーナが小さく笑う。

沈黙の中で笑うと、表情が余計に目立つ。

その笑いが、心の重さを少しだけ削ってくれた。


俺たちは進む。


エリアはさらに変わっていく。

根が増え、空気が冷え、光が減る。

音は薄いまま。

むしろ、薄さが“当たり前”になってきて怖い。

人は慣れる。慣れることが危険だ。


少し歩いたところで、壁に古い記号が刻まれていた。

ギルドの仮資料で見たことがある。

“休息区画”の印。


ガイルが手を上げ、拳を握って開く。

“ここで休む”。


俺は頷き、壁際に腰を下ろした。

ミスティが座り込み、杖を膝に置く。

エドは立ったまま周囲を見る。

ハイドは座りながら短剣を手入れし、ミーナは俺の鞄の位置を確認する。


こういう休憩時間で、パーティの“距離”が変わる。

声が出れば雑談で繋がる。

声が出ないと、繋ぎ方が変わる。

目線、手の動き、呼吸のタイミング。

沈黙が、関係を裸にする。


ミーナが、指で床を軽く叩いた。

音はしない。

それでも合図だと分かる。

“店主、ちょっと”。


俺は近づく。

ミーナは口を動かす。

(さっきの、怖かった)

(ルゥが動いたの、びっくりした)

(でも……嬉しかった)


俺は思わず苦笑した。

口に出したら聞こえないが、表情で伝わる。


(俺もびっくりした)

(あいつ、意外と空気読む)


ミーナが目を細める。

(空気読める狼、強いですね)


(強い)

(でも撫でるのは許可取れ)


ミーナが吹き出しそうになって口を押さえた。

音がないのに、肩が揺れる。

笑い方で分かる。

“今、笑った”が分かる。

それだけで、俺は少し安心した。


ハイドがこちらを見て、眉を上げる。

(何の話?)


俺は肩をすくめて指で“ルゥ”を示す。

ハイドが納得した顔をして、ルゥに手を伸ばしかけた。

伸ばしかけて止める。

——あいつも学んでる。もふもふは選ぶ側。


ルゥはハイドを一瞥して、わざと寝返りを打った。

拒否。

ハイドが悔しそうに口を尖らせる。

(ひどい)


クリムが「きゅ」と鳴いた。

(ざまあ)

と言ってる気がする。

毛玉、性格が悪い。そこがいい。


ガイルが地図を広げる。

音がないから、紙を広げる音もない。

静かすぎて、動作が儀式みたいだ。


ガイルは指でルートを示す。

この先に大きな空洞。

さらに奥に“中層手前の安全地帯”らしき場所。

そして、その先——ボス区画の可能性。


ガイルが俺を見る。

目で聞いてくる。

(行けるか?)


俺は鞄を軽く叩く。

(行ける)

と言う代わりに、ラベルの並びを見せた。

準備はしている。

無茶はしない。

そう伝える。


ガイルが頷いた。

その頷きが、やけに重い。

Tankの頷きは、命の重さがある。


休憩を終え、進む。


通路は次第に広くなり、天井が高くなった。

湿った根が減り、代わりに白い石が増える。

石が滑らかで、人工物の匂いが濃い。

古い神殿みたいな空間。

沈黙が似合いすぎて、嫌になる。


そして、雑魚の質が変わった。


今度は人型の影。

鎧を着ているように見える。

武器を持っている。

目の部分に淡い光。


“模造の守衛”みたいな存在。

こういうのは手強い。

パターンがある。

パターンがあるから、崩されると痛い。


ガイルが前に出る。

ヘイトを取る。

模造守衛はガイルに反応して動き出す。

音のない剣戟。

それが妙に美しい。

美しいのに怖い。


ハイドとエドが左右に散り、雑魚処理を始める。

Me l ee と Ranged——と言いたいところだが、エドは近接寄りの中距離、ハイドは近接の隙間に入るタイプ。

ミーナは支援に回り、ミスティは後ろで“全員のHPを目で握る”。


俺はSupportとして、常に二手先を読む。


模造守衛の刃は、当たると痛い。

痛いというより、“魔力を削る”。

削られると回復が追いつかなくなる。

だから、当たる前に弱体を入れる。


俺は小瓶を投げる。

“刃の鋭さを鈍らせる”微弱なデバフ。

派手さはない。

でも効く。

ガイルの盾が、ほんの少しだけ軽くなる。


ガイルが目で礼を言う。

ミーナがガイルの背中に手を伸ばし、支援の魔術を薄く乗せる。

——支援が重なると、Tankは“壁”になる。

壁があると、DPSは集中できる。


ハイドが一体を崩し、エドが二体目を落とす。

ミスティが回復を差し込む。

回復は過剰に見えるほど早い。

だが沈黙の階層では、“遅い回復”は死だ。

先に戻す。

転ばない。


模造守衛が、突然、動きを変えた。


ガイルを無視し、ミスティへ——

いや、違う。

“後衛を狙うギミック”だ。

嫌なやつ。


ミスティが一瞬だけ目を見開く。

声は出ない。

だが、彼女の身体が“危険”を叫ぶ。


その瞬間、エドが間に入った。

剣を横にして受ける。

ミスティの目が丸くなる。

(エドが庇った)

って顔。


俺は即座に、エドに一本。

“痛みの拡散を抑える”

エドは無言で飲み、表情も変えずに模造守衛を押し返す。


ミスティが回復を重ねる。

その動きが少しだけ震えていた。

ヒーラーは、守られると心が動く。

心が動くと手が強くなる。

手が強くなるとパーティが生き残る。

人間の仕組みは単純だ。


ミーナが俺を見る。

(今の、危なかった)

(でも、助かった)


俺は頷く。


(こういう小さな危険を、積み重ねて越える)


模造守衛を全て落とす。

死骸は光になって消えた。

床に吸い込まれる。

……やっぱり同じ仕組みだ。

この階層、草原階層とどこかで繋がっているのかもしれない。

繋がっているなら、嫌な予感しかない。


少し進むと、広間に出た。


天井が高い。

柱が並び、床に幾何学模様。

中央に大きな円。

模様が薄く光っている。

転送陣……というより、儀式場。


嫌な空気。

“ここから先が違う”空気。


ガイルが手を上げ、全員を止めた。

彼が俺を見る。

目が言っている。


(ここから先、空気が変わる)


俺も感じていた。

沈黙が、さらに“濃度”を増している。

まるで、音だけじゃなく、気持ちまで吸うみたいに。


ハイドが口を動かす。

(おい、これ、ボス前の匂いする)


ミーナが頷く。

ミスティが杖を握り直す。

エドが剣を持ち替える。

ガイルが深く息を吸う。


俺は鞄を開け、全員に“締め”のポーションを渡した。

ここまでの疲れを落とし、集中を戻し、恐怖の増殖を抑える。

派手な強化じゃない。

“折れない”ためのもの。


ガイルにだけ、もう一本追加。

“ヘイト固定の安定”。

Tankが揺れなければ、パーティは揺れない。


ガイルが飲み、俺を見る。

目が笑っている。


(やっぱり、お前がいると楽だ)


俺は肩をすくめる。

楽にしてるのは俺じゃない。

お前らの地力だ。

俺は、それを潰さないようにしてるだけ。


でも、こういう時に否定しない。

肯定もしない。

ただ、少しだけ“任せろ”の顔をする。

それでいい。


ミーナが、俺の袖に触れた。

声はない。

だが、指先が伝えてくる。


(……戻ろうね)


俺は頷いた。

戻る。必ず。


ルゥが一歩前に出て、広間の空気を嗅いだ。

尻尾が、ゆっくり動く。

怖がってはいない。

でも警戒している。

この狼、ほんと頼りになりすぎる。


クリムが「きゅ」と鳴いた。

薄い鳴き声なのに、妙に強い。


俺は思った。

——軽口が出ない章だ。

でも、軽口が出ないからこそ、分かることがある。

この仲間たちは、俺の言葉がなくても進める。

俺のポーションがなくても戦える。

それでも、俺がいることで“余裕”が生まれる。

余裕が生まれると、人は優しくなれる。

優しくなれると、判断が鈍らない。


だから俺は、ここにいる。


ガイルが手を上げた。

拳を握って開く。

——行くぞ。


俺たちは、広間の中央の円へ足を踏み入れた。


光が、薄く滲む。


音が、さらに遠くなる。


そして、視界の奥で——

巨大な扉が、ゆっくりと輪郭を現した。


石の扉。

古い紋。

中央に刻まれた“目”のような意匠。


ボス区画。


誰も口を開かなかった。

開けないのではなく、開かない。

今は、言葉より呼吸のほうが正確だ。


俺は鞄の中の“限界用”に、指先だけ触れた。


使わないで済むなら、それがいい。

だが、使うなら——

俺は迷わない。






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