親の声は止められないが、距離は取れる
「店主! もう限界なんです!」
扉がカラン、と勢いよく鳴った。
入ってきたのは、肩で息をする若い男。
「トイレはあっち」
「ありがとう。じゃなくてですね!
母ちゃんがウザいんです!!」
勢いそのままに続く。
「過干渉というか!
朝から晩まで口煩いんです!
起きろ、食え、働け、結婚はどうする、
服がだらしない、靴が汚い、
あと“あんたのため”ってやつ!!」
……はい、長期戦の匂い。
クリム「きゅ……(重い)」
ルゥ「わふ(逃げ場なし)」
⸻
俺はカウンターに肘をついた。
「同居?」
「はい……」
「年齢」
「二十六……」
「自立は?」
「金はあるけど、
出ていくって言うと泣く」
「あー……」
これは“悪意ゼロ・圧マックス”のやつだ。
「確認するぞ」
俺は淡々と言う。
「母親を黙らせたい?」
「……正直、はい」
「無理だ」
「ですよね!!」
⸻
俺は続ける。
「お前の問題はな、
“干渉される”ことじゃない」
男が顔を上げる。
「え……?」
「自分の境界線が、
家の中に存在してない」
クリム「きゅ(境界線)」
「言われるたびに反応して、
説明して、反論して、
そのたびに消耗してるだろ」
男は黙って頷いた。
⸻
俺は棚から小瓶を三本、並べた。
⸻
最初の一本。
「これは、
言葉を真正面から受け止めすぎないやつだ」
「無視できるんですか?」
「違う。
“全部が重要じゃない”って
身体が判断する」
男は深く息を吐いた。
「……それだけで助かるかも……」
⸻
二本目。
「こっちは、
会話の途中で感情が爆発しにくくなる」
「キレなくなる……?」
「キレないんじゃない。
“間”ができる。
一拍置いて、
“今は答えなくていい”って選べる」
ルゥが「わふ」と低く鳴く。
“その間が命綱”の合図だ。
⸻
三本目。
「これが一番重要だ」
俺は一番小さい瓶を指で弾いた。
「自分の時間を
“許可なく確保できる”やつだ」
男が首をかしげる。
「……どういう……」
「外出、部屋にこもる、
返信を遅らせる。
罪悪感が減る」
男の目が、少し潤んだ。
「……俺、
自分の時間取るたびに
悪いことしてる気分で……」
「それが一番削られてる証拠だ」
⸻
男は三本を見つめ、
しばらく黙ってから言った。
「……母ちゃん、
悪い人じゃないんです」
「知ってる。
だから余計きつい」
クリム「きゅ(それ)」
俺は最後に言う。
「親はな、
子どもが“大丈夫そう”だと
安心して口を出す」
男が目を見開く。
「……え?」
「だからまず、
“一人で回ってる姿”を
見せろ。
説明じゃなく、状態でな」
ルゥが男の膝を鼻先で押す。
「わふ(出ろ)」
男は瓶を受け取り、
小さく笑った。
「……今日、
まっすぐ帰らず
散歩してから戻ります」
「それでいい。
帰る時間を
自分で決めろ」
⸻
扉が閉まる。
俺は棚を整えながら、ぼそっと言った。
「……過干渉はな、
愛情と不安の合体事故だ」
クリム「きゅ……」
ルゥ「わふ(距離は大事)」
さて次は――
「親の期待が重すぎる」か、
「親の老いが怖くなってきた」か。
……どっちも、
逃げ場を用意してやらねぇとな。




