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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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323/337

白亜で学ぶ意思と、冷たい宣告。


翌朝。


白亜の石壁が、白み始めた外の光を薄く反射している。


少女の机の上には、昨夜書き殴ったノートが開かれたままになっていた。

インクの滲んだ文字。

書きかけの条項。

何度なぞっても、まだ自分のものにならない言葉の列。


目元は少しだけ腫れている。

それでも、ちゃんと起きて、冷たい水で顔を洗い、髪を整えた。


ノートを胸に抱きかかえ、扉を開ける。


今日は、守られているだけで終わるつもりはない。


分からない言葉があるなら、分かる人に聞く。

白亜で使われているものを、自分も知る。

そうして少しでも、この場所の役に立てるようになりたい。


覚悟を決めて、廊下へ踏み出した。


だが、階段の踊り場まで来て、少女の足はぴたりと止まった。


一階のロビーは、もう日常の顔ではなかった。


重い荷箱が、次々と運び込まれては開けられている。

青苦い薬草の匂いが、むせ返るほど濃く充満していた。


カウンターの奥では、店主が凄まじい速度で乳鉢を回し、劇薬の小瓶を量産している。

メテスは入り口の死角に立ち、外の気配を完全に監視する態勢に入っていた。

レッターも厨房とロビーを小走りで往復し、有志たちへ水や補給食を配り歩いている。


そして、帳場。


書類の山に囲まれたリヒャルトが、羽根ペンを滑らせていた。


完璧で、冷徹な仕事の顔。

昨夜と同じだった。


見える。

そこに、いる。


少女は、階段の手すりを強く握りしめたまま、立ち尽くす。


視線に気づいたのか、リヒャルトがすっと顔を上げた。


目が合う。


少女の胸が、きゅっと鳴る。

ノートを抱える腕に、無意識に力が入る。


リヒャルトは、微塵も微笑まなかった。


「……おはようございます」


静かで、よく通る声だった。


「本日は、上でお待ちください」


それだけだった。


短い。

冷たい。

今の盤面に、あなたが入る隙間はないと、明確に線を引く声。


少女の胸の奥が、ぎり、と軋んだ。


けれど。


少女は、逃げるように背を向けなかった。


唇を強く噛み締め、階段を一段だけ戻り、そこでじっと堪える。

泣かない。

泣き出したりしない。


ノートを抱きしめたまま、その場に踏みとどまった。


リヒャルトは、それ以上何も言わずに視線を帳簿へ戻した。


「……あ、姫様」


背後から、小さな声がした。


夜通し二階で見張りに就いていた護衛たちへ、温かいお茶を運んできたレッターだった。

少女の顔を見て、レッターが困ったように眉を下げる。


下は今、大変ですからね、と言いたげな、優しい顔だった。


少女は、大きく息を吸い込んだ。

そして、振り返る。


「……レッター」


「はい?」


「少しだけ、教えてほしい言葉があるの」


レッターが、目を瞬かせる。


少女は胸に抱えていたノートを開き、昨夜書き写した文字を指差した。


「……これは、どういう意味?」


レッターは、ノートの文字と少女の真剣な目を見比べた。


王宮の教養ではない。

白亜の帳場で使われる、泥臭くて冷徹な言葉たち。


レッターは少しだけ迷い、それから、困ったように、けれど柔らかく微笑んだ。


「……難しい法律のことは、僕も全部は分かりません」


静かな、やさしい声。


「でも、奪われないための約束ごとだって、リヒャルトさんが言ってました」


少女が、息を呑む。


「力ずくで奪いに来る人から、大切なものを守るための……約束ごと、みたいなものです」


たどたどしい説明だった。

それでも、少女には十分だった。


奪われないための、約束ごと。


暴力ではなく、言葉で相手を縛る力。


少女の瞳の奥で、散らばっていた点と点が、明確な線として繋がり始める。


白亜で、学べる。


あの人の使っている武器を、自分も知ることができる。


もっと知りたい。

自分のものにしたい。


そうすればいつか、あの人の隣に――。


その、途中で。


ゴトッ。

ゴトゴトッ。


外の石畳を叩く、重い車輪の音が響いた。


アトリエの空気が、一瞬で凍りつく。


ギルドの荷馬車ではない。

もっと重く、強固に補強された、公式の馬車の音。


整った、硬い革靴の足音が、アトリエの扉の前で止まる。


カラン。


ベルの音が、やけに響いた。


二階の階段から見下ろす少女の目の前で。


店主の、乳鉢を回す手が止まった。

メテスが、音もなく入り口へ向き直る。

帳場に座っていたリヒャルトの表情が、さらに一段、氷のように冷え切った。


ロビーにいた誰もが、息を止めて扉の向こうを見据えていた。


開かれた扉の前に立っていたのは、見慣れない制服。

洗練された装具。

領主側の、正式な使者だった。


使者は、アトリエの異様な殺気にも顔色を変えず、ただ一歩だけ中へ入り、深く、逃げ場のない一礼をした。


「――姫殿下を、お迎えに上がりました」


冷たい宣告が、白亜の石壁に響き渡る。


少女の指から、力が抜けた。

抱えていたノートが、音を立てて階段へ落ちる。


帰る朝が、音を立てて迎えに来てしまった。




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