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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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胃薬の効き目は、商談が終わるまで

カラン。


昼下がりのアトリエに、すべてを投げ出したような重いベルの音が響いた。


「もう無理だ!!」


喉を掻き切るような悲鳴と共に、ギルド職員がふらふらと木のカウンターへすがりつく。

そのまま糸が切れたように、丸椅子へぐったりと突っ伏した。


奥から小走りでやってきたレッターが、湯気を立てる特製茶をそっと木目へ置く。


「お疲れ様です……。どうぞ」


「レッターくん……っ!」


ギルド職員が、弾かれたように顔を上げた。

すがるようにカップを両手で包み込み、声を潜めてレッターへ耳打ちする。


「レッターくん……っ! 三日前、メテスくんの茶を飲んでから、しばらく喉が死んだんだ。

でもなぜか身体の奥から変に元気が湧いて、丸二日一睡もできなくて……その反動で翌日は泥だった……」


ブツクサと恨み言を並べるギルド職員に、レッターは困ったように眉尻を下げ、乾いた苦笑いを返す。


「……身体に悪いものは、入れてない」


壁際から、地を這うような低い声が落ちた。


「ヒッ、聞こえちゃってた!?」


ギルド職員がビクッと肩を跳ねさせる。


メテスは腕を組んだまま、不満げにほんのわずかだけ目を細めている。


ゴリ、ゴリ、と。

カウンターの奥で乳鉢を回す店主が、呆れたように長いため息を吐いた。


「……それで?」


「ちょっと待って!

 まずは特製茶を飲ませて……!」


ギルド職員は引ったくるようにカップを持ち上げ、青苦くも優しい香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

ゆっくりと口へ含む。


強張っていた肩の力が、目に見えてふっと抜ける。


「はぁ……生き返る……」


心底安堵した息を吐き出し、ようやく本題へ口を開く。


「西の森で、虫の魔物が大量発生だ」


リヒャルトが、帳簿からすっと顔を上げた。


「討伐クエストが大盛況だと、先ほど常連のお客様から伺いましたが」


「そう。だが、困ったことに西の森だけじゃなく、南や他の森からも湧き出し始めたんだ」


「……戦力不足か」


メテスが静かに状況の核を突く。


ギルド職員は、深く両手で顔を覆い、腹の底から呻き声を上げた。


「それだけじゃない。近々、あの原石の廃坑に王都から視察が来るんだ。その接待と護衛の準備もあるしで、ギルドの戦力はもう瓦解寸前なんだよ……!」


言葉を切り、ギルド職員は懐へ手を入れた。


そして、店主が三つの小瓶を提示するより先に。


コト、と。


重たく、冷たい音を立てて、黄金に輝く硬貨を一枚、木の天板へ置いた。


「……これ」


リヒャルトが、完璧な営業スマイルで流れるように棚の奥へ手を伸ばす。


金色に輝く最高級の胃薬が、カウンターへ滑り出た。


キュポンッ!


ギルド職員は栓を弾き飛ばし、一気に喉へ流し込む。


「くぅぅぅぅ!! 高いけど、めちゃくちゃ効くぅ!!!」


胃を押さえていた青白い顔に、一瞬で赤みが差す。


「領収書ください! ギルド長の名義で!!」


「かしこまりました。毎度ありがとうございます」


リヒャルトが金貨を回収し、さらさらと美しい文字で領収書を切る。


店主が、乳棒を回しながら無愛想に鼻を鳴らした。


「……話はそれだけか?」


「違いますよ!」


ギルド職員が唇を尖らせる。


「虫対策のポーションや香薬、あれこれを大量にお願いしに来たんですぅ~」


声の最後が、ぶーぶーと抗議するみたいに間延びした。


レッターが、小皿に乗せた香ばしい煎り豆をすっと差し出す。


ギルド職員はそれを一粒つまみ、ぽりぽりと心地よい音を立てて噛み砕いた。


「うまい……生き返る……。あと、これ!」


ギルド職員は、さらに懐からずっしりと重い革袋を取り出した。


「白亜の要塞へ入るための、手付金です!」


リヒャルトが革袋を受け取り、中身の重さと額を瞬時に弾き出す。

その口角が、一際美しく弧を描いた。


「確かに。入居審査はこの場で通過とさせていただきます」


「できたら、見晴らしの良い部屋がよいです!」


「善処いたしましょう」


その、和やかな商談がまとまりかけた時だった。


カラン!


勢いよくベルが鳴り、商会勤めの居住者が血相を変えて飛び込んできた。


「店主! 発注するなら、早めにした方がよいですよ!」


男の顔は白蝋のように青ざめ、見開かれた目には血走った血管が浮いていた。


「黒いあれが……! あのおぞましい這い回る悪魔が、街のあちこちで出始めてる! 虫除けの素材が、すぐに市場から枯渇するぞ!」


アトリエの空気が、ぴたりと止まった。


リヒャルトの瞳の奥で、恐ろしいほどの黄金の光が弾けた。

ゆっくりと、ギルド職員の方へ首が回る。


完璧な、一分の隙もない営業スマイルだった。


「……ほう」


ギルド職員の背筋に、ぞわりと悪寒が走る。


「ギルドは今、大変お困りのようですね。虫対策は大量に必要、しかも市場の素材は高騰し、枯渇の危機にある、と」


「えっ、あ、はい……」


「ならば、素材類の費用はギルドが全額負担してくれそうですよね?」


「へ!?」


ギルド職員が、間の抜けた声を上げた。


リヒャルトは、逃げ道を塞ぐように一歩だけ前へ出る。


「白亜のアトリエへは、ただ『調合費用』のみを頂けたら良いですよ? ギルド側で素材を確保し、こちらへ優先的に回していただければ、特別価格で最高のポーションを納品いたします」


「え、いや、でも素材をギルドの金で押さえるなんて……」


「街の危機を救うためです。それに、ギルドが直接市場を動かせば、悪徳商人の買い占めも防げる。……双方に利のある取引になるかと存じますが?」


にっこり。


その静かで美しい微笑みの前に、拒絶という逃げ道など最初から存在していなかった。


ギルド職員は、手元の空になった最高級胃薬の小瓶を見た。

すでに、胃のあたりが再びきりきりと痛み始めている気がする。


「……領収書、素材買い付け用でまとめてください……」


「賢明なご判断です」


ゴリ、ゴリ、と。

店主は一切口を挟まず、ただ黙々と乳鉢を回し続けていた。


「きゅ!(悪徳番頭!)」


「……わふ(……胃薬の追加がいるな)」




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