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錬金術師のポーション屋。疲れたときはやっぱりこれ  作者: ChaCha


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討伐クエストがかなり盛り上がってるらしい

カラン。


アトリエに、小気味よいベルの音が落ちた。


扉を開けて入ってきたのは、いつもの常連客だった。

深く息を吐きながら、丸椅子へ腰を下ろす。


「お! レッター、三日ぶり!

 やっと落ち着いて飲める特製茶が来たぜ……!」


奥の厨房から小走りで出てきたレッターが、強張っていた肩を撫で下ろし、目元を柔らかく和ませた。


「お待たせしてすみません。すぐお淹れしますね」


流れるような手つきで茶葉を蒸らす。

木のカウンターへ、温かい湯気を立てるカップが置かれた。


コト、と。

静かな音が鳴る。


常連客が深く息を吸い込み、一口飲んで、へなへなと肩の力を抜いた。


「くぅーっ、これだ。……ここ三日、本気で命の危機を感じるくらい、とんでもない茶が出てきてたからな」


壁際で。

腕を組んでいたメテスが、ほんのわずかに、気まずそうに視線を逸らした。


「……分量を、間違えただけだ」


「間違えすぎだよ!」


常連客が笑い飛ばし、アトリエにいつもの和やかな空気が流れる。


一口茶をすすり、常連客は少しだけ声を潜めた。


「そういや、最近、西の森の様子がおかしいらしい」


ゴリ、ゴリ。


奥で乳鉢を回す店主が、手元へ視線を落としたまま聞いている。


「虫の魔物が大量発生しててな。討伐クエストがかなり盛り上がってるらしいぜ」


「……虫、ですか」


リヒャルトが、帳簿から顔を上げた。

完璧な営業スマイル。

だが、その目の奥で凄まじい速度の計算が弾けているのがわかる。


「毒持ちなら解毒薬。麻痺持ちなら神経の緩和剤。そして何より、強力な虫除けの香薬が必要になりますね。……相場が跳ね上がる前に、素材を押さえておきましょうか」


「さすが番頭、抜け目がねぇな」


常連客が苦笑し、カップを置いた。

そして、さらに声を一段落とす。


「あと、もう一つ。……こっちは少し、厄介な噂なんだが」


ピクリ、と。

店主の乳棒が止まった。


「例のドバドバの件で、王都からこの街へ『王族』が来るらしい」


しん、と。

アトリエの空気が、一瞬で凍りついた。


リヒャルトの羽根ペンが、紙の上で止まった。


完璧なはずの笑顔が、寸分違わずそこにある。

だが、瞬きひとつしなくなったその双眸の奥だけが、光を吸い込むようにひどく冷え切っていた。


店主は乳鉢から手を離し、無言でリヒャルトを横目に見据えた。

レッターが、息を呑んで肩を強張らせる。


チャキ、と。

壁際で、メテスが音もなく片手剣の柄へ指をかけた。

感情の抜け落ちた瞳が、見えない外敵を警戒するように真っ直ぐ扉へ向く。


「……ほう」


リヒャルトの声は、いつも通り滑らかだった。

だが、静かに落とされたその声色が、ロビーの空気をじりじりと凍らせていく。


「それは……ずいぶんと、大層なお方がいらっしゃるのですね」


リヒャルトは、音を立てずに美しく目を細めた。


常連客はカップを傾け、何気ない調子で言葉を続ける。


「ああ。街の警備もピリピリし始めててな。……お前らも、目立つ商売してるから気をつけておけよ」


「ええ。ご忠告、感謝いたします」


リヒャルトが優雅に頭を下げる。


「きゅ……!(やばい!)」


クリムが、店主の肩で毛を逆立てる。


「……わふ(……厄介な匂いがする)」


ルゥが床に伏せたまま、低く喉を鳴らした。


常連客が茶を飲み干し、銀貨を木のカウンターへ置いて帰っていく。


カラン。


扉が閉まり、アトリエに重たい静寂が落ちた。


リヒャルトは羽根ペンを置き、ゆっくりと、光の消えた瞳で宙を見つめた。

店主は無言のまま再び乳鉢を引き寄せ、ゴリ、ゴリ、と擂り始める。


「……防備を上げるか」


店主の低い声に、リヒャルトがゆっくりと首を振った。


「……いえ。日常を崩す必要はありません。万が一の際は私が、完璧に処理いたしますので」


青苦い薬草の匂いの中に、ひどく冷たい気配が沈殿し始めていた。


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