上織村再び
第十五章 再び謎の村へ
夕方、マンションに帰ってきた麻斗と長谷井は、とりもあえず長谷井の仕事部屋に入った。
薫が入れた暖かい珈琲を片手に床で胡坐を組む二人。
「それにしても残念でしたね。 あの注射器の液体がただの水だったなんて」
「ああ、骨折り損のくたびれもうけだ」
麻斗もがっくりとうなだれている。
それもそのはずだろう。
二週間ほど前に、長谷井が医者に渡した注射器から採取できたのはただの水だったなんて。
病院の研究室に呼び出された二人は、丸椅子に座って説明を待った。
「ようこそ、坊っちゃん方。 頼まれてたブツの検査結果だがな。
ありゃあ、残念ながらただの水だ」
「……それだけしかわからなかったんですか?」
呆れた様子で長谷井が尋ねた。
肥満体の老医師は禿げ上がった額を撫でながら、ぺしっと叩いた。
「いやぁ、何か特別な物には変わりないんだ。
あれは単体ではただの水でしかないが、何かの液体、または個体と反応させて使うものみたいだ。
あの液体を打つ前の、守君の血液とかの分析データでもあれば、違いが分かったかもしれんが、まぁ守君の体も検査結果異常なし。
採取できた液体も微量すぎてわからんしな。
まあこんなとこだ。 残念だったな、麻斗坊っちゃん、聡坊ちゃん」
「先生、その坊っちゃんっていうのやめてください。
もう三十超えたいい男が嬉しくないです」
げんなりして長谷井が言った。
長谷井は幼少の頃からこの医師が苦手で、特に長谷井も麻斗も顔が整っていたからかなり目を付けられている。
「まあ、なんにしろ。 今のところわかったのはこれだけだ。
なんか研究して欲しいモノがあったら寄越してくれ」
「はい、先生ありがとうございました」
そう言ってお礼を述べて戻ってきたのだ。
「長谷井、明日またあの村に行こうと思うんだが、着いてきてくれるか?」
麻斗が少し弱気になっていた。
「もちろん、お供しますよ。
とりあえず、みなさんにも一応連絡してはいかがでしょう?
彼らは仕事がありますが、万が一我々も行方が分からなくなったときの保険として頼みにしてもいいのでは?」
「そうだな。 一応メールしておくか」
そう言って麻斗はポケットから携帯をとりだし、仲間に一斉送信をした。
「これでよし、明日は二人だけで行こう。
あいつらだって遊んじゃいられないからな」
「早く香月さんを探さないとですね」
長谷井の存在は、麻斗にとって今は何よりも救いだった。
部屋からでて、薫と守と、長谷井の四人で食卓を囲む。
精神的にも疲れがたまっていたのだろう。
その日、麻斗は久しぶりに熟睡した。
水曜日の朝八時、麻斗は守と二人でご飯を食べ、長谷井の家に行った。 玄関で出迎えた長谷井が、困惑気味に視線を背後にやる。
「やっほー、あっちゃん」
「おはよう、麻斗」
「二人だけで抜け駆けとか、この期に及んでないだろ」
「……眠い」
健治、冬哉、武斗、琉惟とみんなが揃っていた。
朝が弱い琉惟は半分寝ているのか、起きているのかわからないが重たそうなリュックを背負いスポーツバッグを持って、ぼけっと、立っている。
「みなさん、昨日のメール見て、一緒に行くことを内緒で打ち合わせてたそうで。 うちにみなさんが来て、私も正直驚きました」
長谷井までも、普段のスーツから動きやすいカジュアルな服装をしている。
「麻斗、とっとといくぞ! 車出すからよ」
武斗が車のキーをカシャカシャ言わせながら、急かす。
「それじゃあ、薫さん。 守頼みます」
「麻斗、一旦家に戻って荷物用意した方がいい」
「なんの荷物だ、琉惟?」
「泊まり込みする荷物」
「どこに?」
「あの村。 男爵が設備の中に、興味深い建物を発見してくれた。
どうやら、あそこでは内密に研究を行うために、村の中に研究者を子飼いしてたらしい。
だからその研究者たちの宿泊施設を利用するのが得策」
「うーん、でもな。 みんな仕事があるし、守だってな~」
渋る麻斗に守が手をぐいぐい引っ張った。
「お父さん、僕お留守番するよ! 頑張るから行ってきて!」
「いいのか、守?」
「うん、僕も頑張る!」
「すまないな、絶対お母さん連れてくるからな。
だが、みんな仕事があるだろう。 どうするんだ?」
みんな顔を見合わせる。
「あぁ? そんなこと心配してたのか。俺は今日から自主強化合宿」
「僕は溜まってた有給を取ってね」
「俺は新しい小説のネタ探し」
「文部科学省の汚名返上」
武斗、冬哉、健治、琉惟がそれぞれの休暇をとったようだ。
「でも琉惟君、文科省の汚名返上なんてどうしてそんなのでとれたの? 普通は知らないよね?」
「上司に直談判した。 今の上司も男爵によって秘密が漏えいすることを恐れてる。 そこを上手く突いた」
大欠伸しながら、言った琉惟は目をこすっていた。
「琉惟、眠いなら車の中で寝とけ。 どうせしばらくかかるんだからよ」
「ん、そうする武斗。 ……あ、長谷井さん。
確かノートパソコン持ってたはず、俺と同じの」
「えっ、ああ、そうですよ。 だって買い物に行った時、琉惟さんが選んでくれたんじゃないですか」
やっぱり寝ぼけてる? と首を傾げながら、長谷井は琉惟を見た。
「それ持っていこう。 それとデジカメも。 今回は二つの班に別れて行動したほうが早い」
「僕もそれは賛成だな。 そしたら気兼ねなく役割分担できる」
「そうですね。 では私も荷物を追加しておきます」
麻斗も戻って簡単な着替えと、必要そうなものを持って荷物に入れた。
ワゴン車に乗り込んだ六人は、運転席に武斗、助手席に琉惟が静かに寝ていて、健治と冬哉、その後ろの席に麻斗と長谷井が座った。
「それにしても、琉惟の奴相変わらず寝起き悪いな。
昔から気づくと眠ってる奴だったが、なんでか頭だけは良かったよな」
「そういうたっちゃんは、俺といい勝負だよね。
学校の授業ほとんど赤点だったじゃん」
「余計なことをほじくりかえすな、健治」
「あっちゃんも、長谷井っちも、琉惟君も、冬哉も頭良かったよね」
「ああ、俺も長谷井も家の躾とか、頭の出来がものすごく言われたからな」
「冬哉はのほほんとしてたけど、それなりに考えて勉強してたよな。
教え方もすごい丁寧でわかりやすかったな」
「琉惟君はなんか理屈っぽかったし、めんどくさがり屋だったもんね。 あっちゃんなんか意地悪な教え方しかしてくれないし。
長谷井っちは、なんか頭がいいからかなりスカしてたよね。
俺正直苦手だったんだ~、なんかなにもかも完璧で、できすぎって感じして」
「ははは、すいません」
「でも今は長谷井っちのこと結構好きだよ~。
頼りになるなって思うもん、いろいろ知ってるし、頭いいしね」
「確かにこの中じゃ、苦労してるの長谷井だよな。
調整役というか、お守り役というか、冬哉はマイペースだし、麻斗は俺様だし、琉惟に至っては面倒くさがりだし、俺は筋肉馬鹿だしな」
「おっ、なんだ武斗。 自覚あったのか」
麻斗が意地悪くニヤリと笑った。
「ケッ、麻斗の奴、元気ねぇけど、腐っても麻斗だな。
俺はお前が結婚できたことが不思議だ」
「余計なお世話だ」
なんだかんだ言いつつも、村に着いた。
「ところで、まずどこに行くよ?」
「……ん、それは浄水施設」
「なんだよ、琉惟起きてたのか?」
「いや、今起きた」
「うん、昨日健治と話し合った。 詩の第四編は浄水施設に関係しているんじゃないかと。
水というキーワードと、教会の開け方から見て、まず行かなければならないのは浄水場だ。 健治頼む」
マフラーにもぞもぞと顔をうずめる琉惟に変わって、健治が軽く後を引き受ける。
「うん、
〈清らかな真水を讃え
地を這う 無数の水龍達の饗宴
水龍達の鬨の声に
忘れられし地界の入り口は開く〉
清らかな真水を讃えた場所は、おそらく浄水槽がある浄水場のことだと思うんだよね。
で、行ってみないとわからないんだけど、確か用水路がいっぱい通ってたと思うんだ。
琉惟君の話ではその用水路の水をどこかに移動させると、またどこかの道がわかるんじゃないかってさ」
「へえ、じゃあそのせいでこいつ眠いのか?」
「そうなんじゃないかな? 琉惟君以外に研究者肌だからさ」
「そうだな。 興味あることには一直線な奴だったもんな」
昔を懐かしみながら、浄水場にたどり着く。
白い二階建ての建物の外に、浄水施設に水がたまっている。
「おい、琉惟、起きろ! 着いたぞ」
マフラーに顔をうずめていた琉惟が眉をしかめて、起きた。
「武斗、怒鳴らなくても聞こえる」
みんな車から出て、敷地内に入って行く。
「やっぱり入り口は自動ドアだな。 割るか?」
「たっちゃんそんな、乱暴な……」
「裏口を探そう。 職員専用の入り口があるはずだ」
建物の周囲をみんなで探ると、建物の西側に黒い長方形のパネルと黒いドアがあった。
「これどうやって開けるんだ?」
「つまみがありますね。 これを引っ張って開けるみたいです」
パタンっと開けてみると、中には鍵穴のマークが。
「困ったな。 鍵がないと開かないようです」
「ちょっと待てよ。 この鍵穴の上外せるみたいだぞ?」
武斗が鍵穴の周りを覆ているネジを指さす。
「武斗にしてはいい視点じゃないか」
「でも、工具がないと意味ないんじゃない?」
「ふっふっふ、そう思ってよ」
武斗が持っていたリュックから、小さなドライバーセットを取り出した。
「おー! たっちゃん天才!」
「さすが健治わかってるな」
得意げな武斗に皆、一様によくやったと褒める。
「よし、長谷井やってくれ」
「わかりました。 武斗さん貸していただけますか?」
ドライバーのセットを受け取った長谷井は、マイナスドライバーをとって五つのネジを回し外し、カバーを取る。
そこから出て来たのはまた金属板のカバーだった。
「それはそうと、ここ電気通ってんのか?」
「さあ?」
「とりあえず、これも外しますね」
外すと出て来たのは、電気の回路回線と、右側に五つのピンクと緑の石があった。
「なんだこりゃ?」
「回路にはめ込むみたいですね。溝があります」
長谷井はまじまじと観察して、いろんな溝をさした。
「でもこれも、謎みたいじゃない? だって全部の回路を走らせるなら、石の数がたりないよ?」
冬哉が覗き込みながら言う。
「そうですね。 どうやら回線のなかに不必要な配線があるようです」
「あっ、長谷井っち。 ここになんか書いてあるよ?」
「読んでくれますか?」
「うん、『鍵の紛失、緊急時による、ドアの開錠の仕方について。
職員へ、トルマリンを回線に組み込んで、正しく電気を流すことによってドアの鍵の開錠が行えます。
配線は最終的に二本のものになるように設定する。
また電気を通す場合は、スイッチランプを確認すること』だってさ」
「右下に発光ダイオードとスイッチがありますねこれの事でしょう。
試しに石を適当に置いてみましょう」
長谷井は最初に配線を指で辿って、幾通りか考えをまとめてから、最終的に四本になるうちの右端と、左から二本目の溝にトルマリンをはめこんだ。
配線が複雑に並ぶ場所に一つ。
最後に配線が伸び始めた四本のうち、基点からすぐの四本のうち上から一番目と二番目の溝にトルマリンをはめる。
そしてスイッチを入れる。
電気が流れて配線が青と赤に色づけされる。
「ふむ、琉惟さん。 どう思いますこれ?」
「うん、たぶん長谷井さんが考えてるのと同じだと思う。
つまり配電盤のランプが点灯するように並べないといけないと思う」
「確かに。 でもこれよくみると、一つの配線に二種類の色が走ってるんですよね。 だから少し特定するのは時間がかかりそうです」
「そうか……どうするかな?」
「このまま待ってても時間がすぎるだけだしね」
「そのために、長谷井さんと俺がパソコン持って来た」
「琉惟、もしかしてパソコンで解けるのか?」
「そんなわけない」
呆れ顔でため息までつく琉惟は、荷物から黒い四角い物と小さな長方形を取り出した。
「それは?」
「男爵が送ってきた。 ご丁寧に着払いで。
黒いのが長時間もつバッテリーで、小さい長方形が電波飛ばせるモデムらしい。 使い方はメールする。
昨日説明を読んでみたけど、この村だけなら余裕で離れてても電波飛ぶはず。 これ長谷井さんに渡す。 俺も同じの持ってるから二つの班に別れよう」
「なるほどねー、その方が効率的だね」
「俺と長谷井さんは連絡係兼知識係だから絶対に別の班。
あと、力仕事をできそうな健治と武斗も別の班。
麻斗と冬哉はどっちかについて。
バランスよく、三人ずつになるように」
「琉惟君のテンション低いね。
麻斗は長谷井君と仲いいから同じがいいんじゃない?」
「そうだな、じゃあ自動的に冬哉は琉惟と同じか」
「じゃあ、僕琉惟君と行くー!」
「馬鹿やろー、それじゃこの前の教会みたいに体重制限があったら、確実に麻斗のチームクリアできねーじゃねえか。
ここは体重的に俺が琉惟のチームで、お前は麻斗達と同じだろ」
武斗のもっともな言い分に、ぶーたれる健治。
「えー、しっかたないなー。 琉惟君の足引っ張ったら駄目だよ?」
「大丈夫だよ健治。 僕が武斗のサポートするから」
にこにこと申し出たのは冬哉だ。
「じゃあ、まず麻斗達はここに残すとして、どこに行く?」
「そうだな、さっきのドライバーセットは武斗もうない?」
「ああ、何個もいらねーって思ったからな」
「じゃあ、ここに置いて行こう。 その代り確か店がどこかにあったはず、そこで必要なものを拝借していこう」
「琉惟、お前って案外度胸座ってるよな~」
「そんなことない。 俺はここに隠された秘密が知りたいだけ」
「そうだろうね、琉惟ってば昔から神殿とか、古代の仕掛けとか、謎とか好きだったしね」
冬哉がなるほどという顔で相槌を打つ。
「あっ、でもそれなら考古学者とかのほうが向いてたんじゃない?
なんで文部科学省に入ったの?」
健治が不思議と言いたげに首を傾げた。
「一つのところで長年研究するよりも、いろんな文化遺産に触れて、いろんな知識を集める方がいいって気づいたから」
「じゃあ、俺たちは車使うぞ? そっちもなんか移動手段考えとけよ。 それと、定期的に連絡する時間決めといたほうがいいんじゃないか?」
「おお! たっちゃんにしては冴えてる」
「健治、お前殴られたいか?」
「一応一時間後に連絡とろう。 その時にまた報告と、連絡時間、または集合時間決めよう」
「あっ、琉惟。 じゃあ僕、我が儘言っていいかな?
五番目の詩が、どうも図書館みたいな印象受けたんだけど、違うかな?」
「いや、たぶん冬哉の解釈であってると思う。 そこ行く?」
琉惟の言葉に「やったー」と喜ぶ冬哉。
「確かに何かしら記録とか、いろんなものが残ってそうだな。
よし、そっちたのんだぞ?」
麻斗の言葉に琉惟チームの面々が頷く。
「まかせとけ、じゃあ早速行くぞ!」
三人が抜けて、麻斗、長谷井、健治の三人がその場に残る。
長谷井は慎重に何度も石をはめたり、外したりして法則性を探していってる。
すでに二十分は経過した。
「あっ、なるほど。 これはここで、こうか!」
何か閃いた長谷井がスイッチを押して、金属板を元通りネジを止める。
カシャ
鍵のまわる音がして、健治がドアノブに手を回すと、不気味な音を立ててドアが開いた。
「おお、長谷井っちすごい! 結局なんだったの?」
「ええ、簡単な話『色』ですよ」
「色? 赤と青の配線?」
「ええ、あの配線には特定の線をつなげて、電気を流すと色がでましたよね?
あの色には二色以外に第三の『色』が隠されていたんです」
「第三の色?」
「はい。第三の色が答えだったんです。 赤と青が混ざると何色になりますか?」
「そりゃ、当然紫だろ?」
麻斗の答えに、麻斗と健治が「アッ」と顔を見合わせる。
「御名答。 その紫色の配線が答えだったんです。
だから紫色になる配線さえ、探して、そこの溝にトルマリンをはめていけば開錠できるという仕掛けなわけです」
「面倒くさいな、誰だよ。 そんな仕掛け考えたの」
「やはりここの研究者たちなのでは?」
「とりあえず、行くよー!」
元気な健治は先頭きって歩く。
まっすぐな廊下はかろうじて、先が見える程度の明るさだ。
左右に二部屋ずつある。
「どこから行く?」
「この場合、案内の看板に従うべきでは?」
長谷井はドアの各上にあるプレートを指さす。
「この部屋は資料室か。 向かいは?」
「向かいは休憩室。 その奥はロッカールーム、その向かいは理事長室になっていますね」
「先に行った方がいいね」
進むと右手に自動ドアが、そしてそこには建物の見取り図が書いてあった。
「長谷井、この図をデジカメに撮っておかないか?」
「そうですね。 あっそれなら麻斗がカメラ係になってくださいよ」
「そうだな。 健治がいじり倒すと大変だ」
「えー、あっちゃんさり気に酷い」
「お前は力仕事係だからな」
「へいへい」
一階には資料室以外は目ぼしい部屋はなかった。
二階に制御室や配電室、パソコン室などが描かれている。
「まずは配電室に行くべきだろうな」
「そうですね。 電気の確認をするべきでしょうね」
「じゃあ、二階にレッツらゴ~」
「……健治、それ今はきっと言わないぞ」
「いーのいーの」
とりあえず、三人で二階に上がって行く。
「配置から行けば、制御室と配電室が南向きで隣合わせになってるから、配電室が手前ですね」
デジカメを確認しながら、長谷井がドアを開けようとする。
ガシャガシャ……。
「やっぱり都合よく開いていたりはしませんよね」
そう言ってため息をつく長谷井。
「そうだな、どこかに鍵を保管している部屋があるんじゃないのか? 研究員がいちいち鍵を持ち歩いたとは考えにくいし」
「そうですね……、って健治さんがいませんが?」
「え? あっ、本当だ……」
一緒に来ていたはずの健治の姿が見当たらない。
「おーい、健治、健治! どこだ?」
階段を上がってきた地点からそう移動はしていない。
ということは一階だろうか?
二人が階段に足をかけたところで、健治が踊り場から二階に上がってきた。
「あれ? 二人とも、もしかして探してくれた?
ごっめーん、とりあえずいいもの持って来たよ?」
健治は得意げにニッと笑いながらチャランっと鍵束を見せる。
「お前、それどこに?」
「うん、場所は確か理事長室だよ? ちょっとお邪魔してきた」
「それにしてもお前よくそんなの見つかったな。
すごいじゃないか」
「だって、二人の足手まといになるわけにはいかないっしょ?
たっちゃんにああ言った手前、俺だって頑張らなきゃ」
へへっと笑う健治に、二人も笑って先を行く。
二人の少し後をついていきながら、健治は少しだけ、後ろを振り返って声に出さずに言った。
「(ありがとう)」
後ろで透けた女の子が笑っていた。
「別段落ちてるわけではありませんね」
配電室のドアを開けて、長谷井が椅子に上り、天井近くのハッチのスイッチを確認する。
「じゃあ、なんなんだ?」
「あれじゃない? ほら、よくお店でも電気は消えてても、非常灯とか、セキュリティ面では電気の回線を別にしてて、いざって時使える奴」
「ああ、確かにな。 じゃあこの配電室の中にその電源があるってことか」
「うん、もともとはなんかの村だったみたいだし、それはあっても不思議じゃないよね」
「健治のいう事ももっともだな。とりあえず、電気付けよう」
「あっちゃん、これじゃない?」
ぱちっ
室内の電灯が着く。
そして隣の部屋に続くドアの横に、「総電源スイッチ」と書かれた箱があった。
それを押すと廊下の明かりがついた。
「それにしても、ただの配電室じゃないんだな。
だってこれ見ろよ。 この村の水路の弁とか、水門だろ?」
壁に広がった、黒いモニターには電気にも電気がつく。
しかし白い線がさまざまにつながり、ところどころせき止めるかのような黄色い線が白線を横切っていた。
「そうですね。 これを起動させて、水を流していけばいいようです」
「でも、ここにはその装置らしきものはないぞ?」
「その装置って、隣の制御室じゃない?」
「じゃあ、麻斗は一応ここに残ってください。 私と健治さんで動かしてきます」
「ああ」
鍵束の鍵をいちいち試して、開錠した制御室で長谷井と健治はさまざまなモニターとつまみがある装置の前に陣取った。
モニターの数は九個、全部に各水門の様子が映る。
「はぁ~すごいね、これ、こんな設備を昭和から作ったの?」
「いや、たぶんカメラやモニターは、後になって付けられたんでしょうね。 とりあえず、マニュアルか何か探しましょう」
ごそごそと探していると、長谷井がマニュアルを発見した。
「ふむふむ、なんとなくわかりました」
「長谷井っち、俺やるよ。 何すればいい?」
「ちょっと気になる項目があるんで、それを読み上げるのでちょっと聞いてください。
『各水路の水嵩が増した場合、もしくは地下水路の水量が足りなくなった場合の水の移動の仕方、赤いつまみを四の位置に、黄色いつまみを二の位置、T字レバーを下す。
すると水門の場所に水が集まる。 後は水門を明ければ例の水路に水が流れる仕組みだ』となっています。
健治さんやってみてください」
「わかった、これでいいのかな」
健治は長谷井が言った通りに操作する。
すると、モニターの水路の水が一斉に流れ始めた。
そして右端のモニターに、手動式らしい大きな車輪型のバルブが着いた、緑青色の水門の水嵩が急激に増しているのを見つけた。
「これがどこなのいか、さっきの配電室で確認しましょう」
そう言って配電盤前に立っていた麻斗に、声を掛ける。
「麻斗、制御室でちょっと動かしたんですが、何か変化はありましたか?」
「ああ、あったぞ? 水門が一か所を除いて全部開いたようだ」
そう言って麻斗は村の東を指さす。
ほとんどの水門は黄色い線が消えて、その東の水門だけ光が灯っている。
「ここに行ったらいいかもね」
「そうですね。 ここまでどれくらい時間がかかるでしょうか?」
「おお、そうだ。 確か、ここから近いところに自転車屋さんがあったぞ?」
「拝借させていただきましょう」
長谷井が極めて丁寧な口調で強調した。




