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幻想古事奇譚  作者: 土師 陵生


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ナカの皇子

 ナカの皇子(みこ)


 多氏の長子として、入鹿(いるか)と土師(はじ)氏の為(な)していくそのすべてを間近で見ていた皇子は、ただ圧倒(あっとう)されていた。

 そこには、辺境のクニを制圧して従えようなどという小賢しい野心など微塵(みじん)もなかった。ただひたすらに、目の前の地を豊かにし、民を飢えから救い、ヤ(・)マ(・)ト(・)を広げてそこを東の拠点として完成させようとする、純粋で圧倒的な実務の情熱だけが燃え盛っていた。

 自分がどれほど血筋を誇り、どれほど厳かに神事を執り行って威圧しようとも、決して靡(なび)くことのなかった土着の民たちが、満面の笑みで入鹿を称(たた)え、進んで彼らの馬を引いている。自分たちの一族が、旧来の武力と祭祀だけではどうしても成し遂げられなかった不可能な統治を、この同世代の男は、馬と水田という圧倒的な実務の力で、あまりにも鮮やかに、美しく進めていく。


 高台から黄金に染まりゆく新田を見下ろす皇子の胸に、激しい感情が突き上げていた。

 それは嫉妬やその力を我が物にしようとする企みでは決してなかった。それを遥かに超えた、ただひたすらに純粋な、入鹿という一人の男への憧れと、眩しすぎる才能への羨望(せんぼう)であった。

ーこの男の創る世界を、もっと見ていたい。この男の隣で、その鮮やかな手腕を学びたいー

 少年のように澄んだその渇望は、もはや抑えきれなかった。

 入鹿の仮屋を訪ねた皇子は、並み居る豪族たちの前で、自ら進んで入鹿の前に立った。多氏の長子としての面目を捨て、その瞳にはただ、憧れの存在を真っ直ぐに見つめる純粋な熱が宿っている。

「入鹿殿。我が多氏が手あぐねたこのヒ(・)タ(・)チ(・)を、そなたはわずかな期間でヤ(・)マ(・)ト(・)の東の拠点へと造り替えてしまった。見事というほかない。」

 入鹿は静かに一礼した。

「もったいないお言葉。すべては、イ(・)ズ(・)モ(・)の智慧(ちえ)と土師の力、そしてこの地の民の尽力にございます」

「謙遜(けんそん)するな」

 皇子は首を振り、切(せつ)なる眼差しで入鹿の目を見つめた。

「そなたがこの地で見せつけた奇跡に、私は心底、魅了されたのだ。武力や祈りだけでは届かなかった民の心が、そなたの手にひかれて一つになっていく……。私は、そなたのその鮮やかな姿をもっと近くで見たい。そなたの行く道の先を、共に歩ませてくれ」

 皇子は、自らの意志で手を差しのべる。

「私をヤ(・)マ(・)ト(・)へ連れて行ってくれ。そなたと共に都(みやこ)へ行きたい。我が願いどうか聞き入れてほしい。」

 それは多氏の長子としての命令でも野心でもない。入鹿の圧倒的な手腕と輝きに魅了された一人の若者の、純粋な願いであった。

 入鹿は皇子の曇りのない瞳に一瞬、驚きに目を見開いたが、すぐに優しく、しかし確固たる笑みを浮かべ、その手をがっしりと握り返した。

「御意にございます、皇子。我らのヤ(・)マ(・)ト(・)へ、共に帰りましょう」

 祖父から父へ、そして入鹿へと受け継がれる馬とイ(・)ズ(・)モ(・)の志がヒ(・)タ(・)チ(・)をヤ(・)マ(・)ト(・)の強固な拠点へと造り替え、その眩いほどの手腕は、皇子の心を純粋な憧れによって完全に射抜いた。この後彼らは、ヒ(・)タ(・)チ(・)の富を携えてヤ(・)マ(・)ト(・)へと帰還する。

 運命の歯車が音を立てて手回り始めるのに気づくこともなく。

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