東国にて
東国にて
「太郎よ、東の果て、ヒタチへ向かえ」
甘樫丘の邸で、大臣毛人は重々しく惣領に命じた。
「私がケノやムサシを拓いたように、お前はその先ヒタチへ行き、ヤマトの東の拠点とするのだ。すでにムサシには、私が土師らと共に築いた埴輪づくりの拠点がある。そこを足がかりとし、ヒタチをヤマトに引き入れるのだ。」
「しかし、父上、そこにはすでに多氏が入っておるのではないのですか。」
「うまくいっておらぬから、そなたがせよと言っておるのだ。東国の者たちに武力では勝てぬ。祝詞も皇尊の権威も効かぬ。フサを拓いた忌部のように、新たな実りをもたらさねば靡く道理もない。多氏などにできる仕事ではないのだ。」
祖父・馬子から父・蝦夷へと受け継がれてきた馬の繁殖。そして、ムサシの埴輪拠点から川を下り、カトリの海へと土師の技術集団を伴って東へ進む若き蘇我太郎(入鹿)を待ち受けていたのは、極めて複雑なヒタチの勢力図であった。
その川向かいには、黒潮を辿って北上してきた阿波忌部氏が遥か昔よりすでに強固な拠点を築き、麻の栽培や独自の開拓を進めていた。そしてヒタチのナカには、皇別の名門であり、ツクシのナカから移ってきた多氏が、この地に入植して久しい。だが彼らは争いこそせぬものの、孤立して立ち往生している。
多氏の一族は、神武の正統を誇り、武力と祭祀をもってこの地を支配しようとしていた。しかし、いくら兵を誇示し、神々の祟りを恐れさせて祈りを捧げようとも、荒々しい土着の民の警戒心を解くことはできず、開拓は行き詰まり、ただ停滞の空気が漂っていた。
「名門の誇りや神話の権威だけでは、この大地は拓けん。土着の民が真に求めるのは、明日を生きるための新しき力だ。」
イズモは常にそうしてきた。そうであるがゆえに、大国主と讃えられるほど、多くのクニを拓き、ヤマトへと引き入れてきたのだ。
入鹿が常陸に持ち込んだのは、広大な原野を縦横無尽に駆け巡る馬による圧倒的な物流の足、そして、土師連が携える、水田造作技術と土と木と鉄の加工技術であった。
土師氏の指揮のもと、多氏が手あぐねていた湿地帯が次々と豊かな水田へと姿を変えていく。それまで原始的な狩猟や粗末な畑作に頼っていた土着の民にとって、膝をつき、共に泥にまみれながら圧倒的な実利をもたらしてくれる入鹿の姿は、驚天動地のものであった。新たな実りをもたらすものに、靡かぬものはいない。そして、その地には鉄があった。




