弑逆
弑逆
群臣が居並ぶ朝議が終わろうとする頃、大王が、突如として声を上げる
「朕は、任那を復興したいと思う!」
突然の宣言にざわめく群臣。大臣も目を細め、怪訝そうに大王を見る
「それはみなの願うところ、大王の仰せの通り、できうるなら任那の宮家を建てるべきではありましょう。」
「ですが、難題でございますぞ。新羅は言うて聞かせて従うものでもなく、何度使いを送っても徒労に終わっております。」
「それは、生ぬるいからであろう。兵を送り、新羅を討てば良かろう。」
「それは、なりませぬ。新羅を討つは高句麗に利するだけのこと、そうなれば、新羅はもとより百済も危うく、下手をすればあっという間に彼の地は高句麗に呑まれますぞ。そうなれば我らとて対岸の火事と呑気に構えてはおられぬことになる。断じてなりませぬ。」
頭から否定されて不満そうな大王ではあったが、言われれば何も言い返せない。
しばらくして、朝議の場がまたぞろ騒がしい。
「ツクシが騒いでおる、奴らだけでも兵を出すと息巻いておるそうではないか。」
「どうにも、大王の任那復興の噂が、伝わっておるようじゃ。不用意な物言い、困ったものよ。」
「しかしツクシの暴走は抑えねば!」
「どうやって抑える。磐井の乱の二の舞はごめんじゃぞ。」
紀男麻呂、巨勢猿臣、大伴噛、葛城烏奈良を将軍にたてた二万の軍勢がツクシを抑えにゆく。あの磐井の乱の教訓は互いに生きている。
それでも三年を越えての駐留を余儀なくされるのである。ツクシにとって新羅による任那の併呑は、わが身を引きちぎられる苦しみである。その痛みはヤマトの感じるものの比ではない。
だが、そのような都合にしたところで、永く北からの侵攻を受け続ける百済や新羅にとっては、任那復興など世迷言でしかない。
献上された猪の首を、大王が無言で見つめている。その目は、日に日に焦燥と狂気に満ちていく
「……いつの日か、この猪の首を斬るように、あの憎い者を斬ってやりたい」
ひそかに武器・甲冑を宮に集めているつもりの大王であったが、その動きは、すぐに大臣の耳に入る。
ーあの御方は、何をしでかすつもりであろうか。私兵を集めて新羅に送るつもりでもあるまい。ならば、我を斬れば皆言う事を聞くとでも思うておるのか?愚かな事を。ー
額田部皇女の館、大臣が火急の用として参じている。
「大王が兵を集めておるようでございます。狙いは、おそらく我。あるいは御身も危ういかも知れません。大伴らが居らぬ今が好機とでも思うているとすると、われらも急がねばと。」
「義弟とは申せ、愚かなことじゃ。何もできぬのが歯痒いのであろうが、大過なく過ごしておれば、不自由もなかろうに。」
「他に選びようもなかったとはいえ、浅はかなことでございました。」
「過ぎたことを悔やんでも詮無い。今はあれをどうするかじゃ。」
「退かせることができぬ以上、除く他ありますまい。」
「手立ては任せるゆえ、主立ったものには知らせよ。手を穢す者には後々禍根を残させぬように。」
東国の調を献ずる儀式が、その時に選ばれる。
東漢直駒とその郎党を忍ばせ、東国の品に大王の気が逸れたところを、凶刃が襲う。
「……お許しを、大王」
大王が殺害されるという、国家の一大事とは誰一人騒がぬうちに、血の穢れは始末され、何事もなかったかのように日常が続く。
あとを継ぐ大王は、額田部皇女、そしてあの厩戸皇子を摂政として。それに異を唱える者は誰一人いない。
磐井の乱は、百済による伽耶の一部統治を認めたヤマトに対して、ツクシが起こした反乱でした。自分たちの一部を勝手に売り飛ばされたと知ったツクシが怒るのも当然です。新羅にしたところで、夫婦同然の同胞の地域を勝手に処分されたと思えば、全部取られる前に残りは取り込んでしまおうと思うのもこれまた当然と言えるでしょう。これを歴史書は、新羅討伐のために出した兵をツクシが妨害したと書きます。
最初に行ったのは、ごく少数の使者たち、これをツクシが取り囲んで苛んだため、物部麁鹿火まで送ってこれを鎮圧するまでに至ってしまいます。
大王が任那再興を宣旨したのなら、お墨付きを得たとツクシが単独でも挙兵しようとするのはこれも当然といえます。しかし、それはヤマトから見れば暴挙でしかありませんでした。




