最期
それは異様な行軍であった。
5人の皇子を衛る重臣たち。大臣自らを筆頭に、 大伴噛、紀男麻呂、巨勢比良夫、膳賀布、葛城烏那羅、 阿倍人、平群神手、坂本糠手、春日臣と後世にまで伝わる。戦いのためではない。事の顛末の証人として彼らは河内渋川に赴くのである。
最期
固く閉ざされた稲城の防壁を前に、五人の皇子たちはそれぞれの意地と野心を胸に、順番に進み出て物部守屋の説得を始める。
最初に進み出たのは、最も年長の泊瀬部皇子である。
「大連物部守屋! 欽明の大王の正統なる血を引くこの私が直々に参った! 我に従い、朝廷へ戻るのだ!門を開けよ!」
泊瀬部が声を張り上げた途端、防壁の隙間から一斉に矢が放たれ、泊瀬部の足元に突き立つ。
「お前など呼んではおらぬわ、いね!」
守屋の姿は見えず、ただ容赦ない拒絶の矢襖に、泊瀬部は命からがら悲鳴を上げて引き下がるしかない。
次は、難波皇子、そしてその同母弟の春日皇子の二人である。
「大連よ、我が兄敏達の大王の御代を忘れたか! 我ら兄弟の言葉を聞け!」
二人が堂々と叫ぶ。だが、先ほどよりも激しい矢の雨が二人を襲う。盾を持った護衛の兵たちが必死に防ぐなか、難波と春日もまた、交渉の余地すら与えられずに惨めに追い返されてしまう。
自ら立った皇子たちが次々と矢を射かけられ、追い返されるなかで、自ら彫った白膠木の像を掲げて、厩戸皇子が、静かに一歩前へ進み出る。
皇子は怯む様子も見せず、守屋のいるであろう方を真っ直ぐに見つめ、その瑞々しくも張り詰めた声を渋川の里に響かせた。
「大連よ。これが仏です。お分かりか?」
陣屋の嬌声が止み、不気味な静寂が訪れる。
「仏とは、この木像の如き形代そのものではないのです。それは、姿見せぬ神と同じ。ただ違うのは、人の心に、正しき姿をもって顕形することのみ。仏を祀るは、神を捨てるに非ず。」
「私はここに寺を建てましょう。そして、貴方様がここで、この仏を祀るというならば、我らとともに戻ること叶うでありましょう!」
誰もが耳を疑った。仏教を他国の怪しき神として最も激しく排斥し、仏像を川に投げ捨ててきた張本人に向かって、仏を祀るなら赦すと言い放ったのだ。
しかし、この意味するところを守屋だけが解した。いや、解したというよりも、この言葉の奥に、馬子の心を見た気がしたというべきだろうか。
ーあの声は誰だ、馬子が来たのか?ー防壁の奥でじっと身を隠していた守屋の心が、ついに動いた。
何かに憑かれたかのように、守屋は防壁の上へ、ふらりとその甲冑に身を包んだ姿を現したのである。
この皇子が守屋の説得をし遂げてしまうのか?なんということだ!
皆がそう思い、動きを止めたその刹那、いずこからか一筋の矢が放たれ、守屋の胸を貫いた。
皇子が驚き振り向いたそこに、すでに弓をはずして立っていたのは迹見赤檮であった。
「なぜ射た!」
赤檮は不敵な笑みを浮かべて皇子を見る。
「まさか、大王になろうと思うておられたのではありますまい。」
「思うものか、私とて、声が届くとは思わなんだ。だが守屋は動いたではないか。」
「意外に浅慮でございますな。かほどの英雄を誰もただでは置きませぬ。残念ながら、手柄をおたてになるのは皇子にはまだ早過ぎまする。」
「手柄などどうでもよいではないか。守屋を救えたかもしれぬのに。」
「あれを救うてどうされます。人は変わりませぬぞ。これでよいのでございます。では、いずれまた。」
大臣の火急の報が都に届く。
「守屋を討ち取りましてございます。手柄は迹見赤檮と申すもの、彦人大兄の舎人でございます。」
「誰も説き伏せられなんだか。」
「それは…、厩戸皇子が…」
「なんじゃ、どういうことじゃ。」
「厩戸皇子が仏になにやら願をかけましたところ、守屋が姿を現し、そこに間髪を入れず射殺したとのこと。」
「仏の導きということか。」
「そのようなことかと。」
「困ったことじゃ、それでは誰を大王にするか、決まらぬではないか。」
「泊瀬部皇子でよろしいかと、大臣がそのように。真っ先に立たれたからにございましょう。他に依存もありますまい。」




