推挙
推挙
「お待ちくだされ! ここに、もうお一人、適任たる御方がおいでになります!」
押坂彦人大兄皇子が降り、泊瀬部皇子と難波皇子に決まるかと思われたが候補の人選に、異を唱える者がいる。この二人の器で守屋を説得できるとは誰一人思っていない。守屋の血が流れるのを想い、あるものは身震いする。その群臣の中から一人の老臣が声を上げた。その窶れた指先が示すのは、まだ十四歳の少年――用明帝の遺児、厩戸皇子であった。
「我の推しますは、厩戸皇子にございます。若年にあらせられますが、その聡明さと深い学識はすでに群臣の誰もが知るところ。大連とて、この瑞々しく穢れのない若き皇子の説得であれば、あるいは頑なな心を溶かし、説き伏せられるやもしれませぬ!」
その驚くべき提案に、朝堂は静まり返る。
大王になるにはあまりにも若い。それでもあの二人に比べればと思わせてしまう少年ではある。これほど混迷した状況であれば、かえってその無垢なる才に賭けてもよいのではないか、という奇妙な説得力が場に染み渡る。
思いもよらぬ推挙を受けた厩戸皇子は、困惑したように細い眉をひそめ、しばらくの間、深く沈黙した。何故に年端も行かぬ我を推すか。
「……私のような若輩者が、朝廷の宿老たる大連を説得できるとは到底思えませぬ。これは、大王の座をかけた試練でございましょう。私は未熟に過ぎるというもの。」
厩戸皇子は静かに首を振り、推挙を拒絶する。しかし、周囲の群臣たちは口々に、「いや皇子の才ならば」「どうか我らを救うため」とすがりつく始末である。泊瀬部や難波は、もてはやされるこの少年に、何やら面白くはないが、対立候補にもならぬ子供がついてくることをさほどの気にも留めない。
四方からの視線と圧力に囲まれ、これ以上の拒絶は無駄と悟った厩戸皇子は、小さくため息をつき、静かに目を伏せた。
「……皆々方がそこまで仰るならば。大王の座など私には遠きものにございますが、泊瀬部、難波の両皇子たちをわずかなりともお支えするならば、渋川の地へ赴くことをお請けいたしましょう。」
皇子が渋りながらも同行を飲んだその刹那、御簾の奥で、別の感情が激しく揺さぶられる。額田部皇女には、厩戸皇子と齢の近い竹田皇子がいる。もし、ここで厩戸が同行し、万が一にでも守屋を連れ戻せばどうなる。次の大王と言わぬまでも、いずれ大王の座は厩戸のものになる。この機を逃せば我が竹田には、もはや世に出る手がかりすらなくなってしまう。
母としての情念が額田部皇女の中で激しく湧き上がる。ついに、皇女は声をあげた。
「大臣、そして群臣たちよ。若き厩戸がその身を賭して渋川へ赴くというのなら、竹田もまた、ただ座して待たせるわけにはいかぬ。竹田よ、そなたも皇族の誇りを抱き、この同行の列に加わり、大連の説得を見届けるのだ。もし……もし説得が失敗し、守屋を討つ事態となったなっても、その戦列に加わり、朝廷の正義を示す一翼とせよ、よいな。」
それは、我が子を想う一人の母の叫びであった。




