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幻想古事奇譚  作者: 土師 陵生


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対峙

対峙(たいじ)


 橘豊日(たちばなのとよひの)尊(みこと)(用明天皇(ようめいてんのう))が病床(びょうしょう)に臥(ふ)せてから、もう幾日(いくにち)にもなる。磐余(いわれの)池辺(いけべの)雙槻宮(なみつきのみや)に程近(ほどちか)い合議(ごうぎ)の館(やかた)で、中臣連勝海《なかとみのむらじかつみ》の顔(おもて)は、焦燥(しょうそう)に歪(ゆが)んでいた。その前(まえ)には、大連(おおむらじ)物部守屋(もののべのもりや)が、大臣(おおおみ)蘇我馬子(すがのうまこ)と対峙している。


 大連(おおむらじ)に促(うなが)され、勝海(かつみ)がよく通(とお)るその声(こえ)をあげる。

「嶋(しま)の大臣(おとど)よ、先帝(さきのみかど)に続(つづ)き、またも大王(おおきみ)が瘡(かさ)に伏(ふ)せられたるは、誰(だれ)の所業(しょぎょう)故(ゆえ)にてありや?先帝(せんてい)より廃仏(はいぶつ)せよとの詔(みことのり)ありしが、不貞(ふてい)にも密(ひそ)かに仏(ほとけ)を祀(まつ)りたるものありと聞(き)き及(およ)ぶ。その真偽(しんぎ)や如何(いかん)?」


 大臣(おおおみ)は静(しず)かに笑(わら)った。

「はて、密(ひそ)かにとは、妙(みょう)なことを申(もう)される。我(われ)ひとり、ただ仏(ほとけ)を拝(おが)むは許(ゆる)すと、宣旨(せんじ)をいただいておるではないか。なにゆえに不貞(ふてい)を問(と)われねばならぬ。」


「言葉(ことば)を選(えら)び違(たが)えるな、中臣(なかとみ)よ!なにが密(ひそ)かにだ、尼(あま)などはまだおるし、皇子(みこ)まで主(ぬし)の寺(てら)に出入(でいり)りしておるというではないか、それを独(ひと)りで拝(おが)んで居(お)るなどと、どの口(くち)がほざくか!」

大連(おおむらじ)が激高(げっこう)する。


「尼(あま)などは、寺(てら)の始末(しまつ)をさせているにすぎぬ、それに、皇子(みこ)が仏(ほとけ)を拝(おが)みにこられるなどと、おかしなことを申(もう)されるな。厩戸王(うまやどのおう)は聡明(そうめい)なお方(かた)なれば、新(あたら)しきこと、大陸(せかい)のことなどを学(まな)びに来(こ)られておるだけじゃ。まあ、仏典(ぶってん)をお読(よ)みになられるのを拒(こば)んだりはしておらぬがな。いや、あの齢(とし)であの量(りょう)の書物(しょもつ)を読(よ)みこなされるのは、見ておっても頼(たの)もしい限(かぎ)りじゃの。」


「話(はなし)を逸(そ)らすな!我らは、主(ぬし)の行(おこな)いが、大王(おおきみ)の病(やまい)を招(まね)いておると責(せ)めておるのじゃ!」


 大連(おおむらじ)がそこまで言(い)いかけたところに、慌(あわ)ただしく宮(みや)からの使(つか)いが闖入(ちんにゅう)する。

「大王(おおきみ)が、お二方(ふたかた)をお呼(よ)びにございます。直(ただ)ちにと。」

すわ一大事(いちだいじ)かと、場(ば)に緊張(きんちょう)が奔(はし)る。


 大王(おおきみ)が、急(いそぎ)ぎ参内(さんだい)する二人(ふたり)を静(しず)かに見(み)つめる。

「ここにまで聞(き)こえておったぞ。」

「恥(は)じ入(い)りまする。」

「よい。そのことで呼(よ)んだ。」

 二人が固唾(かたず)をのむ。

「我(われ)はもう長(なが)くない。その前(まえ)に言(い)っておくべきことがある。」

「何(なに)を弱気(よわき)なことを、必(かなら)ずや良(よ)くなられまする。お気(き)を強(つよ)く持(も)たれませ。」

「兄(あに)に会(お)うたのじゃ。夢(ゆめ)であろうがの。それで悟(さと)ったのだ。」

大王(おおきみ)の眼(め)から、つと涙(なみだ)がこぼれる。

「死(し)ぬ前(まえ)に、我(われ)は三宝(さんぼう)に帰依(きえ)したいと思う。お前たちはどう思うか。」


「御心(みこころ)のままに、なさいませ。」

大臣(おおおみ)は深々(ふかぶか)と頭(こうべ)を垂(た)れる。

大連(おおむらじ)には言葉(ことば)もない。


 退くなり、大連が吠え立てる。

「大王は病(やまい)で気が蝕(ふ)れておるのじゃ、ならぬ、ならぬぞ、大臣よ!」

「何と不敬な物言いじゃ、気が蝕れておるのはそなたのほうであろう、正気に戻られよ!」

「おのれ、愚弄するか!神を捨てるなど正気の沙汰(さた)ではないというておるのじゃ!」

「捨てるなどとは言っておらぬ。ただ三宝に帰依すると申されただけではないか。仏法を奉(ほう)じたとて、神を捨てることにはならぬ。」

「訳(わけ)が分からぬ、神より仏が上ならば同じことであろうが!」

「仏には上も下もない。ただ理(ことわり)があるだけじゃ。神もその内(うち)に居(お)る。」

「詭弁(きべん)を弄(ろう)すな、話にもならぬ。」


 退出する二人の言い爭(あらそ)う声を聴きながら、大王がつぶやく。

「浅(あさ)いのう大連(おおむらじ)は、あとのことは頼(たの)みましたぞ、嶋(しま)の大臣(おとど)よ。」

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