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幻想古事奇譚  作者: 土師 陵生


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仏教公伝

百済は足掻いていた。常に侵略と内紛に弄ばれ、安息を許されぬ国。中華が再び乱れ、その緩衝地であった楽浪・帯方の両郡がなくなったいま、泰然と控える倭をおいて、彼らが結べる相手はいない。彼らを見下さず、服さぬ新羅を抑えてくれるかもしれない倭と結ぼうと、ヤマトに貢物を送り続け、しがみつこうとしていた。

仏教公伝(ぶっきょうこうでん)


 二上山(ふたかみやま)の稜線(りょうせん)に陽(ひ)が沈(しず)む頃(ころ)、山麓(やまふもと)の土(つち)と水(みず)の匂(にお)いの立(た)ち込(こ)めるなかに、一人(ひとり)の男(おとこ)が立(た)っていた。蘇我稲目(すがのいなめ)である。

 彼(かれ)の足元(あしもと)には、代々(だいだい)培(つちか)ってきた緻密(ちみつ)な土木技術(どぼくぎじゅつ)によって築(きず)かれた強固(きょうこ)な堤防(ていぼう)と、見渡(みわた)す限(かぎ)りの青々(あおあお)とした水田(みずた)が広がっていた。かつて高祖(こうそ)満致(まち)が朝廷(ちょうてい)の財(ざい)を預(あず)かる三蔵(みつくら)の鍵(かぎ)を握(にぎ)って以来(いらい)、蘇我(すが)は常(つね)に富(とみ)の生み出し方を知っていた。稲目(いなめ)はその技術(すべ)を東国(とうごく)へと広(ひろ)げ、朝廷(やまと)の直轄地(ちょっかつち)である屯倉(みやけ)を次々(つぎつぎ)と打(う)ち立(た)てていった。

 それは国家(こっか)の富(とみ)の源泉(げんせん)を増(ふ)やしながら、遠(とお)く東(ひがし)の国々(くにぐに)をヤ(・)マ(・)ト(・)の経済体制(けいざいたいせい)の下(もと)に組(く)み込(こ)んでゆく、静(しず)かなる征服(せいふく)でもあった。

「力(ちから)は儚(はかな)い。富(とみ)とその源泉(げんせん)こそが永(なが)い。」

 その稲目(いなめ)の前(まえ)に、百済(くだら)の聖明王(せいめいおう)から仏像(ぶつぞう)と経典(きょうてん)が届(とど)く。


 ―戦(いくさ)に明(あ)け暮(く)れる百済(くだら)などには、この教(おし)えなど何(なん)の役(やく)にも立(た)たぬのであろう。ただ中華(ちゅうか)から下(さ)げ渡(わた)された雅(みやび)な装飾(かざり)程(ほど)の価値(かち)しか認(みと)めておるまい。だが、この仏法(ぶっぽう)というものは、われらにこそ役(やく)に立(た)つものかもしれぬ。―

 新羅(しらぎ)もそれがわかっているのであろう。先(さき)んじてこれを国教(こっきょう)とし、国(くに)を束(たば)ねるのに功奏(こうそう)している。


 ―これまでは、この大八洲(おおやしま)の統一(とういつ)のために、多(おお)くの部族(ぶぞく)の祭祀(さいし)を受(う)け入(い)れてきた。その結果(けっか)がどうか、八百万(やおよろず)の神(かみ)ができ、その祀(まつ)り方(かた)もてんでにばらばらで何(なん)のまとまりもない。先立(さきだ)つもののないヤ(・)マ(・)ト(・)に至(いた)っては、主祭神(しゅさいじん)すら心許(こころもと)ない。

 いずれの神(かみ)ももとは同(おな)じと、これらを一(ひと)つにまとめあげるには、仏(ほとけ)がその法(ほう)を示(しめ)すのに様々(さまざま)に顕形(げぎょう)するという仏法(ぶっぽう)ほどすぐれたものはない。人(ひと)の業(ごう)を戒(いまし)め、戦(たたか)いの虚(むな)しさを説(と)くのも良(よ)い。これはまるで、我(われ)らのために現(あらわ)されたようなものではないか。われらはもっとこれを学(まな)び、使(つか)わねばならぬ。―


 だが、それを解(かい)さぬ者(もの)たちがいる。筆頭(ひっとう)は大連(おおむらじ)物部尾輿(もののべのおこし)である。

「異国(いこく)の神(かみ)を受(う)け入(い)れるなど、その国(くに)に下(くだ)るのと同(おな)じことではないか!そのような売国(ばいこく)は国神(くにがみ)の怒(いか)りを買(か)うのみであろう。」


 仏教(ぶっきょう)を、他(ほか)の宗教(しゅうきょう)と同(おな)じ神(かみ)への服従(ふくじゅう)とはき違(ちが)えてしまえば、そう思(おも)うことは道理(どうり)である。しかしそこに神(かみ)はなく、強制(きょうせい)もない。ただ人の倫(みち)が、そして仏(ほとけ)の高(たか)みに至(いた)りたくば私心(わたくしごころ)を滅(めっ)して修行(しゅぎょう)せよと説(と)かれるのみである。


 物部(もののべ)は、太古(たいこ)の昔(むかし)から、狩猟(しゅりょう)のための石器(せっき)を作(つく)り、後(のち)には武器(ぶき)を作って武門(ぶもん)となった一族(いちぞく)である。彼(かれ)らにとって、殺生(せっしょう)を咎(とが)め諍(いさか)いを憐(あわ)れむ仏法(ぶっぽう)の説(と)くところは、彼らの存在(そんざい)への全否定(ぜんひてい)としか受(う)け取(と)りようがない。武(ぶ)を徹底(てってい)して嫌(きら)う蘇我(すが)が、どこからであろと貪欲(どんよく)に技術(ぎじゅつ)を蒐集(しゅうしゅう)し、屯倉(みやけ)を広(ひろ)げて国(くに)を富(と)ませ、その実力(じつりょく)で政(まつりごと)の采配(さいはい)をふるう様(さま)も、彼我(ひが)の差(さ)を際立(きわだ)たせる。

 伝統(でんとう)を守(まも)り、内政(ないせい)を守るという、大義(たいぎ)だけが、武力(ぶりょく)に縋(すが)るほかの拠(よりどころ)を持(も)たぬ者にはあった。

皮肉にも、稲目が寺を建てた直後、都に疫病が蔓延する。

「それ見よ!仏などを祀るから神の怒りを招いたではないか!」

 尾輿は激昂し、蘇我の寺を焼き払い、仏像を難波の堀江へと投げ捨てた。

 古の一族と新たに招かれた者との間に刻まれた深い溝は、そのまま次の世代、蘇我馬子と物部守屋へと受け継がれる。


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