朱き航路
朱き航路
アキからの使者を迎え、バタバタと大航海への支度を始めたイトの港に、やにわに東から巨大な帆船が近づいてくる。
ごくたまに、西の海でそのような巨船に出くわしたことはあったが、躊躇いなく東からくるその威容に圧され、すわ一大事と半腰になったイトの首領に向き合うアキの使者が、平然とした面持ちでその方角に目を配る。
「おう、来たか。」
それは、タジマに居ついたあのシラから来た男が携えてきた図面をもとに作らせた中華仕込みの帆船であった。その巨躯はあざやかな朱に塗りあげられている。
「我ら、あれで行くのじゃ。」
イトの首領の腰が砕ける。
「いつの間に、いつの間にあんなものを仕立てておったのだ?」
「我らが主は、天照すお方。一片の抜かりもござらん。」
アキの使者はククッと笑うと、やおら立ち上がる。
「さて、参ろうぞ。」
出帆するや、並み居る小舟を見る見るうちに引き離し、いつもなら寄るイキもツシマも素通りして、カヤの港で補給をしたのち、すぐさま帯方郡へと舵をきる。
いきなり現れた朱をひけらかす大船に驚く帯方郡の役人たちは、これが人伝手にしか聞いたことのない倭人の本国からの使者であるというのににまた驚き、倭とはまことに噂以上の大国であったかと、皇帝への謁見を一も二もなく応諾する。
整然と居並び見送る彼らの姿を船端で見下ろしながらナシメが、またククッと笑う。
「小気味よいの。こけおどしも効くものじゃ。」
トシグリは呆れ顔でナシメを見る。
「ヌシはどこまで肝が据わっておるのだ。これから皇帝とやらに会うというのに、恐ろしゅうはないのか。」
「皇帝だろうが、しょせんは人よ。利に敏ければ我らの思惑通りに動いてくれるであろう。なに、わしには、われらが主のほうがよほど怖い。」
「よほど怖いか。確かにな、まことどこまで見通しておるのやら、底が知れぬお人じゃ。」
こうなることを見越して、ヤマトを仕立て、帯方郡の主がかわれば間髪をいれず大船まで仕立ててその本国にまで使者を送り、あろうことか、平伏するでもなくさも大国のふりをして和を結び、ともに半島を均そうなどと嗾ける。船の朱が真の丹であることを吹聴しておくのも忘れていない。
およそ人のやれる所業ではない。そんなことを平然と為す主のそばに仕えていれば、確かにほかに怖いものなどなくなるのかもしれぬ。トシグリはブルと身震いすると、船底に敷いた藁に潜り込んだ。
はるか行き着いた洛陽の都で彼らを待っていたのは、思わぬ歓待であった。
朱塗りの大船をしつらえたコケ脅しもあるが、半島の平定を共通の利とする強国が現れたからには、手を結ばない理屈はない。魏自身としてもまだ手に入れたばかりの国で、各所に憂いを抱えている。半島の北と南に憂いを抱えるその一方を挟撃できるだけでも、存分の利がある。多少の疑いはあっても、遠い海の向こうの国である。だまされたとて、脅威になることはない。事は恐ろしいほどアキ書いた筋書き通りに進む。




