月下の夜襲 ―鉄の煌めき、石の闇―
月下の夜襲 ―鉄の煌めき、石の闇―
「やはり戦わずして勝つことはできなんだか。」
「相手が悪うございましたな。」シイネツが臍を噛む。
「仕方ない。戦って勝とう。」
決戦の夜。雲一つない夜空に三日月が浮かび、イコマの峰々を青白く仄かに照らしている。
イワレの手元にあるのは、クマノの長から授けられた漆黒の石剣のみ、他の兵たちもみな石剣に持ち替え、黒装束に身を包んでいる。昼にまた囮の船団を追い返し、その肩透かしにも飽きて緩んだナガスネヒコの陣屋へと闇に紛れて忍び寄る。
「敵襲ッ! 敵襲だ! ……何奴!」
ナガスネヒコの兵たちが、おっとり刀で迎え撃つ。
だが、それこそがイワレの狙いだった。
ナガスネヒコの兵の鉄の白刃は、清んだ月明りに映え、己の居場所を明かす。対して、イワレたちが手にするのはサヌカイトの漆黒の刃。それは闇に溶け、目を凝らさねばわからぬほどに彼らの姿を隠していた。
「……鉄の煌めきを見よ! 光の動く先へ、影から刃を突き立てよ!」
それは一方的な虐殺だった。見えぬ敵ほど恐ろしいものはない。どれほどの数がいるのかもわからず、得体も知れぬそれに怯えるナガスネヒコの兵たちが、見えぬ敵影におびえて剣を振り回せば振り回すほど、その光の軌跡を頼りにイワレたちは次々と敵を斃してゆく。
研ぎ澄まされた鉄の煌めきが、皮肉にも己の命を奪う死神の送り火となっていた。
斃されたものの数はそう多くはない。だが、敵を、もしやあの大軍が夜陰に紛れて上陸してきたかと思い違いをした多くの兵たちが、我勝ちにと雲散霧消する。もはやナガスネヒコになすすべはなかった。虚を突かれたとはいえ、それは、力が知略に屈した、あざやかな逆転劇であった。
ー長の言うたとおり、石剣で鉄剣に勝った。八咫の烏とは、この闇夜のことであったか。しかし人の悪い。―
勝利の余韻と初めて人を弑したその手応えに、イワレの腕はまだ戦慄いていた。
ニギハヤヒの元へとただ逃げ戻ったつもりのナガスネヒコを待っていたのは、無言の制裁であった。一言を交わす間もなく、ナガスネヒコの首は胴から離れて転がっていた。
その首をニギハヤヒが抱きあげてつぶやく。「討たれずによう戻ったな。」その口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
ナガスネヒコの陣屋は、難波津の奥、カシワラの地にありました。
イワレは、そのままそこを拠点として、上陸する軍勢を迎え入れます。
二上山のサヌカイトを加工して、武器を作っていた古の一族が、皮肉にも、かつて彼らの鍛錬した石の剣によって斃される皮肉。
ニギハヤヒは、イワレたちのもとを訪ね、それに気づいて溜息をつくのです。「われらとおなじものをもっているではないか。それで討ったのか。」と。




