朱の回廊 ―クマノの森深く―
朱の回廊 ―クマノの森深く―
鬱蒼とした森の山影が落ちる紀の川の中流域。イワレたちのボロボロの小舟が、流れを遡り這うように進んでいく。川縁に露出する丹の鉱脈で長たちが、イワレたちを出迎える。川岸の岩場には、そこかしこにクマノの民が佇み、この珍客の一行を不思議そうに眺めている。
「兵の数が足りぬなら、この山の民をすべて我が手勢に変えて進むだけのことよ。」
イワレたちは、紀の川を遡りながら、山の深奥に潜む土着のクマノの集落へと次々に飛び込んでいった。
クマノの民たちが、この行軍の目的など知る由もない。ただ、彼らとアワの民との交わりが、敷居を下げてくれていたのであろう。加勢など望外ではあったが、この突然の訪問者たちを温かく出迎えてくれはしたのである。
神剣の正体 ―漆黒の石剣そしてヤタガラスの導き―
クマノの加勢を得られず、寡兵で戦わなければならないイワレたちには、それとは別の問題もあった。ナニワの津の敗戦でキビで揃えた鉄の武器のほとんどを失っており、弓矢もなく、兵たちの武器が心許ないのである。
ヨシノの山深い、水銀の霧が立ち込めるなか。中毒に苦しみ、また武器調達に頭を悩ませるイワレたちの前に、クマノのひとりの長が、厳重に包まれた一振りの剣を差し出す。
「得物に悩むか、若者よ。ならば、我らに伝わる、この神剣をそなたに授けよう。」
長が解いた包みから出てきたのは、篝火の明かりすらも吸い込むような漆黒の刃であった。それは鉄ではない。美しく研ぎ澄まされたサヌカイトの剣であった。
「……これは、石の剣ではないか!」
「いかにも。古よりわれらに伝わる神剣だ。その石の切れ味は知っておろう。」
「知ってはいるが、石は石だ、鉄剣には勝てぬ。」
「勝ちたくば、ヤタのカラスに導かれよ。」
「ヤタのカラスとは何だ?それはどこにいる?」
「それは主らが探すがよい。我らが授けられる知恵はそこまでだ。」




