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幻想古事奇譚  作者: 土師 陵生


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曙光

曙光(しょこう)


 ナ(・)ニ(・)ワ(・)の津の地獄(じごく)から脱出(だっしゅつ)したイワレたちの船団は、ナ(・)ニ(・)ワ(・)の津への盾(たて)であるア(・)ワ(・)ジ(・)の港へと逃(に)げ戻(もど)っていた。

 しかし、ここで一息(ひといき)ついている暇(ひま)などない。敗戦(はいせん)の責(せき)を問(と)う兵(へい)たちの怨嗟(えんさ)の声(こえ)、将(しょう)であるならいざ知らず、一兵卒(いちへいそつ)が国を背負って戦いに参(さん)じているわけなどない。勝ち戦(いくさ)ならまだしも、見知(みし)らぬ異国(いこく)の若造(わかぞう)に命(めい)じられて戦わされる者たちが、憤(いきどお)るのも無理(むり)はなかった。それぞれの将(しょう)たちが、あるいは恫喝(どうかつ)し、あるいは宥(なだ)めすかして彼らを抑(おさ)える喧噪(けんそう)のなかで、ナガスネヒコ兵の放(はな)った矢に倒(たお)れた兄イツセが、イワレの腕(うで)の中で息(いき)を引き取る。矢には毒が塗(ぬ)られていた。


「あぁ……。 あのような場所で、しかも日に向かって我勝(われが)ちに戦うなど軽率(けいそつ)に過(す)ぎた。私はこのまま何も果(はた)すことなく、虚(むな)しく死んでゆくのか。」

 イツセの最期(さいご)の慟哭(どうこく)が、重く、冷たく、イワレの胸に刺さる。しだいに温(ぬく)もりを失(うしな)っていく亡骸(なきがら)をかき抱(いだ)いたまま、イワレは激(はげ)しい苦悩(くのう)の淵(ふち)に突き落とされていた。


 夜、ア(・)ワ(・)ジ(・)の一室(いっしつ)で灯火(ともしび)を囲(かこ)む将たちに交じるイワレの顔は苦痛に歪(ゆが)んでいる。大軍(たいぐん)を率(ひき)いながら、ナガスネヒコの統率(とうそつ)と地の利(り)の前に、ものの見事(みごと)に粉砕(ふんさい)された。兄の死とその現実(げんじつ)が、彼の思考を虚(うつ)ろにさせていた。

「……どうすればよいのだ。このまま逃げ帰るわけにはいかず、かと言って、もう一度あのナ(・)ニ(・)ワ(・)の津に策(さく)もなく突撃(とつげき)したところで、こんどこそ全滅(ぜんめつ)するだけだ。進(すす)むことも、退(ひ)くこともできぬ……」

 誰(だれ)に何の策も浮(う)かばず、重苦(おもくる)しい沈黙(ちんもく)だけがその場(ば)を支配(しはい)していた。その沈黙を破(やぶ)ったのは、サ(・)ヌ(・)キ(・)が伴(ともな)ってきたア(・)ワ(・)の密使(みっし)である。


「ひとつ我らに策(さく)あり。お聞(き)かせいたしましょうや。」

縋(すが)るような眼(まなざし)が一斉(いっせい)にその声(こえ)の主(ぬし)に向(む)く。

「なんだ、申せ。」

苛立(いらだ)ちを隠(かく)せず、イワレが声を荒(あら)げる。

「正面(しょうめん)の門(もん)が開(あ)けられぬなら、我らが裏口(うらぐち)を案内(あない)するがいかがであろうか?」

「裏口(うらぐち)だと?そんなところがあるのか?」

ヤ(・)マ(・)ト(・)へ行くことだけではなく、ヤ(・)マ(・)ト(・)救援(きゅうえん)のためにナガスネヒコを討(う)ち、ナニワの門を開けるというのがこの戦(たたか)いの目的(もくてき)だったはず。裏口から上陸したところで、そこからどうすればよいというのか?

にわかにはその意味するところを飲み込めない。


 ア(・)ワ(・)の密使は、瀬戸内海の地図のさらに南、四国と紀伊半島に挟まれた海域(かいいき)を指差(ゆびさ)した。

「このア(・)ワ(・)ジ(・)を南に抜けて、我が本拠(ほんきょ)たるア(・)ワ(・)の海を東へゆくのです。向(む)こう岸(ぎし)はア(・)ワ(・)の地を鏡(かがみ)に映(うつ)したるがごとく、そちらの川をさかのぼってゆけば、ちと遠(とお)いが、あのナ(・)ニ(・)ワ(・)の津の裏(うら)へ抜(ぬ)けていけるのです。」


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