第一部 神話のはじまり ー石の時代―
第一部 神話のはじまり ー石の時代―
石のまほろば
まだ世界のほとんどが氷に覆われていたころ、生きる糧を求めて人は北の極寒の地から、南へと歩き、それから海を渡ってこの最果ての地へとたどり着いた。
この地は東の最果て、この地より先にはただ茫洋たる海原が広がるばかりである。人々はあるいは楽園を目指し、あるいは安住の地を追われ、生きる糧を求めてここにたどり着いた。果てしなく広がる大地を歩き、そして波頭を越えて。
ツクシの東、白き原のその向こう、アキの河原に転がる黒い石を辿って行き着く、高き山の南に広がる高原にそれはあった。そこは、砕けばすばらしい切れ味を持つ石器となる安山岩の巨石が眠る石の聖地であった。
万年の時を経てなお、いくたびも人はそこに集まり、そこで石を穿ち、それぞれの営みの地へとまた散っていった。眼下に果てしなく広がる盆地の平原には、獲物が闊歩し、山麓の森は豊かに果実の恵みを与えた。そしてそこには多くのムラができた。また北の山を抜けると穏やかな内海があった。そのはるか先にもまた人々の営みがあった。
のちの世に、人々はこの石の聖地を、神の降り立った地、高天原と呼んだ。歴史の始まりの、そのはるか昔の神話の時代の記憶として、どことは知れず、しかし確かに語り継がれてゆく。
人々はここからその石の刃をもって各地へと広がっていった。平原の東の山のまたその先の平原を越えていった者たちはやがて、白く輝く山肌を誇る双子の頂を持つ山の麓で、この安山石よりもさらに固く鋭く、そして叩けば美しい音を響かせる石を見つけ出す。それは遥かのちの世にサヌカイトと名付けられることとなる奇跡の黒石であった。そこがまた新たな聖地となった。
西から流れ出る川 が両側の山を門のように見せるこの地の奥を、のちの人々はヤマトと名付けた。
しばらくのちに彼らは少し西に引き返したところ、今はサヌキと呼ばれる南の台地で、やはり白い岩肌をもつ山から同種の黒石が見つかる。ここから産出される膨大な量のサヌカイトは、その圧倒的な力を示して瞬く間にこの平原を、さらにその先までをも埋めつくす。
この黒き貴石たちの縁が、万年の時を経てのちに、この島を統べる地の礎となっていくことを、まだ誰が知る由もない。
同じころ、ツクシの西のヒの深山に分け入った者たちが、また別種の、しかしやはり黒い貴石を見出していた。その混じりけのない漆黒に輝く石はさらに鋭く、細かく最強の鏃を生み出した。人はこの貴石に熱狂し、それは遥か南西の海をそして北の海を越えてまで行き渡ることになる。 この広大な縁がのちにこの島国を翻弄する火種となることもまた、予見するものなどまだどこにもいない。
高天原から尾根を伝い、そこから川を下って北東の海に抜けると、その先の沖に張り出した半島があり、そこにも白く輝く山があった。そこからも、また美しい黒石が掘り出される。のちに沖の島となる隠岐の黒曜石である。
またそれは天の意思か、不思議なことにちょうど同じころ、大地溝帯によって完全に分断されていたために、彼らがまだ出会わぬ、この島の東の民もまた、海の沖に白く輝く島から黒い貴石を得る。のちに神津島と名付けられるその島まで、太平洋の、黒潮の波頭を越えて彼らはこの石を求めたのである。そしてその海とは逆に山に入った者たちも、シナノの霧降る峰の平に無数に星屑のごとく散らばる黒石を見出す。ここはのちに、この島最大の黒曜石産地となる。
コシではそこかしこに露出する珪質頁岩が、シナノの黒曜石に取って代わられる以前には、ケ からムサシ に至るまでの広大な東の地を席巻していた。不思議なことに、分断された西であるはずのオウミやタンバは、後の時代までサヌカイトではなくこの石を使い続けている。川よりも海が、彼らの活動を支えていたからなのかもしれない。
そして西からも東からも分断された、はざまの地ヒダには、サヌカイトにも少し似た性質のやはり黒い石があった。のちに下呂石と呼ばれるこの石はオウミやタンバとも繋がりながらこの地に根付いていった。
これらに遅れて最後に、ウサの沖合に白く輝く姫島から、珍しい灰色をした黒曜石が現れる。この石は後に瀬戸内の黒曜石のシェアを奪い、腰岳産の黒から灰色に塗り替える最後の貴石となったが、それは遥かのちに現れる瀬戸内海の水運の盟主として、ウサの地位を盤石なものとする要石となった。
これらの貴石は、瞬く間にこの島に行き渡り、石の縁が、後にこの島のそれぞれのクニの礎となっていく。
石の里から、人々はそれぞれに散って行き、また石器の補充に戻ってくる。そうして、少しずつその範囲を広げながら、新たな石の里を中心にまたそこから広がってゆく。石器の原産地は、人の集うところであり、命の源を与えてくれる聖地でした。
白く輝く山から産み出される漆黒の貴石、この得も言われぬ美しいコントラストが、後の古墳の威容に繋がっていったといえるのかもしれません。




