策動 ―海峡の夜は更けて①ー
策動 ―海峡の夜は更けて①ー
岡水門、キクの首領の館で、谷に守られた密室の灯火が、床に広げられた、彼らがまだ見たこともない東のクニや半島の奥地まで描かれた地図を赤く染めている。ウサの首領が一同を見回し、低く重い声で語り始めた。
「お分かりのことと思うが、ツクシはまことにひどいことになっておる。」
アナトの首領が苦々しく鼻を鳴らし、ムナカタの首領は黙って深く頷いた。難民たちをこちらに来させぬよう、鉄壁の防御を敷いて踏ん張るムナカタとしても、その結果がツクシのあの惨状を招くとまでは、さすがに想像もしていなかった。アナトにしても、ムナカタが衛っていなければ、それであってさえ流れ矢のような襲撃をたびたび受けているのであり、同じ目にあっていたらと、複雑な心情がその顔色にこぼれだす。
遥か太古の昔から続く縁の深さゆえに、半島の鉄をほぼ独占してきたツクシ。しかしその絆が、今度は仇となって、彼らを破滅の淵へと追い込んでいる。
「因果なことよな。どんなものも抱えこんで己ばかりが食らっておれば、いずれ碌なことにならんということじゃ。」
ウサの首領がとうと述べる。
「我らとてそれは身につまされる話じゃ。じゃが、あちらがあの様子では、こちらでもいつ何が起きてもおかしくない。我らの同胞に味方するあの鉄の民も、馬韓とやらに一度は飲まれかけたというではないか。」
「まことに。クヤは鉄を産するがゆえ、その力で踏ん張ってはおるが、馬韓とやらは、何やら得体の知れぬ毒を吐いて、ひとの骨を抜いて回るそうじゃ。まこと気味が悪い。」
「それは鉄の民が心得ておったらしい。なんでも西の大国から持ち込まれた術なのだそうじゃ。そういうことを教えてくれるのも、我らが抱えこまず分け合って生きるからであろう。ありがたいことじゃ。」
「まことに、まことに。持つべきものは友、よの。」
倭の同胞の住むところは、弁韓と呼ばれ、鉄の民は辰韓として立つ。産地である弁韓から直接鉄を仕入れるツクシとは異なり、新参のイズモやアナトは、支援の意味もあって辰韓を通じて鉄を買っている。
後に帯方郡の主が魏に交代して、その圧力が勢いを弱めた隙に乗じて、馬韓のあたりかまわぬ猛攻がはじまる。半島はいよいよ燃え盛る劫火の海に沈もうとしていた。




