ツクシの絶望
ツクシの絶望
「半島の戦火は、もう対岸の火事ではすまない。次は、我らの番だ。」
ツクシの目は焦燥に満ちていた。
太古の昔、縄文の遥か古のときから、海の向こうの半島にはかれらの身内が暮らしている。同じように海を渡り、行き来し、言葉を交わし、お互いの美点を取り入れて生きてきた。かつては石を分け与え、今は鉄を受け取っている。しかし今、海の向こうの身内が、見たこともない巨大な炎——馬韓の暴走と、それに伴う凄まじい大戦火に包まれている。
連日、海を渡り、ツクシの浜へと逃げ延びてくる身内たち。彼らに紛れて武器を隠し持ったまま入り込んでくる馬韓の敗残の民たち。
ムナカタが鉄壁の構えで彼らをツクシへと押しやるために、ツクシの浜はますます難民であふれかえり、もはや収拾のつけようもない大混乱が起きている。
彼らが口々に言い募るのは、鉄の武器で武装した兵たちが土地を奪い合い、容赦なくムラを焼き払うという、この島の人間には想像もつかない地獄の様相だった。
ムナカタの追撃を逃れた敗残兵や紛れ込んでいる野盗たちは、アナトを襲い、またあるときは遠く流れてイナバまでをも襲った。
アナトは強力な防御策でことごとくそれを撥ね退けたが、被害は決して少なくなかった。
だが、なんの防御策も講じていなかったイナバは、たった一度の襲撃で壊滅した。宝玉の原石の集積地であったこの地の悲劇は、玉造りを生業にしていた周りのムラをも破綻の淵へと追い込んだ。この破滅からの復興を助けたのはイズモであった。そしてこの悲劇は形を変えて、大国主と因幡の白兎の伝承として、後の世に永く語り継がれていくことになる。
ツクシでは、どの蔵の貯えも底を尽きはじめた。
そして絶望が彼らに覆い被さる。ーもはや、奪うしかない。ー
こうして、ツクシは内から破裂した。略奪者と化したツクシは、狂ったように周りのムラを襲い始める。
この襲撃には、馬韓からの敗残兵たちが、何食わぬ顔で加わっていた。
救いがあったとすれば、半島の残兵が紛れ込んでいるとはいえ、彼らが闘いに慣れていなかったということはあっただろう。統率もなにもない、殺すよりもただ遮二無二貯えを探して奪おうとする相手に対しては、それほどの防御策が施されていなくとも、防ぐほうが有利である。それに、すでにこの地には半島の情報が伝わっており、鉄も行き渡っていたということもあっただろう。民を殺したのはもっぱら、野盗と化した半島からの敗残兵たちであった。
ムラムラは環濠集落を作り、防御はますます固くなった。ツクシの絶望は深まるばかりであった。
そのツクシの惨状を、天の高みから見下ろす冷徹なまなざしがある。
そして、その眼が見通す先にある、それは、静かに、しかし着実に進められていた。




