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幻想古事奇譚  作者: 土師 陵生


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イズモの焦燥

イ(・)ズ(・)モ(・)の焦燥


 一方で、西の国々は深刻な危機に瀕(ひん)していた。南方沖の海底火山――鬼界(きかい)カルデラが引き起こした超巨大なアカホヤ噴火である。天を覆おおった悪魔の灰は偏西風(へんせいふう)に乗って西日本全土を白く埋め尽くし、太陽を奪(うば)い、木々を枯らし、豊かだった狩猟採集(しゅりょうさいしゅ)の地に大飢饉(だいききん)をもたらした。


 この灰の波は、遥か東のコ(・)シ(・)まではまだ届いておらず、そこは変わらぬ豊かな緑を湛(たた)えていた。


 しかし、混迷(こんめい)のツ(・)ク(・)シ(・)を横目に、北つ海の西の覇権(はけん)をその手中に収(おさ)めようとしていたイ(・)ズ(・)モ(・)にとっては、これは目の前の現実の地獄であった。


 灰の地から命からがら逃(のが)れてきた数千数万のアカホヤ避難民(ひなんみん)が、大挙(たいきょ)してイ(・)ズ(・)モ(・)の地へと押し寄せていたからである。膨(ふく)れ上がる難民、枯渇(こかつ)する干し肉や木の実、崩壊(ほうかい)寸前の治安。足元で牙(きば)を研(と)ぎ迫(せま)りくる飢餓(きが)を前に、イ(・)ズ(・)モ(・)は焦(あせ)っていた。


「このままではツ(・)ク(・)シ(・)の二の舞、イ(・)ズ(・)モ(・)は中から食い破(やぶ)られる。新たな途(みち)を拓(ひら)き、東へ行かねばならぬ。」


 イ(・)ズ(・)モ(・)が目をつけたのは、遥か東の大国が産するという翠の石――翡翠であった。ツ(・)ク(・)シ(・)ほど半島との古の縁(えにし)をもたないイ(・)ズ(・)モ(・)が、半島との交易を盤石(ばんじゃく)なものとするためには、翡翠は絶対に必要であった。いや、翡翠しかなかったといってもよいかもしれなかった。




 イ(・)ズ(・)モ(・)は、国中の船と兵をかき集め、刃(やいば)を隠し持たせてコ(・)シ(・)へと向かう。


 足元の困窮(こんきゅう)を悟(さと)られぬよう、イ(・)ズ(・)モ(・)の最先端の美しい黒漆(くろうるし)の土器や獣皮じゅうひを並べ、優美な交渉人の仮面を被(かぶ)って、コ(・)シ(・)を尋(たず)ねる。


「われらイ(・)ズ(・)モ(・)は、今やこの北つ海の西でツ(・)ク(・)シ(・)を抑おさえて半島との交易の覇者(はしゃ)となろうとしている。われらが手を結び、あなたがたの翠の宝石をわれらが半島に持ち込めば、ここに持ってきた品々などとは別格(べっかく)の富を、なにより鉄を得ることができるであろう。われら手を携(たずさ)えて進まぬか。さすれば、我らの盟約(めいやく)の証(あかし)としてヒメを我が妻としてお迎えできはすまいか。」


 洗練されたイ(・)ズ(・)モ(・)の物腰(ものごし)。


 だが、コ(・)シ(・)はそのイ(・)ズ(・)モ(・)の瞳(め)の奥に、新たな覇者の輝かしい未来を映す光ではなく、焦燥(しょうそう)の炎(ひ)を見て取った。しかし、もしここでこの求婚(きゅうこん)を拒(こば)めば、彼らは隠し持った刃でわれらを弑逆(しいぎゃく)するやもしれぬ。そうでなくともわれらがウンと言うまで、いつまでも居座り、そのうちに翡翠の在処(ありか)を突(つ)きとめて力づくで奪(うば)うかもしれぬ。かれらがこの地に長くとどまれば、われらが命がけで秘めてきた厭川(いといかわ)の秘密も、いずれ必ず暴(あば)かれてしまうにちがいない。


 イ(・)ズ(・)モ(・)の関心を一刻も早くこの地から引き剥(は)がし、兵ごと西へ追い返さねばならぬ。

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