6話
結論から言うと、薬は飛ぶように売れた。
月白草と宵香草を掛け合わせた薬なので月香薬と言う名前にした。
初めに十本納めた月香薬が三日で無くなり、催促されてまた十本作った。それも二日で無くなったので次は二十本納めて欲しいと言われた。
その時点でサーシャは仕立て屋を辞めた。
毎朝、森で月白草を摘んでから塔へ向かう。
前の日に乾かしておいた月白草を煎じ、アルヴェと昼食を食べる。
必要ならば宵香草も採って煎じて午後は月香薬を作る。
三日に一度は、帰りに冒険者ギルドに寄って薬を納める。
サーシャが疲れていたり、大雨の日は休みになる。
アルヴェは製薬の手伝いはしない。
けれどいつも仕事をしているわけではない。生活に必要な最低限のお金を稼ぐために時折森の深くへ行き、貴重な鉱石や魔草を採ってくる。それ以外は家でお茶を飲んだり、本を読んだり、森の中をふらふらしている。
「エルフの霊気が森へ影響を及ぼすので、採取物自体が私の功ではある」
と言っていた。
その生活が一ヶ月ほど続いたある日。
禁足地に踏み入る冒険者が現れた。アルヴェが怒って風を巻き起こして追い払った。
その三日後にも違う冒険者が来たので、アルヴェは狼をけしかけていた。
「風を起こしたり、動物を操ったり出来るんだね…?」
「知らなかったのか」
「八年間、一度も見たこと無かったもの」
「君は悪さをしないから」
アルヴェは優雅な仕草で紅茶を飲んでいる。
「しかし鬱陶しいことこの上ない。町長とギルドに警告を出して貰うこととしよう」
「ごめんね、私のせいで」
サーシャが俯くと、アルヴェは穏やかに声を掛ける。
「私が選んだことでもある」
「…何か、アルヴェ変わったよね」
「どう変わった?」
紅茶を飲みながらサーシャは少し考える。
「優しい」
「元からそうだろう」
「そうだけど」
照れることも無く、アルヴェはゆったりと椅子に腰掛けてティーカップを傾ける。
「塔で過ごすようになって見えるものが変わっただけだ。私も君も変わっていない」
「…そうかなぁ」
サーシャが納得の行かない表情で首を傾げると、アルヴェは少し目元を緩めた。
「共に森で暮らす者として君に対する態度が軟化したかと言えば、否定は出来ない」
「甘くなったってこと?」
「そうとも言える」
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次の納品の際に、アルヴェから預かった書状をギルドの責任者に渡した。
「すまなかった。今後はそのようなことが起こらないよう厳重に注意する」
体格の良い男が背中を丸めて、恐縮した様子でサーシャに頭を下げる。
「町の人間は分かっているが、最近流れてきた者はエルフの森が災害や魔物から町を守っていると理解していないようだ」
サーシャも理解していなかったことは黙っておいて頷く。
「上級者にしか卸していないが、エルフの妙薬として冒険者の間では既にかなりの噂になっている。どこから聞きつけたのか、関所の騎士団からも注文したいと言われた」
「一人で作っているので、そんなにたくさん作れません」
その言葉に彼は驚いていた。
「エルフと作っているのでは?」
「あの人は霊草を分けてくれるだけです。製薬の時に霊気や魔法を使ってるわけではありません」
責任者は感心したように顎に手を当てた。サーシャをまじまじと見る。
「それであの効果なのか」
「毎日私が練って作ってるので、エルフの妙薬と言われると不思議な気分ですね」
「だが恩恵を受けているのは間違いない」
事実だが、面と向かって言われるのは嫌な気分だった。
「騎士団の御用達となれば、君にも町にとっても悪いようにはならないだろう。一度考えてみてくれ」
ギルドを出たその足で、役場に寄って町長にも書状を渡した。
大きな時計のある三角屋根に風見鶏の建物。
サーシャはその中の執務室で、テーブルを叩きそうになっていた。
「森に侵入者が増えたのは、私に原因があるということですか?」
「そうは言っていない。ただ、目立ってしまったのは確かだ」
町長は宥めるように手を広げる。
「噂が広がっている。アルヴェ殿が君にしか渡さない製法があると」
「作り方は至って普通の傷薬です」
「では材料は?」
サーシャは言葉に詰まる。
エルフの森の霊草について、どこまで話して良いのか判断がつかなかった。
しかし彼女が押し黙っていることこそが一つの答えになってしまう。
町長はため息をついた。
「サーシャ。君は今まで彼の友人として上手く付き合ってきただろう。こんな騒ぎになって、私も残念だよ」
「…それはどういう意味ですか」
「君はもっと適切な距離を保っているかと」
サーシャは拳を握りしめる。
「私は彼を利用してるわけではありません」
「分かっている。君は小さい頃から森へ通って、アルヴェ殿の信頼を得ている」
町長は申し訳なさそうな顔をしているが言葉を重ねる。
「だが結果として、君だけがその薬を手に入れた。そして薬が市場に出た。それを周りがどう思うかは」
「勝手に詮索されても仕方がないということですか?」
怒りで声が震える。
仕方ない。
そんな空気でこちらに責任を押し付けられるのが我慢ならない。
「あの人は私が生きられるようにと薬の作り方を教えてくれただけです」
「サーシャ」
「あなた達の決めた価値に、私達が合わせる必要性を感じません」
アルヴェみたいな言い方だ、と感情的になりながらもどこかで冷静にそう思った。
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塔へ戻ったサーシャは、昼食を挟んでアルヴェと向かい合っていた。
「君が嫌なら、作るのを止めても構わない」
アルヴェはサンドイッチを一口食べて、ゆっくり飲み込むとそう言った。
「…止めた方が、アルヴェも安心だよね」
「先日の不届き者のことを言っているのか?」
アルヴェは涼しい顔でサンドイッチをもう一口食べる。
「不埒なことを考えて森に侵入する輩は珍しくもない。君が知らなかっただけだ」
「でも…エルフの妙薬なんて言われて」
「動物用に常備していた物だ。妙薬でも何でもない」
そう言ってもう一口。
サーシャはサンドイッチを手に取る気分になれず、皿の縁を見ている。
「私が、霊草を特別に貰っているって」
「それは否定出来ない」
サンドイッチを食べ終え、水を飲む。
置いたグラスがコトンと音を立てた。
向かい合って話しているサーシャにはその音が気に障る。
どうしてこの人は平然と食事をしているのだろう。
「私が許可して、君が作って、売れた。何をそんなに気に病む事がある?」
「だって、町長も…ギルドの人も…」
サーシャが口籠ってアルヴェを見る。
彼はただ事実を置くように言葉を発する。
「君が彼らの価値観に合わせてやる必要はない」
「そんなの分かってる!」
一瞬、息が止まる。
目を開いてアルヴェがこちらを見ている。
サーシャは顔を逸らす。
少し間を置いて、目を合わせないまま頭を下げた。
「…八つ当たりしてごめんなさい」
アルヴェはゆっくりと瞬きをする。
すぐには返事をしなかった。
空になった皿を下げながら、サーシャの横で立ち止まる。
「今日は何もしなくていい。作りたくなったら作ればいいし、必要が無ければそのままで」
どうしたらいいの?と今回は聞かれなかった。
けれどアルヴェは静かに続ける。
「君が望むようにしたらいい」
サーシャの目の前には、手つかずのサンドイッチが残っていた。




