5話
薬作りは、思ったより大変だった。
まずは乾燥した月白草を煎じる。作業テーブルを挟んだ向かいから、アルヴェがサーシャに指示を出す。
「それを適当にすり潰したら、鍋に入れて煮出す」
「適当ってこれぐらい?」
「もう少し細かく」
「最初からそう言ってよ」
アルヴェが持ってきた薬鍋に、月白草と森の湧き水を入れて竈で火にかける。
「これは何分煮出すの?」
「二時間だ」
「…今から?」
「そうだと言っているだろう」
その間に塔の周辺に生えている宵香草を取りに行く。
地面に根を張る紫の蔦を辿れば、花びらのような宵香草はすぐに見つかった。
少し力を入れて引っ張ると容易くぷつりと根から取れた。
「霊力が抜けるまでに煎じるって、摘んでからどれくらい?」
「…半日ほどなら、恐らく大丈夫だろう」
念のために摘んだ宵香草をすぐにすり潰して水に浸すことにする。
「これぐらい?」
「そうだな」
「宵香草はどの鍋に入れておく?」
「…薬鍋を水瓶の代わりに使ったかもしれない。取ってくる」
二階へ上がって行ったアルヴェは、少しして薬鍋を持って戻ってきた。
「自室に水瓶が無かったの?」
「多分ある…が、割ったか失くした」
「それは無いんだと思うよ」
月白草を煮出している間、サーシャは薬の作り方を万年筆で紙に書いていた。
「湯煎で溶かした蜜蝋に月白草を濾した汁を少しずつ混ぜて、馴染んできたら温かいうちに宵香草の液も数滴混ぜる」
「そうだ」
「人間も動物も使える?」
「動物用だから、人間用でもある」
サーシャは少し悩んで動物にも使える、と書き留めた。
この塔での1時間半ほどで分かったのは、アルヴェはサーシャが思っていた以上に生活に無頓着ということだった。
普通の食事をしたり寝ている所が想像出来ない理由が分かった気がした。
「アルヴェって好きな食べ物ある?」
「ある」
「何?」
「今、思い出す」
サーシャは腕を組むアルヴェをしばらく眺めていたが、彼は答えるのを諦めた。
「あるにはあるが、最近食べていないので思い出せない」
「へぇ…」
普段はパンとスープと果物と木の実を食べているらしかった。
「パンはどうしてるの?」
「五日に一度、魔石や魔草の代金として食料を行商人が持ってくる」
アルヴェは少し遠くを見るように目を細めた。
「今の息子に代わって十年ほどか。その前は父親が持ってきていた」
「その人に薬を売ることは出来ないの?」
「老舗の薬屋に卸しているから、自分の薬より良い品は置きたがらないだろう」
サーシャは肘をついて中空を見る。
自分が信用出来る範囲で、薬を預けられそうな場所を思い浮かべる。
「町長さんに預けるか、冒険者ギルドの知り合いを当たるか…自警団にも父の知り合いはいるけど、あんまり危険ではなさそう」
「医者は?」
「あー…息子が嫌な奴なのよね。昔、エルフに食べられるぞって散々からかってきた」
「では却下だな」
月白草の鍋が二時間抽出し終わった。
言われた通りに蜜蝋に少しずつ加えながらかき混ぜ、最後に宵香草のエキスを数滴入れる。
「待て。もう少し」
サーシャの横から手が伸び、押さえてる鍋の中に宵香草を加える。
「七適ぐらいでいい」
耳元で囁かれてサーシャは顔を赤くする。
「分かったから。離れて」
「どうした。少し前までは飛びついて来ただろう」
「昔の話だから」
アルヴェは首を傾げる。
「昔…?」
「八年前って昔だから」
「…そうか」
目を伏せて、納得したように呟く。
サーシャにはその表情が少し寂しそうに見えた。
薬は上手く出来た。長細い匙で掬って、いくつかの小さな薬瓶に入れていく。
「これぐらい?」
「蓋をした時に溢れないように」
「わっ…この辺って教えてよ」
「すまない」
手についた軟膏はちゃんと混ざって滑らかな肌触りだった。
何だか別の所で疲れた気がしたが、次はサーシャだけでも作れそうだった。
「じゃあ、とりあえず今日作った分をサンプルに配ってくるね」
薬瓶をカバンに大切に仕舞う。
夕陽が塔に差し込んでいる。
サーシャが帰る頃には夜になりそうだ。
アルヴェは、外套を羽織って一緒に外に出てきた。
「禁足地の手前まで送る。御母堂に日没までに帰ると約束しているのだろう」
「それ、いつの話?」
サーシャは笑いながら彼の横に並ぶ。
今日あんなに辛かったことも、今はもう遠いことのように感じる。
「でも、ありがとう。今度はサンドイッチでも作ってくるね」
「作れるのか」
「当然じゃない。好きな具とかある?」
「……ある」
「思い出せないなら、適当に作るね」
三日後、冒険者ギルドの上級者に向けて薬を卸すことが決まった。




