第3話 証拠 -Evidence-
護送車の内部は、異様なほど静かだった。
金属製の座席。小さな防弾窓。低く響くエンジン音。
ジェイク・ウォーカーは、手錠を掛けられたまま窓の外を見ていた。
灰色の街並みが流れていく。
休日の朝。
カフェで笑う若者たち。
犬を散歩させる老人。
信号待ちをする家族連れ。
世界はいつも通り動いていた。
自分だけを置き去りにしたまま。
向かいの警官が、端末から目を離さずに言った。
「元ギャング構成員か」
ジェイクは答えない。
「更生プログラム修了。現在は宅配ドライバー。近隣トラブルなし。暴力事件なし」
警官は鼻で笑った。
「真面目になったもんだな」
ジェイクは低く呟く。
「……俺はやってねぇ」
警官は淡々と返した。
「AIがそう判断した」
それだけだった。
まるで、その言葉だけで全てが終わるかのように。
*
警察署の取調室は、病院の診察室のように白かった。
白い壁。
白い机。
白い照明。
ジェイクは椅子へ座らされ、両手を固定される。
向かいには中年刑事。
その隣には、AI司法補助端末。
人間とAI。
それが今の時代の標準的な取調べだった。
刑事が端末を操作する。
空中モニターへ映像が映し出された。
巨大な邸宅。
《Victor Kane Residence》
ジェイクの眉がわずかに動く。
「事件当日、お前はここへ荷物を届けているな?」
「……ああ」
「それだけか?」
「それだけだ」
刑事は無言で映像を切り替えた。
雨の夜。
邸宅の玄関ドアが開き、ひとりの男が中へ入っていく。
ジェイクだった。
ジェイクは目を見開く。
「……なんだよ、それ」
映像の中のジェイクは、ソフィア・ケインと言い争っていた。
音声は不鮮明だった。
だが次の瞬間。
男が彼女を突き飛ばす。
悲鳴。
床へ倒れるソフィア。
そして――
鈍い音。
何度も。
何度も。
赤い血が飛び散った。
ジェイクは凍りつく。
「違う……」
刑事は感情を交えずに説明する。
「AI映像解析。改ざん痕跡なし」
別画面が表示される。
《歩行パターン一致率99.4%》
《音声一致率98.7%》
《顔面一致率99.1%》
《DNA一致》
《指紋一致》
数字が次々と並んでいく。
ジェイクはモニターを見つめたまま、ゆっくり首を振った。
「俺は知らねぇ……」
呼吸が荒くなる。
「確かに、荷物は届けた……」
拳が震える。
「でも……
殺ってねぇ……!!」
怒鳴り声が白い部屋へ響いた。
だが刑事は静かに端末を閉じただけだった。
「ジェイク」
その目には、憐れみすらなかった。
「AIは嘘をつかない」
*
数日後。
拘置所。
狭い鉄格子の部屋で、ジェイクはベッドへ腰を下ろしていた。
壁掛けテレビではニュースが流れている。
『AI司法システムにより、またひとつ重大犯罪が解決されました』
『従来より迅速かつ公平な裁判が期待されています』
画面には巨大な白い施設が映し出される。
《EDEN》
『仮想更生刑務所EDENは、再犯率低下に大きく貢献しており――』
ジェイクは苛立ったようにテレビを消した。
静寂が戻る。
その時、鉄格子の向こうから声がした。
「ニュース見たぜ」
隣房の老人だった。
痩せ細った黒人の男で、白髪混じりの髭を生やしている。
ジェイクは黙っていた。
老人は鉄格子へ寄りかかりながら言った。
「最近のAIは怖ぇな」
「昔はな、証拠ってのは人間が集めてた」
「だから犯人を取り逃がすこともあったし、逆に冤罪で別の奴を捕まえることもあった」
乾いた笑い。
「だが今は違う」
老人は天井を見上げる。
「AIが全部見る」
「映像、
DNA、
指紋、
行動履歴、
位置情報――」
「全部を解析して犯人を割り出す」
「逃げ切るなんて不可能」
「冤罪も、
もう存在しないって言われてる」
ジェイクは低く呟いた。
「……俺はやってねぇ」
老人は黙った。
しばらく、ジェイクの顔を見つめる。
怯え。
混乱。
怒り。
だが少なくとも、
人を殺した人間の目には見えなかった。
老人は眉をひそめる。
「おかしいんだよな……」
小さな声。
「AIが間違えるなんて、
あり得ねぇ」
「なのにお前の目は……
嘘をついてるように見えねぇ」
ジェイクは何も答えなかった。
老人は苦笑する。
「もしお前が本当に無実なら……」
そこで言葉を切った。
まるで続きを口にするのが怖いかのように。
「この世界は、
もう終わってる」
薄暗い拘置所の天井を見上げながら、ジェイクは静かに拳を握りしめた。
自分は今、“証明できない無実”の中へ落ちている。
そんな気がしていた。




