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第4話 降下 -Descent-

 再び護送車へ押し込まれた時、ジェイク・ウォーカーはもう抵抗する気力を失いかけていた。

 判決は出た。

 懲役五十年。

 仮釈放なし。

 そして行き先は、普通の刑務所ではない。

《EDEN》

 今や全米中のニュースで、毎日のように流れている名前だった。

 護送車の薄暗い天井を見上げながら、ジェイクは重く息を吐く。

 EDENシステム。


 無学な自分でも名前くらいは知っている。

 医療や教育分野でも使われているらしいが、ジェイクにとっては別世界の話だった。

 世間で最も有名なのは、三年前から本格運用が始まった次世代囚人更生プログラム。


 ここ数十年、アメリカの犯罪率は深刻だった。

 ニューヨークだけでも年間数百件規模の殺人事件が発生し、強盗、麻薬、傷害事件は日常のように起きている。

 刑務所はどこも限界だった。

 受刑者で溢れ返り、新しい刑務所を建設しても追いつかない。

 中には定員の二倍近い囚人を押し込めている施設すら存在する。

 だが、犯罪者を野放しにはできない。

 その時――救世主のように現れたのがEDENだった。

 受刑者の脳を特殊ネットワークへ接続し、完全仮想空間へ収監する次世代更生システム。

 EDEN最大の特徴は、“主観時間加速”。

 脳内時間感覚を極限まで加速することで、現実世界の短時間で長期刑を執行できる。

 現実世界の一日。

 だがEDEN内部では、およそ千日。

 つまり――

 現実のわずか十八日ほどで、懲役五十年を体験できる。

 政府はこれを、

「刑務所問題を解決した歴史的発明」

 と呼んだ。

 収容コストは激減。

 刑務所不足は大幅改善。

 再犯率は導入前の半分以下。

 しかもEDEN内部では、統合管理システムが受刑者を常時監視するため、脱獄は不可能。

 世論は熱狂した。

 “理想の刑務所”だと。

 ジェイクは小さく舌打ちする。

「……くだらねぇ」

 だが今から自分は、そのEDENへ送られる。

 護送車が減速した。

 重い金属音。

 巨大ゲートが開く。

 窓越しに見えたのは、巨大な白い建造物だった。

《EDEN》

 刑務所には見えない。

 病院。

 研究施設。

 巨大企業の本社。

 そんな印象だった。

 車両は地下へ降下していく。

 深く。

 深く。

 まるで墓場へ潜るように。

 やがて停止。

 ドアが開いた。

「降りろ」

 ジェイクは無言で車外へ出る。

 白い通路。

 静かすぎる空間。

 武装警備員。

 そして壁一面に並ぶ、無数のカプセル。

 透明な棺のような装置の中で、人間たちが眠っていた。

 男。

 女。

 老人。

 全員が目を閉じている。

 ジェイクは思わず立ち止まった。

「……なんだよ、これ」

 白衣の職員が端末を見ながら答える。

「EDEN収監ユニットです」

「受刑者は神経同期接続後、仮想更生プログラムへ移行します」

 ジェイクは眉をひそめた。

「仮想……?」

 職員は淡々と続ける。

「収監中、受刑者の生命活動は極限まで低下します」

「栄養供給、老廃物処理、筋肉維持は全て自動管理されます」

 ジェイクは顔をしかめる。

「じゃあ俺は……

 ここで寝てるだけってわけか?」

「肉体は、です」

 職員は無機質に答える。

「しかし脳は違います」

「あなたはEDEN内部で、五十年間を実際に体験します」

 ジェイクは乾いた笑いを漏らした。

「十八日で五十年?

 そんなもんで更生できるなら、苦労しねぇよ」

 だが職員は表情を変えない。

「みなさん最初はそう言われます」

「ですが、そこがEDENシステムの最も優れた部分です」

 職員はカプセル群を見渡した。

「仮想世界での体験は、脳にとって“現実”と区別がつきません」

「苦痛、恐怖、孤独、飢え――全て本物の記憶として脳へ刻み込まれます」

「低同期率接続であっても、心理的外傷を完全には防げません」

 ジェイクは吐き捨てる。

「でも、中にいる奴はここが偽物だって分かってるんだろ?」

 その瞬間。

 職員は初めてジェイクを見た。

「一般接続者は、そうです」

「監視員、技術者、外部見学者などには低同期接続が使用されます」

「現実認識を維持したまま接続するためです」

 ジェイクの眉が動く。

 だが職員は続けた。

「しかし受刑者には、高同期率・知覚固定モードが適用されます」

「本人は、自分が仮想空間へ収監されたという認識そのものを維持できません」

 ジェイクの背筋に冷たいものが走る。

 職員は静かに告げた。

「彼らは、そこを“現実世界”だと完全に信じた状態で人生を送ります」

「より高い更生効果を得るために」

 ジェイクは顔をしかめた。

「……なんだよ、それ」

 職員はまるで天気予報でも読むような口調で言った。

「なお、再審制度は二年前に廃止されています」

 ジェイクが顔を上げる。

「……は?」

「再審制度は、人間の判断ミスを前提とした旧時代型司法制度です」

「現在の司法判断は、統合司法システムにより認定されます」

「システムが確定判定を下した時点で、それは法的真実となります」

「したがって、冤罪という概念は現行制度上、存在しません」

 ジェイクは呆然とした。

「待てよ……

 間違ってたらどうする?」

 短い沈黙。

 職員は静かに答える。

「システムに誤判定はありません」

 警備員がジェイクの背中を押した。

「入れ」

 巨大カプセルがゆっくり開く。

 内部には無数のコード。

 人間を眠らせるための棺桶にしか見えなかった。

 ジェイクは後ずさる。

「待て……」

 だが警備員たちは無言のまま彼を掴む。

 抵抗する間もなく、カプセル内部へ押し込まれた。

 冷たいコードが首筋へ触れる。

 頭部固定。

 腕部固定。

 透明カバーがゆっくり閉じていく。

 生き埋めだった。

 ジェイクは怒鳴る。

「おい!!

 待て!!

 こんなの聞いてねぇぞ!!」

 誰も答えない。

 機械音声だけが静かに響く。

『神経接続開始』

『脳波安定』

『同期率10%』

『32%』

 ジェイクの呼吸が荒くなる。

 心臓が激しく脈打つ。

『58%』

『79%』

 視界が滲み始める。

『91%』

 職員が端末を確認する。

「高同期率モード移行」

「知覚固定開始」

『95%』

 ジェイクの瞳から焦点が消え始める。

 現実感が崩れていく。

 自分が何者だったのか。

 なぜここにいるのか。

 その境界線がゆっくり溶け始めていた。

『99%』

 最後に見えたのは、天井の白い照明。

 そして。

 無数の棺のようなカプセルだった。

『EDEN接続完了』

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