表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/38

第20話 依存症報告書 -Dependency Report-

 部屋の中は静まり返っていた。

 古いデスクライトだけが、薄暗い研究室の一角を照らしている。

 エミリアはモニターを見つめたまま、指を止めていた。

 画面上には、ソフィアの極秘アーカイブ。

 最上段。

《Dependency Report》

 無機質な白文字が、暗い画面の中に浮かんでいる。

 ジェイクは低く呟いた。

「依存症……?」

 エミリアは小さく頷く。

「姉さんが一番危険視していた分野よ」

 クリック音。

 ファイルが開く。

          *

《EDEN Psychological Dependency Risk Report》

《機密レベル:S-K》

《作成者:Sophia Kane》

 ソフィアの記録音声が流れ始めた。

『EDENは、人類へ幸福を与えた』

『しかし同時に、“現実へ戻りたくなくなる危険”を生み始めている』

 ジェイクは眉をひそめる。

 次の瞬間。

 映像が表示された。

          *

■『EDEN Genetic Personality System』

『両親DNA統合型AI児童人格』

 白い部屋。

 一組の夫婦が、幼い少女と笑っている。

 五歳くらい。

 黒髪。

 小さなワンピース。

「ママ!」

 少女が駆け寄る。

 母親が涙を流しながら抱きしめた。

 父親も笑っている。

 どこにでもいる家族だった。

 だが映像の下には、赤い警告文字が表示されていた。

《高依存性確認》

《現実帰還拒否傾向》

《利用回数急増》

 ソフィアの声が静かに続く。

『不妊治療では救えなかった夫婦』

『子供を失った家庭』

『彼らにとって、このサービスは救いだった』

 映像が切り替わる。

 EDEN接続終了。

 白い部屋へ戻された母親が、崩れるように泣き始めた。

『……もう一回だけ』

『あと少しだけでいいの』

 職員が困った顔をしている。

 女性は泣きながら端末へ縋りついた。

『あの子が待ってるの……』

 ジェイクは目を逸らした。

「……きついな」

 エミリアは何も言わない。

          *

 次の記録。

■『EDEN Memory Personality Reconstruction』

『故人再現システム』

『記憶・会話・行動傾向再構築AI』

 今度は老夫婦だった。

 テーブル越しに、若い女性が座っている。

 優しく笑っていた。

「ただいま」

 母親が泣き崩れる。

 父親は震える手で娘の顔へ触れた。

 まるで、本当に生き返ったかのように。

 ソフィアの声が流れる。

『当初は、グリーフケア目的だった』

『死別による精神崩壊を防ぐための医療支援』

『だが問題が発生した』

 映像が切り替わる。

 利用履歴。

《接続回数:278回》

《平均滞在時間:17時間》

《現実生活機能低下》

《社会復帰困難》

 白い部屋。

 一人の男性が、接続終了後も椅子から立てずにいた。

『……現実にはもう妻がいない』

 小さな声。

『でも、向こうにはいるんだ』

 男性は虚ろな目で笑った。

『だったら……

 どっちが本物なんだ?』

 静寂。

 ジェイクは無言のまま煙草を探すような仕草をした。

 もちろん、ここにはない。

          *

 次のファイル。

■『EDEN Athena Learning System』

『高速知識習得支援』

『語学教育』

『医療訓練』

『工学演習』

『企業研修』

 白い学習空間。

 少年が高速で外国語を話している。

 別の空間では、若い医師が何十回も手術シミュレーションを繰り返していた。

 ソフィアの声が流れる。

『人類は、“学ぶ時間”そのものを短縮し始めている』

 映像が切り替わる。

《主観時間倍率要求増加》

《1000倍 → 5000倍》

《10000倍要求確認》

《神経疲労異常》

《人格変調事例》

 真っ白な部屋。

 一人の男性が床へ座り込んでいた。

『……現実の一時間が、向こうでは何年だったか分からない』

『家族の顔が思い出せない』

 エミリアの表情が曇る。

「これが、アテナ計画……」

「まだ試験段階だったはずなのに……」

          *

 さらに次の記録。

■『EDEN Combat Simulation System』

『恐怖耐性訓練』

『戦闘ストレス制御』

『極限環境適応プログラム』

 銃声。

 爆発。

 炎。

 兵士たちが市街地を走っている。

 ソフィアの声が重なる。

『EDENは軍事訓練にも導入されていた』

『兵士へ死の恐怖を経験させることで、実戦時のパニックを抑制する』

『訓練効果自体は極めて高かった』

 映像の兵士が撃たれる。

 だが笑っていた。

『しかし副作用が確認された』

 画面が切り替わる。

《暴力性増加》

《感情鈍麻》

《現実倫理感覚低下》

《一般市民への攻撃事例》

《隣人殺害》

《銃乱射》

 ニュース映像。

 血まみれの住宅。

 泣き叫ぶ人々。

 警察テープ。

 ジェイクの表情が険しくなる。

「……軍事利用までしてたのか」

「ええ」

 エミリアは低く答えた。

「生きている人間と……

 仮想世界の人間の区別がつかなくなるのよ」

 静かな声だった。

「恐ろしいことに」

「脳は、何度も“仮想の殺人”を経験すると、

 それを現実と同じように学習してしまう」

「やがて……

 現実世界で人を殺すことにも、 何も感じなくなっていく」

「痛みも」

「悲鳴も」

「死も」

「全部……

 ただの“演出”みたいに感じ始める」

 短い沈黙。

「EDENはもう、社会全体に入り込んでる」

          *

 最後のページ。

 そこだけ、ソフィア自身の文章だった。

《提言》

《依存性が高いサービスには、利用制限を設けるべき》

《長時間利用は禁止》

《精神評価義務化》

《高危険サービス停止推奨》

 そして。

 最後の一文。

 エミリアは、ゆっくり読み上げた。

「……人類はやがて、現実そのものを捨てようとする」

 部屋が静まり返る。

 遠くで、雨の音がしていた。

 ジェイクは低く呟く。

「冗談みてぇな話だ」

 エミリアは画面を見つめたまま答える。

「でも姉さんは、本気でそうなると思ってた」

 モニターの白い光が、二人の顔を静かに照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ