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第13話 帰還 -Return-

『お客様』

 無機質な機械音声が、白い通路へ響いていた。

『帰還前に、デバイス確認を行います』

 ジェイクの背中を、冷たい汗が流れる。

 エミリアも隣でわずかに動きを止めていた。

 前方には、白いゲート。

 その向こう側で、見学客たちが次々と消えていく。

 いや――帰還している。

 現実世界へ。

          *

 見学客たちは、一人ずつゲート前へ進んでいた。

 看守たちは笑顔のまま案内している。

『お疲れ様でした』

『足元にお気をつけください』

 まるでテーマパークの出口だった。

 老人が一人、ゲートへ入る。

 腰のデバイスが青く光る。

『セッション確認』

『通行許可』

 次の瞬間。

 老人の姿が白い光へ包まれ、消えた。

 ジェイクの喉が鳴る。

 エミリアが小さく言った。

「落ち着いて」

「普通に歩いて」

 ジェイクは小さく頷く。

 だが心臓は暴れていた。

 もし本人確認があったら。

 もし脳波照合が始まったら。

 その瞬間終わる。

          *

 一人。

 また一人。

 見学客たちが消えていく。

 若い女。

 学生。

 中年夫婦。

 全員、何事もなく帰還していた。

 ジェイクは理解する。

 通常帰還では、

 そこまで厳密な確認はしていない。

 おそらく重要なのは、

 “デバイスを持っていること”。

 それだけ。

 だが――。

 ジェイクは視線を動かした。

 ゲート脇。

 二体のAI看守。

 白い無機質な顔。

 瞬きもしない。

 こちらを見ている気がした。

          *

『次の方、どうぞ』

 ついに順番が来た。

 ジェイクは老人らしく背中を丸める。

 ゆっくり歩く。

 杖をつく真似。

 マスクの奥で、呼吸だけが荒かった。

 ゲート中央。

 白い光。

 機械音声。

『デバイス確認』

 ジェイクは震える手で、帰還デバイスを握る。

 押すな。

 ボタンは押すな。

 通常帰還。

 普通の見学客として通れ。

 エミリアの言葉が頭の中で響いていた。

 ジェイクは、そのままゲートを通過する。

 一瞬。

 腰のデバイスが青く発光した。

 沈黙。

 時間が止まったようだった。

 やがて。

『確認完了』

 ジェイクの目が見開かれる。

 通った。

 本当に。

 通った。

          *

 エミリアも後ろから歩いてくる。

 白髪ウィッグ。

 老婦人用マスク。

 完全に別人だった。

 AI看守が彼女を見る。

 数秒。

 沈黙。

 ジェイクの全身から汗が吹き出す。

 だが。

『確認完了』

 エミリアも通過した。

 次の瞬間。

 世界が歪む。

 白い光。

 耳鳴り。

 猛烈な吐き気。

 身体が引き裂かれるような感覚。

 ジェイクは思わず叫びそうになった。

          *

 ――冷たい。

 最初に感じたのは、それだった。

 ジェイクは激しく咳き込みながら目を開ける。

 眩しい。

 白い天井。

 無数の機械音。

 冷えた空気。

 そして。

 透明なカプセル。

 まるで棺桶のような装置が、巨大空間へ無数に並んでいた。

「……は……?」

 ジェイクは震える手で床を掴む。

 身体が軽い。

 違和感。

 ジェイクは自分の腕を見る。

 若い。

 皺だらけだった腕が、

 三十年前のままだった。

「なんだよ……

 これ……」

 周囲には、眠る人間たち。

 囚人。

 長期接続者。

 全員が、透明カプセルの中で眠らされている。

 まるで巨大な冷凍墓地だった。

 その時だった。

 少し離れた列のカプセルが開いた。

 白い蒸気。

 咳き込む声。

 そこから、一人の女がよろめきながら這い出してくる。

 エミリアだった。

 若い。

 二十年間服役している中年女として出会った彼女ではない。

 収監前の、美しいままの姿。

 エミリアもジェイクに気づく。

 しばらく二人は呆然と見つめ合っていた。

 やがてジェイクが、乾いた笑いを漏らした。

「……お前、若ぇな」

 エミリアも、小さく笑った。

「あなたもよ」

 その時だった。

 ジェイクの視線が、壁際のモニターへ止まる。

 カプセル管理モニター。

 そこには、収監中の囚人データが表示されていた。

 ジェイクは、自分の識別番号を見つける。

 そして。

《収監経過時間 10日 22時間 48分》

 ジェイクは目を疑った。

 呼吸が止まる。

 三十年。

 あの地獄が。

 現実では、たった十一日だった。

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