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浮世英伝 ―大正ウキヨ英士伝―  作者: 本堂ポンタ
第十五章 新龍穴

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天を貫く青い光柱

挿絵(By みてみん)

「……来るぞ」

 清信さんが低く呟き、雨の向こうの暗闇を鋭く睨みつけた。

 敵の奇襲か。

 俺が咄嗟に身構え、極印の力を引き出そうとした、その時だった。

「——待ちくたびれたぜ、浮世組の旦那方」

 豪雨の音を切り裂くように、聞き覚えのある野太い声が響いた。

 暗闇の中から姿を現したのは、黒いスーツとコートを雨風に激しく翻す三つの影。

「あんたたちは……!」

 歌川龍人会の頭領・豊春さん。

 若頭の豊国さん。

 そして、黄色い光刃の柄に手をかけている巨大黒猫の国芳だった。

「よぉ、写楽。こんな土砂降りの夜に、お前らもピクニックか?」

 国芳が、いつもと変わらぬ飄々とした調子でニヤリと笑う。

「でも龍人会こそ、なんでここに!?」

 俺が驚いて尋ねると、豊国さんが鼻を鳴らして笑った。

「へっ、ウチの豊広を甘く見ちゃ困るぜ。あいつにかかれば、帝都の裏で動いてるゼニと資材の流れなんか、全部筒抜けってことさ。大倭衆のネズミどもがこの島を嗅ぎ回ってることも、とっくに掴んでたんだよ」

「……相変わらず、底知れない情報屋だな」

 政信の旦那が、雨に濡れた前髪を掻き上げながら呆れたように言った。

 だが、その目には微かな安堵の色が浮かんでいるように見えた。

 豊春さんが、氷のように冷徹な青い光刃を雨の中に顕現させながら、ゆっくりと前へ出た。

「政府の連中がモタモタしてる間に、新龍穴の口を押さえられちまったら、それこそ帝都は終わりだ。……ここは、俺たちも一枚噛ませてもらうぞ」

「足だけは引っ張るなよ、野良犬ども」

 政信の旦那も、不敵な笑みを浮かべて愛用の煙管を懐にしまい、自身の龍輝筆刃を構えた。

「そっちこそ腰を抜かすなよ、政府の飼い犬が」


 豊春さんが短く返し、二人の頭領の間に信頼に満ちた視線が火花を散らすように交差する。

 普段は相容れない、政府直轄の『浮世組』と、独立部隊である『歌川龍人会』。

 だが、この帝都を守り抜くという強烈な意志の前では、やり方の違いなど些末な問題だ。

「よし……行くぞッ!!」

 政信の旦那の鋭い号令が、嵐の夜に轟いた。

「「「応ッ!!」」」

 俺たち六人は、豪雨を切り裂くように、一つの巨大な刃となって人工島の奥へと駆け出した。

 足元のぬかるんだ土を蹴り立て、建設途中の鉄骨や資材の山を次々と飛び越えていく。

 島の中心に近づくにつれ、右手の極印が発する熱はビリビリと痛みを伴うほどに高まっていく。

 間違いない。

 この奥に、大倭衆の幹部たちがいる。

(……待ってろよ、化け物ども)

 俺は赤い光刃を強く握りしめ、決戦の地となる暗闇の深部へと一気に突入していった。


 豪雨の中を駆け抜け、俺たちがたどり着いたのは、建設途中の無機質なコンクリートの広場だった。

「……なんだ、あれは」

 俺は思わず足を止め、息を呑んだ。

 広場の中央から、土砂降りの雨を蒸発させ、漆黒の夜空を貫くように、禍々しくも圧倒的な『青い光の柱』が天へと立ち上っていたのだ。

 極印がビリビリと悲鳴を上げるほどの、異常な高密度のエネルギー。

 その光柱の根元には、周囲の近代的な資材とは明らかに不釣り合いな、古びた『石碑』が立てられていた。

 そして、その石碑を囲むように、四つの影が等間隔で悠然と佇んでいた。

「遅かったわね、帝都の番犬ども」

 扇子で口元を隠し、妖艶に微笑む滝夜叉姫。

「フン……ご苦労なことだ」

 腕を組み、冷酷な眼差しで俺たちを見下ろす石燕。

 さらに、執念深い視線を向ける蜘蛛丸と、無機質で冷たい眼差しを向ける夜叉丸。

 大倭衆の幹部たちが、揃い踏みしていた。

 だが、彼らが放つ瘴気すらも霞むほどに、俺たちの視線は、青い光柱の中心……石碑の前に立つ一人の人物に釘付けになっていた。

「芳年……ッ!!」

 国芳が、怒りと悲痛の入り混じった声を上げて一歩前へ出た。

 光の中心に立っていたのは、かつての国芳の弟分、芳年だった。

 だが、江戸城の地下で刃を交えた時よりも、さらに異様な空気を纏っている。

 彼の胸の前には、眩い青い光を放つ不思議な石が、まるで自身の意志を持っているかのように、ふわりと宙に浮遊していた。

(青い、宝石……?)

 俺が目を細めたその時。その青い石から無尽蔵の龍輝が嵐のように吹き荒れ、芳年の体をすっぽりと包み込んだ。

「芳年! 俺の声が聞こえねえのかッ!!」

 国芳が喉が裂けんばかりに叫ぶ。


 しかし、芳年の虚ろな瞳は一切の光を宿しておらず、国芳の声に微塵の反応も示さなかった。

 ただ無表情のまま、機械のように青い光の中に佇んでいる。

「……無駄なことよ」

 滝夜叉姫が、哀れな虫を見るような目で国芳を嘲笑った。

「その小僧の自我は、もはや塵一つ残っていないわ。……武神『素戔嗚尊』の力を宿す『青の勾玉』。その力に魂を食い尽くされ、我ら大倭衆の駒へと成り果てたのよ」

「青の、勾玉だと……!?」

 俺は絶句した。

 赤坂で奪われた黒の勾玉に続き、大倭衆はまた別の勾玉を手中に収めていたというのか。

「……てめぇら……ッ! 人の心を弄んで、どこまで外道に落ちれば気が済むんだッ!」

 国芳の全身から、凄まじい怒りの龍輝が黄色いオーラとなって噴き上がった。

 豊春さんも豊国さんも、無言のまま圧倒的な殺気を放ち、龍輝筆刃を構える。

「芳年を返せ! 今すぐ俺の弟分を返しやがれッ!!」

 国芳が弾かれたように地を蹴ろうとした、まさにその時だった。

 ——ズズンッ……!!

 空間そのものが、巨大な『重圧』によって、押し潰されたのだ。

「……ッ!?」

 俺はあまりの息苦しさに膝をつきそうになり、必死に龍輝筆刃を杖にして耐えた。

 豊春さんも、政信の旦那でさえも、顔を歪めて動きを止めている。

 青い光のさらに奥、深い闇の中から、足音一つ立てずに『それ』は現れた。

 江戸城の地下で、滝夜叉姫たち幹部がひれ伏した、あの底知れぬ影。

 一切の言葉を発することなく、ただそこに存在するだけで魂を鷲掴みにされるような、絶対的な威圧感を放つ存在。

 謎の影が、ゆっくりと俺たちの前にその姿を現したのだ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回は10月13日(火)19時に更新予定です。

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