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浮世英伝 ―大正ウキヨ英士伝―  作者: 本堂ポンタ
第十四章 ペンダント

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頼もしい新米

挿絵(By みてみん)

 ハッとして我に返った時には、すでに遅かった。

 首筋に、ジリッとした熱が這う。

 応為が下段から振るい上げた赤い光刃が、俺の喉仏のわずか数センチ手前で、ピタリと寸止めされていたのだ。

「……」

 俺は冷や汗を額に浮かべたまま、息を呑んで立ち尽くした。

 あと少し踏み込まれていれば、間違いなく首の皮を一枚持っていかれていた完璧な一撃だった。

「……ふぅ」

 応為は小さく息を吐き、スッと刃を引いた。

 そして、腰に手を当てて、ジト目で俺を睨みつけてくる。

「どうしたの、写楽。全然集中してないじゃない」

「あ、いや……わりぃ。ちょっと考え事してて……」

 俺は誤魔化すように後頭部を掻いてへらへらと笑ってみせたが、応為の目は少しも笑っていなかった。

「考え事? 修練中に? あんたらしくないじゃない」

 図星を突かれ、俺は言葉に詰まった。

 車引きとして日々街を駆け回り、人を見てきた彼女の観察眼は、俺の些細な動揺や剣先のブレなど、とっくに見抜いていたのだ。

 龍輝筆刃の赤い光刃を収めると、応為はずかずかと俺の目の前まで歩み寄り、逃げ場を塞ぐように真っ直ぐな瞳で俺を見上げてきた。

「……なんか、隠し事してるでしょ」

 ドキリ、と心臓が跳ねた。

 嘘や誤魔化しを一切許さない、芯の強さを持った彼女の瞳。

 その奥にある、仲間を純粋に案じる温かな光が、今の俺にはたまらなく眩しく、そして痛かった。

(……言えるわけがねえ。俺が消えるかもしれないなんて)

 本当のことを言えば、この真っ直ぐな彼女は、誰かが犠牲になる未来なんて絶対に認めないだろう。

 俺一人でそんな重い運命を背負い込もうとしていると知れば、間違いなく本気で怒るはずだ。

 俺は、胸の奥で渦巻く重い真実を無理やり飲み込み、必死に誤魔化すための言葉を探した。


 真っ直ぐに見上げてくる応為の瞳から逃れるように、俺は努めて軽い調子で笑い飛ばした。

「隠し事? ばーか、俺がそんな器用な真似できるわけねえだろ」

「じゃあ、なんなのよ。さっきから上の空じゃない」

「いや……ちょっと、考えてたんだよ」

 俺は龍輝筆刃を肩に担ぎ、わざとらしく天井を仰ぎ見た。

「もし俺が、ある日急にいなくなったら、お前らどうすんのかなーって」

 冗談めかして言ったつもりだった。だが、口に出した瞬間、自分でも驚くほど声が震えそうになるのを、俺は奥歯を噛み締めて必死に抑え込んだ。

 応為はきょとんとした顔をした後、呆れたように深々とため息をついた。

「……何、バカなこと言ってんのよ」

 そして、容赦なく俺の背中をバンッ! と強く叩いた。

「痛っ!」

「どこにも行かせないわよ。あんたは浮世組の大事な戦力なんだから」

 応為は腰に手を当て、自信に満ちた、太陽のような笑みを浮かべた。

 そして、淡い熱を帯びる自らの右手の甲——『極印』を誇らしげに見せてくる。

「それに、あたしがいるじゃない。あんたがどれだけ無茶してボロボロになっても、あたしの力で絶対に治してあげる。……だから、あんたは余計なこと考えずに、思い切り戦いなさい!」

 彼女に見えている俺の悩みは、『これからの激しい戦いで命を落とすことへの恐怖』くらいに映ったのだろう。

 だが、自らが世界から消え去るという孤独な運命に怯えていた今の俺にとって、彼女のその真っ直ぐで力強い言葉は、どんな慰めよりも温かく、胸の奥深くに響いた。

(……ああ、そうだな。俺が一人で勝手に背負い込んで、何日和ってんだ)

 俺は、胸の奥で渦巻いていた冷たい恐怖が、応為の明るさに照らされてスッと溶けていくのを感じた。

「……へっ、言うじゃねえか。新米のくせに」

「新米で悪かったわね! でも、治癒の力はあたしにしか使えないんだから、先輩風吹かせるなら今のうちよ!」

 応為が鼻を鳴らし、再び赤い光刃を構える。

 俺も龍輝筆刃を構え直し、腹の底から湧き上がるような笑みを浮かべた。

「ああ、せいぜい頼りにさせてもらうぜ!」

 奇跡の力は、あと二回。

 それを使えば、俺がこの世界から消え去るという運命の時計の針が、また一つ進んでしまう。

 だが、俺はもう、その針を進めさせるつもりはない。

 こんな力に頼らずとも、俺と、そして応為たち仲間がいれば、絶対に切り抜けられるはずだ。

 待ち受ける絶望的な運命など、この手で叩き壊してやる。

「さあ、修練の続きだ。かかってこい、応為!」

「言われなくても、ボコボコにしてやるんだから!」

 浅草龍穴に、再び甲高い剣戟の音と、二人の笑い声が響き渡る。

 俺が抱え込んだ過酷な秘密を、彼女が知る日は来ないかもしれない。

 だが、癒やしの力と折れない心を手に入れ、隣に並び立ってくれるこの眩しい笑顔がある限り。

 俺はもう、二度と迷わない。

 過酷な運命に抗う写楽と、彼と共に戦う力を得た応為。

 未だ見ぬ決戦へ向けて、二人のウキヨ英士の光が、浅草の地下で力強く交差していた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回は10月7日(水)19時に更新予定です。

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