↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
浮世英伝 ―大正ウキヨ英士伝―  作者: 本堂ポンタ
第十四章 ペンダント

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
70/78

奇跡の代償

挿絵(By みてみん)

 俺の頭の中に、赤坂龍穴と、江戸城龍穴での絶望的な瞬間がフラッシュバックする。

 あの時、確かに歌麿も広重も、一度は完全に命を落としていた。

 俺の強い想いにペンダントが応え、時間を遡らせたことで、彼らは今も生きて笑っている。

 それを、美与様は江戸城の地下からずっと感じ取っていたというのか。

「……じゃあ、このペンダント……『白陽の鏡』があれば、俺はこれからも、仲間が死ぬ運命を……変えられるってことですね」

 俺は、すがるような思いで尋ねた。

 そうだ。

 この奇跡の力さえあれば、これから先、大倭衆との戦いでどんな絶望的な状況に陥ったとしても、必ず仲間を救い出すことができる。

 未だ見ぬ決戦へ向けて、これ以上ないほど心強い希望の光だった。

 だが。

 美与様の瞳に浮かんでいたのは、俺の希望を肯定するような温かい色ではなかった。

 むしろ、あまりにも重く、悲痛なものを背負ったような、痛ましい眼差しだった。

「……いいえ、写楽」

 美与様の静かな声が、俺の希望を氷のように冷たく打ち砕いた。

「どういう、ことですか?」

「『白陽の鏡』が起こす奇跡は、無尽蔵に湧き出るものではありません。世界の理である『時間』を逆行させるという行為は、途方もない代償とエネルギーを必要とするのです」

 美与様は、俺の胸元のペンダントをじっと見つめながら、残酷な真実を静かに紡いだ。

「初代巫女・卑弥呼の代から遙かな時をかけて蓄積されてきたその奇跡の力は、あなたが歌麿と広重のために時を遡ったことで、すでにその大部分を消費してしまっています。……あの鏡に残された『時を遡る力』は……おそらく、あと二回分です」

「……二回」

 俺は、静かにその言葉を復唱した。

「ええ。あと二回、時を遡れば、その時点で、太古より受け継がれてきた鏡の力は完全に尽き果てることでしょう」

 俺は胸元のペンダントを服越しにギュッと握りしめ、ゆっくりと深呼吸をした。

 あと二回。

 無限だと思っていた奇跡には、明確な限界があったのだ。

 だが、不思議と絶望や恐怖はなかった。

(無尽蔵に使える力じゃねえってことか……。いや、当たり前だ)

 むしろ、そうであるべきだ。

 人の命を救うほどの奇跡に、安易に頼り切っていいはずがない。

 ペンダントはあくまで最後の切り札。

 これからはより一層、この力に頼ることなく、俺自身の力と仲間の連携で運命を切り開いていかなければならない。

 残された二回の奇跡という事実が、俺の心に、これまで以上の強い覚悟と、決して気を抜けないという強烈な緊張感をもたらしていた。


「美与様! 俺、鏡の力になんか頼らずとも、絶対に帝都と仲間を守ってみせますよ!」

 俺が真っ直ぐに見据えて言い放つと、美与様は微かに安堵したような、それでいてさらに深い悲しみを帯びた瞳で言葉を紡いだ。

「……残された奇跡に頼らず進もうとするあなたの覚悟。……見事です」

 そう言って微かに口元を綻ばせたのも束の間、美与様はすぐに表情を引き締め、より一層重く、真剣な眼差しを俺に向けた。

「ですが、写楽。あなたが知らねばならぬ真実が、もう一つあります」

「もう一つ?」

「ええ。その鏡は、ただ時を遡るためだけの道具ではありません」

 美与様は祭壇へと目を向け、静かに語り始めた。

「……あなたが持つそのペンダントは、『白の勾玉』に宿る『天照大御神』の強大な力をこの世に繋ぎ止めるための『楔』であり、同時にその力を抑え込むための『蓋』なのです」

「蓋……」

「人の持つ鏡の力……時を遡る奇跡が完全に尽き果てた時。それは、人界での脅威を止めるための打つ手がなくなったことを意味します。その時、『白の勾玉』に宿る天照大御神が自らその御力を解放し、あなたに救済の助力を与えてくれるでしょう」

 神の力。

 あまりにも現実離れした言葉だが、これまで起きた数々の奇跡を思えば、疑う余地はなかった。

 大倭衆という化け物たちを相手にする上で、神の力が味方についてくれるというのなら、これ以上心強いことはないはずだ。

 だが、美与様の表情は、ちっとも明るくなかった。

 むしろ、これから死刑宣告でもするかのように、沈痛な面持ちだ。

「……何か、ヤバい代償があるんですね」

 俺が直感で尋ねると、美与様はゆっくりと頷いた。

「人が神の強大な力を直接行使すれば、どうなるか。……その力を行使した者は、もはやこの時代の理が許容できる存在ではなくなります」

「理が、許容できない?」

「つまり……この世界から弾き出されてしまうのです」

 美与様の声が、冷たく、重く、祭壇の間に響き渡った。

「この時代から、あなたの存在そのものが消え去り……仲間と、永遠に別れることになります」

「……ッ」

 心臓を、氷の刃で直接串刺しにされたような衝撃だった。

(世界から弾き出される。仲間と、永遠に別れる……?)

 俺は無意識に、胸元のペンダントを強く握りしめた。

 浅草浮世組で過ごす、かけがえのない日々。

 北斎や清長と剣術の修練に明け暮れ、国芳や広重とくだらないことで笑い合い、応為の作った不格好な飯を食う。

 そんな俺らを政信の旦那や清信さんが見守ってくれている、あの温かい居場所。

 仲間を救うための切り札を使った瞬間、俺自身が彼らと共に生きる未来を永遠に失う。

 仲間を救うための力が、仲間との未来を奪う片刃の剣だったのだ。

「……それが、太古より受け継がれてきた神器の、あまりにも重い代償。……写楽。あなたは、その残酷な運命を受け入れることができますか?」

 沈黙が、祭壇の間を支配した。

 仲間と別れる恐怖。

 自分が消え去る恐怖。

 それは、死ぬことよりもずっと恐ろしく、孤独なものに思えた。

 だが。

 もし俺がここでその代償を恐れて鏡の力を使わず、結果として北斎や応為たちが大倭衆の刃に倒れ、永遠に失われてしまったら?

 俺だけが生き残って、彼らのいない世界で生きていくことになったら?

(……そんなの、絶対に御免だ)

 俺は、小さく、だが深く息を吐き出した。

 顔を上げ、美与様を真っ直ぐに見つめ返す。

「……俺が消えることで、あいつらが笑って生きられるなら」

 俺の声は、自分でも驚くほど静かで、そしてはっきりとしていた。

「迷う必要なんて、ねえですよ」

 俺の答えを聞いた美与様は、目を見開いた。

 その静かな瞳が、微かに揺らぐ。

(……この方は、自分が何を失うのか分かった上で、それでも……)

 美与の胸の奥底で、遠い日の記憶が蘇っていた。

 幼い頃から『龍脈の巫女』として強大な力を宿し、人ならざる声を聞き続けてきた彼女にとって、人間の感情や日々の営みなど、あまりにも些末で理解しがたいものだった。

 冷たく凍てついていた彼女の心を溶かしたのは、他でもない、将軍・輝吉だった。

 輝吉は執事の姿に扮し、度々彼女を城の外の城下町へと連れ出した。

『美与。お前が守っているのは、龍脈というただのエネルギーではない。この街で笑い、生きる、一人ひとりの日常だ』

 輝吉に示された、活気にあふれ、泥臭くも温かい民衆の笑顔。

 それは、彼女に自らの使命の本当の意味を教え、少しずつ人間らしい感情を取り戻させてくれた。

 だからこそ、今の美与には痛いほどわかるのだ。

 写楽が守ろうとしている「仲間のいる日常」が、どれほど尊く、かけがえのないものか。

 そして、それを永遠に失うという代償が、どれほど残酷で悲しいものかが。

「……っ」

 美与の美しい瞳から、ポロリと一粒の涙がこぼれ落ちた。

 そして、彼女は写楽に向かって深く、深く頭を下げた。

 それは、帝都の運命を一人で背負うことを決めた一人の若き戦士に対する、龍脈の巫女としての最大の敬意と、祈りだった。

 写楽は胸元のペンダントを服の中にしまい込む。

(誰を救い、自分がいつ消えるのか。そんなの今わかりっこねぇ)

 ただ、その運命を誰にも言わず一人で背負い抜くという、重く、そして決して折れない覚悟を、写楽は魂の奥底に刻み込んだ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回は10月5日(月)19時に更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。