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浮世英伝 ―大正ウキヨ英士伝―  作者: 本堂ポンタ
第十三章 江戸城龍穴(後編)

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這い出す巨骸

挿絵(By みてみん)

 滝夜叉姫の華奢な体から爆発的に噴き上がったどす黒い瘴気。

 空間そのものを腐らせるような、凄まじい威圧が空間を支配する。

 俺たちは思わず息を呑み、後ずさりしそうになる足に必死で力を込めた。

「ちぃっ……なんて禍々しい気迫だ!」

 豊国さんが赤い光刃を前に構え、顔を引きつらせる。

 豊広さんも胡散臭い笑みを完全に消し去り、険しい顔で彼女を睨みつけていた。

 夜叉のように顔を歪めた滝夜叉姫は、懐から禍々しい紫の気を放つ漆黒の呪符を一枚取り出し、虚空へと放り投げた。

 たった一枚の紙片が、意思を持つかのように膨大な瘴気を噴き出しながら渦を巻き、龍穴の中央の窪地へと吸い込まれていく。

「いでよ、我が忠実なる屍の龍よ! ……帝都を、屍の海へと変えるのよッ!!」

 バヂィィィッ!!

 鼓膜を破らんばかりの轟音と共に、広大な龍穴の中央——本来なら清らかな龍輝が溢れ出るはずの窪地が、ドロドロとした真っ黒な瘴気に完全に飲み込まれた。

 ズズズズズッ……!!

 激しい地響きと共に硬い岩盤が割れ、地下深くに眠っていた『何か』が這い上がってくる。

「なっ……なんだ、あれは……!」

 国芳が、恐怖に見開かれた目を震わせた。

 どす黒い瘴気の底から姿を現したのは、無数の巨大な骨の残骸だった。

 それらが瘴気を糸にして強引に繋ぎ合わされ、全長十メートルを超える巨大な竜の形を成していく。

 ギギギギィィィッ……!!

 ただそこに存在するだけで、空気が重くのしかかり、呼吸すらまともにできない。

 産声を上げるように顎を打ち鳴らすたび、龍穴の天井からはバラバラと瓦礫が降り注ぎ、空間そのものが悲鳴を上げた。

「……やりすぎだぞ、姫!」

 その常軌を逸した質量と邪気を前に、味方であるはずの石燕でさえ眉をひそめ、後方へと大きく距離を取った。

「ふふっ……あら、怖気づいたのかしら? 壊すだけでは飽き足らないのよ。この髑髏龍には、帝都を食い荒らしてもらうわ!」

 滝夜叉姫の瞳に宿る、底なしの冷酷な狂気。

 江戸城龍穴の最奥で、帝都を葬り去るための最悪の切り札が、今まさにその巨大な顎を広げ、俺たちを見下ろしていた。


「冗談だろ……」

 国芳が、声を震わせる。

 誰もがその絶望的な巨大さと禍々しさに、息を呑むことしかできなかった。

 全長十メートルを超える巨大な髑髏龍が、その身に纏う濃密な瘴気を振りまきながら、広大な龍穴の窪地から這い出してくる。

 ゴロゴロと、巨大な骨の体が動くたびに岩盤が砕け、地鳴りが響き渡る。

 空ろな両目の奥には、赤黒い怨念の炎が燃え盛っていた。

「……ッ、総員、防御態勢を取れ! 」

 豊春さんの叫びと同時に、髑髏龍がその巨大な顎を天に向けて大きく開き、咆哮を上げる。

「グォォォォォォォォォォォォォォッ!!」

 それは、ただの鳴き声ではなかった。

 物理的な衝撃波を伴った、破壊の咆哮。

「がはっ……!」

「うわぁっ!」

 最前線に立っていた国貞と広重が、その衝撃波をまともに受けて後方へ吹き飛ばされる。

「兄貴!」

「広重!」

 国芳と俺は咄嗟に二人を背後から受け止めるが、その凄まじい風圧に四人まとめて地面を数メートルも滑らされた。

「……チッ、デカいだけじゃねえか。その程度で、この俺を倒せると思うなよッ!」

 国貞が口の端から流れた血を拭いながら、闘争本能剥き出しの赤い光刃を構えて立ち上がる。

「行くぞ! 陣形を組んで一気に叩き潰す!」

「応!!」

 俺たちはすぐさま態勢を立て直し、国貞を先頭にして巨大な髑髏龍へと突撃した。

「オラァッ!!」

 国貞が大きく跳躍し、赤い光刃を髑髏龍の巨大な前足の骨に叩き込む。

 バヂィィィンッ!

 と、火花が散る。

 だが、硬質な骨は微かにヒビが入っただけで、全く砕ける気配がない。

「くそっ、硬ぇな!」

「俺に任せろ!」

 国貞が着地するのと入れ替わるように、国芳が空中で黄色い光刃を独楽のように回転させ、髑髏龍の顎を狙う。

 さらに、広重の青い光刃が、死角から正確に髑髏龍の関節部を射抜いた。

 俺も、隙を突いて赤い光刃でその胴体を大きく薙ぎ払う。

 四人の波状攻撃。

 並の惡魂衆なら、一瞬で消し飛んでいるはずの猛攻だ。

 だが——。

「グガァァァァッ!!」

 髑髏龍は鬱陶しそうに頭を振り、その巨大な尻尾を鞭のように薙ぎ払った。

「うおっ!?」

 凄まじい速度と重さを持った一撃。

 俺たちは咄嗟に光刃を盾にして受け止めようとしたが、その凄まじい衝撃に抗いきれず、壁際まで吹き飛ばされてしまった。

「……くっ、手強えな」

 俺が呻きながら立ち上がると、視界の端で、青と赤の閃光が髑髏龍へと迫っていくのが見えた。

 豊春さんと豊国さんだ。

「デカブツが……舐めんじゃねえぞッ!!」

 豊国さんの赤い光刃が、凄まじい怪力で髑髏龍の胴体の骨を一本、見事に叩き折る。

「そこだ!」

 生じた隙に、豊春さんの氷のように冷徹な青い光刃が一閃し、髑髏龍の巨大な右前足の関節を鮮やかに斬り落とした。

「よし!」

 俺が思わず拳を握りしめた、その時。

 ボキボキボキッ……!

 叩き折られたはずの肋骨と、斬り落とされた巨大な右前足が、瘴気を糸のように絡ませて、瞬く間に元通りに結合していく。

「……再生能力まであるのか。厄介極まりないですねぇ」

 後方で戦況を冷静に見つめていた豊広さんが、忌々しそうに眉をひそめた。

「ククッ……無駄な足掻きを」

 石燕が、髑髏龍の背後から俺たちを見下ろして余裕の笑みを浮かべている。

 その横で、滝夜叉姫が狂気に満ちた瞳で妖しく微笑んだ。

「さあ、可愛い私の下僕よ。あの目障りな虫ケラどもを、骨の髄まで食い尽くしなさい!」

 滝夜叉姫の命令に応えるように、髑髏龍は再び天を仰ぎ、さらに巨大な咆哮を放つ。

 そして、その巨大な顎から、空間を腐食させるほどの赤黒い瘴気が、俺たちへ向けて一気に吐き出されたのだった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回は9月25日(金)19時に更新予定です。

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