這い出す巨骸
滝夜叉姫の華奢な体から爆発的に噴き上がったどす黒い瘴気。
空間そのものを腐らせるような、凄まじい威圧が空間を支配する。
俺たちは思わず息を呑み、後ずさりしそうになる足に必死で力を込めた。
「ちぃっ……なんて禍々しい気迫だ!」
豊国さんが赤い光刃を前に構え、顔を引きつらせる。
豊広さんも胡散臭い笑みを完全に消し去り、険しい顔で彼女を睨みつけていた。
夜叉のように顔を歪めた滝夜叉姫は、懐から禍々しい紫の気を放つ漆黒の呪符を一枚取り出し、虚空へと放り投げた。
たった一枚の紙片が、意思を持つかのように膨大な瘴気を噴き出しながら渦を巻き、龍穴の中央の窪地へと吸い込まれていく。
「いでよ、我が忠実なる屍の龍よ! ……帝都を、屍の海へと変えるのよッ!!」
バヂィィィッ!!
鼓膜を破らんばかりの轟音と共に、広大な龍穴の中央——本来なら清らかな龍輝が溢れ出るはずの窪地が、ドロドロとした真っ黒な瘴気に完全に飲み込まれた。
ズズズズズッ……!!
激しい地響きと共に硬い岩盤が割れ、地下深くに眠っていた『何か』が這い上がってくる。
「なっ……なんだ、あれは……!」
国芳が、恐怖に見開かれた目を震わせた。
どす黒い瘴気の底から姿を現したのは、無数の巨大な骨の残骸だった。
それらが瘴気を糸にして強引に繋ぎ合わされ、全長十メートルを超える巨大な竜の形を成していく。
ギギギギィィィッ……!!
ただそこに存在するだけで、空気が重くのしかかり、呼吸すらまともにできない。
産声を上げるように顎を打ち鳴らすたび、龍穴の天井からはバラバラと瓦礫が降り注ぎ、空間そのものが悲鳴を上げた。
「……やりすぎだぞ、姫!」
その常軌を逸した質量と邪気を前に、味方であるはずの石燕でさえ眉をひそめ、後方へと大きく距離を取った。
「ふふっ……あら、怖気づいたのかしら? 壊すだけでは飽き足らないのよ。この髑髏龍には、帝都を食い荒らしてもらうわ!」
滝夜叉姫の瞳に宿る、底なしの冷酷な狂気。
江戸城龍穴の最奥で、帝都を葬り去るための最悪の切り札が、今まさにその巨大な顎を広げ、俺たちを見下ろしていた。
「冗談だろ……」
国芳が、声を震わせる。
誰もがその絶望的な巨大さと禍々しさに、息を呑むことしかできなかった。
全長十メートルを超える巨大な髑髏龍が、その身に纏う濃密な瘴気を振りまきながら、広大な龍穴の窪地から這い出してくる。
ゴロゴロと、巨大な骨の体が動くたびに岩盤が砕け、地鳴りが響き渡る。
空ろな両目の奥には、赤黒い怨念の炎が燃え盛っていた。
「……ッ、総員、防御態勢を取れ! 」
豊春さんの叫びと同時に、髑髏龍がその巨大な顎を天に向けて大きく開き、咆哮を上げる。
「グォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
それは、ただの鳴き声ではなかった。
物理的な衝撃波を伴った、破壊の咆哮。
「がはっ……!」
「うわぁっ!」
最前線に立っていた国貞と広重が、その衝撃波をまともに受けて後方へ吹き飛ばされる。
「兄貴!」
「広重!」
国芳と俺は咄嗟に二人を背後から受け止めるが、その凄まじい風圧に四人まとめて地面を数メートルも滑らされた。
「……チッ、デカいだけじゃねえか。その程度で、この俺を倒せると思うなよッ!」
国貞が口の端から流れた血を拭いながら、闘争本能剥き出しの赤い光刃を構えて立ち上がる。
「行くぞ! 陣形を組んで一気に叩き潰す!」
「応!!」
俺たちはすぐさま態勢を立て直し、国貞を先頭にして巨大な髑髏龍へと突撃した。
「オラァッ!!」
国貞が大きく跳躍し、赤い光刃を髑髏龍の巨大な前足の骨に叩き込む。
バヂィィィンッ!
と、火花が散る。
だが、硬質な骨は微かにヒビが入っただけで、全く砕ける気配がない。
「くそっ、硬ぇな!」
「俺に任せろ!」
国貞が着地するのと入れ替わるように、国芳が空中で黄色い光刃を独楽のように回転させ、髑髏龍の顎を狙う。
さらに、広重の青い光刃が、死角から正確に髑髏龍の関節部を射抜いた。
俺も、隙を突いて赤い光刃でその胴体を大きく薙ぎ払う。
四人の波状攻撃。
並の惡魂衆なら、一瞬で消し飛んでいるはずの猛攻だ。
だが——。
「グガァァァァッ!!」
髑髏龍は鬱陶しそうに頭を振り、その巨大な尻尾を鞭のように薙ぎ払った。
「うおっ!?」
凄まじい速度と重さを持った一撃。
俺たちは咄嗟に光刃を盾にして受け止めようとしたが、その凄まじい衝撃に抗いきれず、壁際まで吹き飛ばされてしまった。
「……くっ、手強えな」
俺が呻きながら立ち上がると、視界の端で、青と赤の閃光が髑髏龍へと迫っていくのが見えた。
豊春さんと豊国さんだ。
「デカブツが……舐めんじゃねえぞッ!!」
豊国さんの赤い光刃が、凄まじい怪力で髑髏龍の胴体の骨を一本、見事に叩き折る。
「そこだ!」
生じた隙に、豊春さんの氷のように冷徹な青い光刃が一閃し、髑髏龍の巨大な右前足の関節を鮮やかに斬り落とした。
「よし!」
俺が思わず拳を握りしめた、その時。
ボキボキボキッ……!
叩き折られたはずの肋骨と、斬り落とされた巨大な右前足が、瘴気を糸のように絡ませて、瞬く間に元通りに結合していく。
「……再生能力まであるのか。厄介極まりないですねぇ」
後方で戦況を冷静に見つめていた豊広さんが、忌々しそうに眉をひそめた。
「ククッ……無駄な足掻きを」
石燕が、髑髏龍の背後から俺たちを見下ろして余裕の笑みを浮かべている。
その横で、滝夜叉姫が狂気に満ちた瞳で妖しく微笑んだ。
「さあ、可愛い私の下僕よ。あの目障りな虫ケラどもを、骨の髄まで食い尽くしなさい!」
滝夜叉姫の命令に応えるように、髑髏龍は再び天を仰ぎ、さらに巨大な咆哮を放つ。
そして、その巨大な顎から、空間を腐食させるほどの赤黒い瘴気が、俺たちへ向けて一気に吐き出されたのだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は9月25日(金)19時に更新予定です。




