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浮世英伝 ―大正ウキヨ英士伝―  作者: 本堂ポンタ
第十二章 江戸城龍穴(中編)

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先読みする影

挿絵(By みてみん)

 空間を揺るがすほどの轟音と、目も眩むような光の奔流が、江戸城龍穴の最奥で激しく交錯していた。

「オラァッ!!」

 豊国の雄叫びと共に、燃え盛るような赤い光刃が上段から振り下ろされる。

 迎え撃つ石燕は、禍々しい紫の光を放つ自身の刃でそれを軽々と受け止めた。

 だが、豊国の攻撃は一撃の重さだけではない。

 弾き返された反動をそのまま利用し、独楽のように身を翻して次々と連撃を叩き込む。

 荒々しく本能剥き出しでありながら、一切の無駄を省いた神速の剣技。

「フン……威勢は良いが、粗削りだ」

 石燕は尊大な笑みを崩さず、豊国の猛攻を最小限の動きで捌いていく。

 初代ウキヨ英士として、かつてこの国で最強と謳われた男の太刀筋は、まさに完全無欠だった。

 どんなに強力な一撃も、流水のように受け流し無力化してしまう。

 だが、歌川龍人会の真髄は、豊国の豪快さだけではない。

「——そこだ」

 石燕が豊国の一撃を弾き、ほんの僅かに体勢が崩れた、そのコンマ数秒の隙。

 音もなく背後に回り込んでいた豊春の青い光刃が、氷のように冷徹な軌道を描いて石燕の死角を切り裂きにいく。

「……チッ」

 石燕の表情から、一瞬だけ余裕の笑みが消えた。

 彼は信じられない反応速度で上体を捻り、間一髪で豊春の刃を躱すが、その頬には一筋の浅い傷が走り、朱い血が滲んだ。

「へっ! どうした初代様! 随分と余裕がなくなってきたじゃねえか!」

 豊国がニヤリと好戦的な笑みを深め、再び赤い光刃を構えて間合いを詰める。

「……法や体面に縛られない『影の刃』。なかなかどうして、厄介な連中だ」

 石燕は頬の血を親指で拭いながら、低く唸った。

 政府直轄である浮世組の戦い方が、理にかなった『陣形』だとするなら、豊春と豊国の戦い方は、互いの呼吸を完全に把握し合った『一心の刃』だった。

 豊国が陽動と破壊を担い、石燕の意識を強引に引きつける。

 そして、生じた僅かな綻びを、豊春が絶対的な精度で確実に射抜く。

 二人の間に言葉による指示は一切ない。

 長年、光の当たらない影の道で共に泥をすすり、背中を預け合ってきた二人だからこそ到達し得た、至高の連携攻撃だった。

「俺たちの道は、誰かに与えられたものではない。俺たち自らの意志で切り拓いた道だ」

 豊春が、青い光刃の切っ先を石燕に真っ直ぐに向けたまま、熱を帯びた声で静かに告げる。

「過去の亡霊に、この帝都を落とさせるわけにはいかない」

「……ほざけ」

 石燕から、これまでとは比べ物にならないほど濃密な、紫の瘴気が噴き上がった。

 本気になった初代ウキヨ英士の圧倒的な闘気が、空間そのものをミシミシと軋ませる。

「行くぞ、豊国」

「言われるまでもねえッ!!」

 豊春と豊国は、石燕の放つ絶望的な重圧に微塵も怯むことなく、同時に地を蹴った。

 青と赤の光刃が双龍のように絡み合いながら、瘴気を纏う石燕へ一直線に襲いかかる。

 激しい鍔迫り合いでお互いの力が弾けるように、甲高い音が連続して響き渡る。

 戦況は、完全に互角。

 いや、石燕の神業のような防壁を、龍人会の龍虎が完璧な連携で封じ込め、徐々に、だが確実に石燕を後退させ始めていた。

「どうした、石燕ッ!! お前の野望はそんなものか!!」

 豊国が吠え、渾身の力を込めた赤い刃を叩き込む。

 バヂィィィッ!!

 石燕は紫の光刃を交差させてなんとか防御するが、その凄まじい衝撃に耐えきれず、ついに数歩、大きく後方へと押し込まれた。

 その顔には、先ほどまでの尊大な余裕は完全に失われ、忌々しげな焦燥の色が明確に浮かび上がっていた。


「はぁっ、はぁっ……!」

 暗い通路を駆け抜け、ついに最奥の広大な空間へと飛び込んだ俺は、そこで繰り広げられている常軌を逸した光景に目を奪われた。

 青と赤の光刃が双龍のようにうねりを上げ、紫の光刃を完全に押し込んでいる。

「すげえ……!」

 豊春さんと豊国さんが、あの石燕相手に、優位に立っていたのだ。

「頭領(オヤジ)ッ!」

「合流するぜ!」

 俺とは別の通路から、国貞と国芳が駆け込んでくる。

 どうやら彼らも、芳年の猛攻を凌ぎ切り、なんとかこの最奥へと辿り着いたらしい。

 その直後だった。

 ドオォォォンッ!!

 俺たちが立っている場所のすぐ横の壁が爆発するように吹き飛び、凄まじい赤黒い瘴気と共に、漆黒のコートを着た二つの影が弾き出されてきた。

「豊広さん! 広重!」

「……くっ、さすがに化け物じみていますね」

 豊広さんと広重が、靴底を削りながら地面を滑り、なんとか体勢を立て直す。

 そして、彼らが吹き飛ばされてきた土煙の向こうから優雅に歩み出てきたのは、妖艶な笑みを浮かべる滝夜叉姫だった。

「あら、随分と賑やかになったこと」

 滝夜叉姫は扇子を口元に当てながら周囲を見渡し、そして、豊春さんたちの猛攻に防戦一方となっている石燕を見て、微かに眉をひそめた。

「……何を手こずっていますの、石燕。戯れはそのくらいにしておきなさい。もうアレは回収したのかしら」

 石燕は豊春さんと豊国さんの重い一撃を紫の光刃で強引に弾き返し、大きく後方へと跳躍して滝夜叉姫の隣に降り立った。

 その顔には、先ほどまでの尊大な余裕は欠片もなく、苛立ちと焦りが色濃く浮かんでいる。

「それが……姫。最奥の祭壇には、既に『白の勾玉』は無く……」

「……なんですって?」

 滝夜叉姫の扇子を持つ手が、ピタリと止まった。

「ようやく気づきましたか、鬼姫」

 豊広さんが、土埃を払うようにスーツの袖を軽く叩きながら、胡散臭いほどに愛想の良い笑みを浮かべて一歩前へ出た。

「あなたたちの真の目的が、単なる江戸城龍穴の破壊ではなく、赤坂で奪った『黒の勾玉』に続き、ここに眠る『白の勾玉』を強奪することなど……最初からお見通しだったんですよ」

「……!」

 白の勾玉……?

 俺や国芳が顔を見合わせる中、豊広さんは氷のように冷徹な瞳を光らせ、言葉を続ける。

「ですから、私は白の勾玉をこの江戸城龍穴から、とある場所へ、密かに移送するよう根回ししておきました」

「すべては、俺たちの手のひらの上ってことだぜ!」

 豊国さんが、赤い光刃を肩に担ぎながら痛快にニヤリと笑う。

 豊春さんも静かに青い光刃を構え直し、大倭衆の幹部二人を真っ直ぐに見据えた。

 ウキヨ英士たちが揃い踏みし、完全に形勢は逆転した。

「……小賢しい真似を!」

 滝夜叉姫の顔から、あの優雅で余裕に満ちた妖艶な笑みが、完全に消え去った。

 その美しい顔立ちが、夜叉のようにどす黒い怒りに歪む。

「私たち大倭衆の悲願を……よくも虚仮にしてくれたな……ッ!! ウキヨ英士どもッ!!」

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回は9月23日(水)19時に更新予定です。

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