哀しき破壊人形
「……重ぇなんてもんじゃねえぞ!」
俺の龍輝筆刃が放つ黄色い光刃が、激しい軋み声を上げる。
上段から振り下ろされた紫色の光刃を辛うじて受け止めているが、腕の骨がミシミシと鳴り悲鳴をあげていた。
一切の感情を削ぎ落としたかのような、虚ろな瞳。
かつて俺——国芳を「師匠」と慕い、半ば強引に弟子入りしてきた熱血漢の青年は、そこにはいなかった。
「おい、芳年! なんで俺たちを裏切った! 答えろよ!」
俺は必死に叫んだ。
だが、芳年の口からは言葉はおろか、息遣いすら聞こえてこない。
ただ機械的に、俺を殺すためだけに剣を押し込んでくる。
(こいつ……こんなに力強かったか……!?)
「ぼーっとしてんじゃねえ、国芳!」
俺が押し潰されそうになったその瞬間、横合いから燃えるような赤い光刃が叩き込まれた。
兄貴の国貞だ。
国貞の一撃が芳年の紫の刃を弾き飛ばし、俺は間一髪で間合いを取ることに成功した。
「サンキュー、兄貴!」
「礼は後だ! 行くぞ!」
俺と兄貴は、幼い頃から染み付いている阿吽の呼吸で同時に踏み込んだ。
俺が低い位置から黄色い光刃で芳年の足を狙う。
それを躱そうとした芳年に、兄貴の赤い光刃が上段から襲いかかる。
どんな手練れであろうと、並の相手ならこの双子の連携で確実にもらっているはずだった。
だが、芳年はその無表情のまま、人間離れした反応速度で体を捻り、二つの刃を紙一重で躱したかと思うと、反転して強烈な一撃を放ってきた。
「なっ……!?」
俺たちは咄嗟に防御姿勢をとるが、その凄まじい衝撃に後方へと弾き飛ばされた。
「……信じられねえ。ウキヨ英士になりたての頃とは、まるで別人の動きだぜ」
俺が息を整えながら言うと、隣で構えを直した兄貴が、険しい顔で芳年を睨みつけた。
「おい、国芳。よく見ろ。あいつのあの目……」
「目?」
「裏切ったとか、そういう生ぬるいもんじゃねえ。あいつからは殺意すら感じねえんだ。まるで、魂そのものを縛られて、無理やり力を引き出されてるような……ただの破壊人形だ!」
「魂を縛られてる……ッ!?」
俺はハッと息を呑んだ。
二年前、大倭衆が引き起こした浅草大火。
あの絶望の夜の記憶が、鮮明に脳裏に蘇る。
火に包まれた浅草で俺と芳年は、石燕と滝夜叉姫から奇襲を受けた。
俺は滝夜叉姫の妖術を食らい、己の龍輝が暴走してその場に倒れ伏しちまう始末。
残された芳年は、まだ新米にもかかわらず勇猛果敢に石燕に立ち向かっていったんだ。
だが、その実力差は絶望的だった。
芳年は石燕の圧倒的な剣術の前に膝をつき、意識を失ってしまう。
俺は暴走する力にのたうち回りながら、石燕が芳年を抱え、滝夜叉姫と共に闇の中へ消え去っていくのを、ただ見ていることしかできなかったんだ……。
芳年は、俺たちを裏切るような半端な漢じゃねえ。
俺があの時、不甲斐なく倒れちまったせいで……あいつは連れ去られてからずっと、大倭衆に心を弄ばれ、都合のいい操り人形にされていたんだ……。
ふつふつと、腹の底からドス黒い怒りが湧き上がってくる。
俺の大事な弟分を……人の心を弄んで、どこまでコケにすれば気が済むんだ。大倭衆……!
再び無言で、なんの感情も持たずに間合いを詰めてくる芳年に向かって、俺はありったけの声を張り上げた。
「芳年ッ!! 目を覚ませ!! 俺だ、国芳だッ!!」
俺の悲痛な叫びが、禍々しい龍穴の最奥に響き渡る。
俺を両断せんと紫の光刃を振りかぶっていた芳年の動きが、ピタリと止まった。
その虚ろな瞳の奥で、何かが僅かに揺らいだように見えた。
(……師匠……?)
声には出さない。
だが、芳年の表情に、一瞬だけかつての人間らしい戸惑いの色が浮かび、その刃の切っ先が微かに震えたのだ。
「……今だ!」
そのほんの僅かな隙を見逃さず、俺と兄貴は再び地を蹴った。
双子の交差する光刃が、芳年の紫の刃を激しく弾き上げる。
「あ……あああ……ッ!!」
次の瞬間、芳年が突然、両手で頭を抱え込み、獣のような苦悶の叫び声を上げた。
偽りの使命と、心の奥底に残っていた国芳への想いが激しく衝突し、彼の精神を軋ませているのだ。
「芳年!」
俺が手を伸ばそうとした直後、芳年は俺たちから逃れるように、凄まじい脚力で後方へと大きく跳躍した。
そして、頭を抱えたまま、龍穴の暗い通路の奥へと弾かれたように姿を消してしまった。
「待てッ、芳年!」
俺が追いすがろうとすると、兄貴が俺の肩を強く掴んで引き止めた。
「追うな、国芳! 今はあいつより、頭領たちの加勢が先だ!」
「……くそッ!」
俺は暗闇に消えた弟分の姿にギリッと奥歯を噛み締めると、頭領たちが戦っているはずの最奥へと向けて、踵を返した。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は9月19日(土)19時に更新予定です。




