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浮世英伝 ―大正ウキヨ英士伝―  作者: 本堂ポンタ
第十二章 江戸城龍穴(中編)

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立ち塞がる絶望

挿絵(By みてみん)

「——ッ!」

 勢いよく飛び込んだ最奥の空間。

 俺は思わず息を呑み、足を踏みとどまった。

 そこには、俺が『初摺りの儀』で訪れた、あの厳かで神聖な場所の面影は微塵も残っていなかった。

 空間を淡く照らしていた清らかな龍輝は、ドロドロとした血のように赤黒い瘴気へと変わり果て、息をするだけで肺が焼けつくような錯覚に陥る。

 そして、その禍々しい空間の最奥。

 かつて俺が龍輝晶を授かった、龍輝が溢れ出る巨大な窪地。

 その手前にそびえ立つ古びた鳥居の奥に、五つの影が静かに佇んでいた。

 血のような赤黒い和服の上に、口元までを覆い隠すように襟を高く立てた禍々しい洋風の外套。大倭衆の幹部たちだ。

 中央に立つのは、赤坂の地下で対峙したあの二人。

 妖艶で冷酷な笑みを浮かべる滝夜叉姫と、尊大で邪悪なカリスマ性を放つ石燕。

「……随分と待たせてくれましたわね、帝都の番犬ども」

 滝夜叉姫が、扇子で口元を隠しながらクスクスと笑う。

 その声には、八人のウキヨ英士を前にしているというのに、微塵の焦りも感じられない。

 その両脇に控えているのは、三人の男たち。

 一人は、俺たちを値踏みするように睨みつけ、

「へっ、もっと楽しませてくれよ」

 と獣のような好戦的な笑みを浮かべる男。

 もう一人は、蜘蛛を思わせる禍々しい仮面の奥から、粘着質で執念深い視線を俺の隣に立つ北斎へ真っ直ぐに向けている男。

「……春英。それに、蜘蛛丸か」

 北斎が、青い光刃を構えながら、忌々しそうにその名を口にした。

 そして、もう一人。

 虚ろな瞳で無表情のまま、感情の一切を消し去った破壊人形のように佇む青年。

 その手には、不吉な紫色の龍輝を纏った光剣が握られていた。

「……おい、嘘だろ……」

 俺の背後で、国芳が絶望を絞り出すような悲痛な声を漏らした。

「お前もか……。お前も俺たちを裏切って、奴らに寝返っちまったってのかよ……芳年ッ!」

 芳年と呼ばれたその青年は、国芳の悲痛な叫びにも一切の反応を示さない。

 ただ機械的に、俺たちを殲滅すべき敵として見据えているだけだった。

「……どういうつもりだ、鬼姫」

 豊春さんが殺気を込め一歩前に出た。

「帝都の心臓であるこの江戸城龍穴を、本気で落とせると思っているのか」

「ククッ……相変わらず、狭い視野でしか物事を見られない男だ」

 豊春さんの問いに、石燕が芝居がかった仕草で両手を広げ、尊大に笑った。

「私たちが、ただこの場所を壊すためだけに、これほどの手間をかけると思うか?」

 石燕の言葉に、俺は強い違和感を覚えた。

 この不気味なほどの「余裕」はなんだ?

「……ごちゃごちゃウルセェぞ!」

 豊国さんが、堪り兼ねたように赤い光刃を構えて一気に踏み込んだ。

「狙いが何だろうが関係ねえ! お前らをここで全員ぶっ殺して、この龍穴を守り抜くだけだ!」

「勇ましいことですわね。……ええ、存分に足掻いてご覧なさいな」

 滝夜叉姫が、冷酷な光を宿した瞳で俺たちを見下ろす。

 禍々しい瘴気が渦巻く中、互いの殺気が激しく衝突し、空間そのものが軋みを上げる。

 江戸城龍穴の最奥。

 帝都の命運を懸けた、ウキヨ英士と大倭衆の極限の死闘が今、幕を開けようとしていた。


 極限まで張り詰めた沈黙を切り裂いたのは、歓喜に満ちた獣のような咆哮だった。

「あははっ! 御託はもういい! てめぇら俺を楽しませてくれよォッ!」

 大倭衆の陣形から真っ先に飛び出したのは、好戦的な笑みを浮かべていた春英。

 彼は禍々しい紫色の光刃を放つ己の龍輝筆刃を振りかぶり、爆発的な脚力で一気に間合いを詰めてくる。

 考えるよりも先に斬りかかる。

 その本能剥き出しの突撃が狙ったのは、青い光刃を静かに構える北斎だった。

「狂犬が……!」

 北斎が洗練された動きで刃を合わせ、激しい衝撃音が空間に響き渡る。

「いいねぇ! ゾクゾクするほどいい目をしてるじゃねえか! 俺をもっと熱くさせてくれよ!」

 鍔迫り合いの中、春英は狂気じみた笑みをさらに深めた。

 その直後、北斎の死角から、粘着質で重苦しい殺気が這い寄る。

「北斎ィィィ……!!」

 蜘蛛を思わせる禍々しい仮面の奥から呪詛のような声を漏らし、蜘蛛丸が紫色の光刃を突き出してきた。

「させねえよ!」

 写楽が赤い光刃を振るい、横合いから蜘蛛丸の一撃を弾き飛ばす。

「チッ……目障りな小蠅め」

 蜘蛛丸は、忌々しそうに写楽を睨みつけた。


 一方、敵の首魁である二人の前にも、ウキヨ英士たちが立ち塞がっていた。

「行くぞ、豊国」

「へっ、言われるまでもねえぜッ!!」

 豊春と豊国は、青と赤の光刃を閃かせ、尊大な笑みを浮かべる石燕へと一直線に突っ込んでいく。

 初代ウキヨ英士にして規格外の力を持つ石燕に対し、龍人会の二枚看板が真っ向から挑みかかる。


 また、妖艶な笑みを崩さない滝夜叉姫の前には、漆黒のコートを翻す豊広と広重が立っていた。

「鬼姫の相手は、この豊広が務めさせてもらおう」

 豊広は飄々とした態度を崩さないまま、赤い光刃を構える。

「あら、良い男。……少しは私を楽しませてくれるのかしら?」

 滝夜叉姫が扇子をパチンと閉じると同時に、彼女の周囲にドロドロとした濃密な妖気が渦巻き始めた。

 広重が油断なく腰を落とし、青い光刃の切っ先を向ける。


 そして……

「おい、芳年! 正気に戻れ!」

 国芳の悲痛な叫びが龍穴内に響き渡る。

 しかし、芳年にはその声は届かない。

 音もなく芳年は距離を詰め、紫色の光剣を国芳へ容赦なく振り下ろした。

「くそッ、重ぇ……!」

 国芳が黄色の光刃で辛うじて受け止めるが、今の芳年の力は、かつての弟分とは比べ物にならないほど強大だった。


 広大な龍穴の最奥は、瞬く間に激しい乱戦の場へと変貌するのであった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回は9月18日(金)19時に更新予定です。

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